永遠 の夢 15
協会への報告はアスランに任せたキラは、ラクスとカガリが待っているであろう場所へと真っ先に向かった。
予想通り、眠らずに自分の帰りを待っていた2人の少女に、キラは先ほどあったこと全てを1つ残らず告げた。
「まさか、先代吸血王が犯人だったとは……」
全てを聞き終えたラクスは、衝撃から覚めると、淡々とした口調で告げる。
そう、誰もが先代吸血王は死んだものだと認識していた。
全身に流れていたほとんどの血を食われてなお、生きていられる闇の眷属などいない。
ほんの少し血が残っていたとしても、闇の眷属にとって命の源は血だ。
体内を流れる血の半分を失った時点で、ほとんどの闇の眷属は死に至る。
当時先代吸血王であった男の死体をラクスとカガリは己の目で確認しており、確かにその時、男は98割以上の血を失っていた。
9割も血を失ってなお、生きていられるはずはない。
だが、先代吸血王であった男は現に生きている。
それは、なぜか。
「犯人は分かった。だけど、どうして犯行の手口がラウ・ル・クルーゼと一緒だったんだ?」
なぜ先代吸血王が生きているのかも疑問だが、犯行の手口が過去の事件と類似していることも、カガリは気になっていた。
先代吸血王が、吸血王として君臨していた頃の犯行と類似しているのならまだしも、なぜキラが吸血王になってから起こった事件の手口を真似たのか。
カガリの疑問は、キラによって解決された。
「ラウの死体がなくなったことは覚えてる?」
「ああ、覚えている。死体がなくなったことで、一時大混乱になったぐらいだからな」
ラウ・ル・クルーゼの遺体の捜索部隊を出したが、結局は見つからなかった。
それでも死亡と判断したのは、魔力の気配が感じられなくなったから。
そして、先代吸血王も確かにラウ・ル・クルーゼ同様、魔力の気配は消え失せていた
だからこそ死亡という判断が下されたのだ。
「まさか、あの方の血を食らったのですか?」
「そのまさかだろうね。父から、ラウの匂いがした」
「………っ」
「多分それなりの力を取り戻すまで、少しずつ力ある者から血を奪っていたんだろうね。そしてあるところまで力を得た父は………」
「私たちの失態が、今回の惨劇を生んだわけか」
3人とも当時はまだ幼かったとはいえ、それは理由にはならない。
だが、実際問題当時成人していたのはザラ家当主であるレノアだけであり、クライン家も、アスハ家も、当主はいまだ幼いラクスとカガリであった。
キラはといえば、実の父親に殺されかけ、そして、目の前で母親を失ったショックで、暫くの間使い物にならない状態だった。
もしも当時協会が存在し、一斉に攻め込まれていれば、闇の眷属はキラ以外皆、殺されていただろう。
その隙が、先代吸血王であり、キラの父親である男を生かした。
「これから、どうするつもりだ、キラ」
「父を殺しに行く。犯人が誰なのか分かった今、その行方を辿るのは容易いからね」
多くの者から血を奪った先代吸血王の魔力は、その性質は以前とは違う。
以前は一定の落ち着きがあった魔力は、多くの者から血を奪い、その魔力の性質を変化させ続けたせいか、不自然なムラがあった。
再び誰かの血を奪い、魔力の性質を変え、気配を変えたとしても、不自然なムラがある魔力を持つ者は、現段階では1人しかいない。
その不自然なムラがある魔力の気配を辿ることなど、キラには容易だった。
「キラ……」
「僕1人で行くよ。あれだけ多くの血を奪った父には、もう僕以外は太刀打ちできないだろうから」
感じた魔力の大きさは、すでに公爵家であるラクスやカガリの魔力を超えていた。
始祖の血を奪われた吸血王の魔力は、それまでの魔力が嘘のように、ほとんどが消え失せる。
それこそ霊力を持たない人間を襲うのが精一杯なほどまでに。
500年という歳月をかけたとはいえ、公爵家であるラクスやカガリ以上の魔力を手に入れた先代吸血王。
どれほどの命を、500年の歳月で奪ったのか。
それは、命を奪った先代吸血王でさえ知らないだろう。
「ラクス」
「はい」
「協会への報告を頼めるかな?」
直接キラが手を下すというのなら、すでに先代吸血王に明日はない。
キラが土壇場で躊躇わない限りは。
そしてラクスとカガリは知っている。
己の欲望のためだけに、多くの命を奪った父を、キラが許すはずがないことを。
「喜んで」
一度は取り逃がしたが、魔力の気配を覚えた相手を追跡することなど、キラには容易だった。
例えどんなに遠くに逃れようと、闇の眷属を統べる唯一の王であるキラには、意味ない。
遠く離れた場所であったとしても、一度覚えてしまった魔力の気配が消えてなくなるまで、吸血王だけは追跡ができた。
かつて闇の眷属を統べる唯一の王であっただけに、吸血王の能力など全て把握している男は、聖水によって負傷したこともあり、そう遠くに逃げることはなかった。
聖水によって負傷した箇所を治すために、獲物を探っていた男を見つけたキラは、男の進路へと立ちふさがった。
『キラか……』
クツクツと笑いながら、かつて己を殺そうとした息子を、男は見下ろす。
「久しぶりですね、父さま」
『私を再び殺しに来たか?』
「ええ、そうです。500年前、僕があなたをきちんと殺さなかったせいで、多くの犠牲者を生み出しました。これは僕の罪。今度こそ僕は、あなたを殺します」
これ以上犠牲者を増やさないためにも。
かつてとどめを刺し損ねたために、犠牲になった者たちのためにも。
キラに父である男を殺すことに対する躊躇いはなかった。
『お前が私を殺す?違う。私がお前を殺すのだ!』
咆哮をあげながら襲いかかってくる父親を、キラは冷めた眼差しで見上げた。
かつて闇の眷属の唯一の王として、世界を支配してきた男。
だがそれはすでに過去の話。
すでに闇の眷属は世界の支配権を人間へと移し、闇に生きている。
もしも男がキラを殺すことができても、闇の眷属を待ち受けているのは滅び去る運命だけだ。
復讐に燃えた人間たちの手によって、滅ぼされるのは目の見えている。
「父さま、あなたに僕は殺せない。僕はあなたを支配する吸血王なのだから」
闇の眷属は吸血王に手を下すことはできない。
唯一吸血王を手にかけることができるのは、吸血王の息子だけ。
それすらも忘れてしまったかつての吸血王がキラへと手をかけようとした瞬間、男の体は崩れ、灰へと変わった。
「さよなら、父さま」
風に乗って散りゆく灰を眺めながら、キラは別れの言葉を告げる。
その言葉が、男の元へ届くことはなかった。
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