永遠 の夢 最終章
一通りの報告を終えたアスランは、協会の敷地内ではあったが、1人月夜が綺麗な夜空を眺めていた。
母を手にかけた相手を殺す。
そのためにハンターになったと言っても良い。
生きているか、死んでいるか分からない仇を、200年近く探し続け、ようやく見つけたというのに。
今自分は、一体何をしているのだろうか。
「こんにちは、アスラン」
ふと感じた気配に慌てて振り返れば、すぐ間近にラクスが立っていた。
なぜここにラクスがいるのかと疑問に思ったアスランがそのことを問いかけるより先に、ラクスは疑問の答えを告げる。
「あなたの母君の仇でもある男は、先ほど亡くなりましたわ」
穏やかに告げるラクスに、誰があの男にとどめを刺したのかアスランは気づく。
「キラが……?」
「ええ。ですから、今日でお別れです」
協会が闇の眷属と手を取り合ったのは、全ては一連の犯人を捕まえるか、殺すためだ。
犯人が死んだ今、協会が闇の眷属と手を取り合う理由はなくなった。
明日にでも敵同士に逆戻りすることになるだろう。
だからこそラクスは別れを告げに来た。
アスランだけに。
「協会への報告は?」
「もう終わりましたわ。犯人が死んだと、それだけしか言いませんでしたから」
「そう、ですか……」
「何か、ご不満でも?」
モヤモヤとした感情が、胸を占める。
それにどんな名前を付ければいいのか悩んでいたアスランは、悩んだ末にかぶりを振る。
「いいえ、不満などありません」
「では、なぜそのような表情をなされているのですか?」
「……?」
「ご自身でお分かりになりませんか?今のあなたは、迷子の子どものようですわ」
「迷子の、子ども……?」
今にも泣き出しそうな表情をした子どもとは違い、泣き出しそうな様子はないが、纏う雰囲気は迷子の子どもと一緒だ。
まるで大好きな母親を失ったかのような不安定さ。
「まだ、気づいてはいなかったのですね」
「何をです?」
「あなたは、キラに会えなくなるのが嫌なのですわ」
「キラに、会えなくなる?」
考えても見れば、敵対関係に戻るのなら、キラとはもう二度と会えなくなるだろう。
自分が協会に属するハンターである限り。
「ああ、そういうことか……」
ようやく己の気持ちに気がついたアスランは、笑う。
一連の犯人がキラではないかと告げたディアッカに、必死で反論したのも、囮役になろうと思ったのも、全てはキラに惚れていたからだ。
無意識の行動の数々に笑いながら、アスランは自らの立場を煩わしく感じていた。
そう、ハンターでなければ、今すぐキラの元へと赴けるのにと。
自覚した途端、急加速でキラのことしか考えられなくなりつつある自分が、なぜかくすぐったかった。
「流石クライン家当主というべきですか?俺自身でさえ気づかなかったのに」
本人ではなかったからこそ、気づくこともあるだろうが、アスランとラクスの付き合いは短い。
昔から自分を知っている相手ならともかく、互いに昨日今日知り合った相手だ。
しかも二人っきりで会話などしたことなど一度もない。
「自分でも嫌になるぐらい、そういうのには敏感ですの。今日始めてあった相手であっても、なぜか分かってしまいますわ」
久しぶりに会ったキラが、いつもとどこか感じが違うのにラクスはすぐに気がついた。
そして協会へと赴いた時に、全てが分かってしまった。
キラはアスランに惚れているのだと。
そして、アスランもまた、キラに惚れていると。
どうするべきかと悩んだラクスが選んだのは、キラの幸せだった。
悲しい運命が待ち受けているキラに、少しでも幸せになってほしくて。
キラが少しでも幸せになってくれるのなら、ラクスは何だってしてみせるだろう。
「協会を、ハンターを止めるとおっしゃるのでしたら、わたくしが責任を持ってあなたを、キラの元へとお連れしますわ」
きっとキラはそれを望んではいないのだろう。
いつだって物事を簡単に諦めてしまうキラのことだ。
アスランを好きだと自覚しているのに全く行動を移さないところを見ると、今回もまた、諦めてしまったのだろう。
かつて綺麗な笑顔を浮かべながら、声をたてて笑っていたキラ。
その彼はもういない。
8歳の時に、父親に殺されかけた時に、失われてしまった。
吸血王といえど、体に流れる血に抗えないのだと知ったその瞬間に。
その時からキラは、物事を簡単に諦めるようになってしまった。
「……俺は――」
これは、一種の賭だった。
アスランを得たキラが、どんな道を選ぶのか。
少しでもキラが幸せになれるようにと願いながら、ラクスはアスランへと手を差し出した。
――1年後。
アスランの腕に抱かれながら、キラは満月の夜空を見上げていた。
「こんなに幸せで良いのかな?」
「なんだ、突然」
ポツリとキラが零した呟きに、アスランはキラを抱きしめる腕の力を強める。
1年前まで、確かに自分たちは敵対していた。
そもそも互いに互いの存在を認識してはおらず、すれ違うことすらなかった。
それが、ある事件によって引き合わされ、互いになぜか惹かれあった。
その後は、キラを欲したアスランが躊躇うことなく協会を辞め、キラの元へと身を寄せた。
もしもアスランが行動に移さなければ、今の関係はなかっただろう。
なにせキラは、自らの立場もあり、アスランを一時は諦めようとしたのだ。
それをアスランがキラの元へと身を寄せ、周囲からの応援もあり、2人は恋人になった。
恋人になるまでは想像以上に道のりは遠かったが、恋人になってしまったあとは、2人はいつも一緒にいた。
それが、正しい姿だというように。
「一時期、僕は君のことを諦めていただろう?」
「そんなこともあったな」
「あの時、君とこうすることができるはずがないって、永遠の夢だってそう思ってた」
「永遠の夢……?」
「永遠に叶えることができない夢のことだよ」
夢は、いつか叶えることができる。
けれど、永遠の夢は絶対に叶えることができないもの。
そう思いこんでいた。
アスランとこうして、穏やかな日々を送る日が来るまでは。
「……永遠の夢は、叶ったか?」
アスランのその問いに、キラは鮮やかに微笑んだ。
「叶ったよ」
夢は、いつか叶う日が来る。
例えそれが、永遠の夢だとしても。
――永遠の夢は、叶う。
fin.
>>>あとがき