永遠 の夢 14
夜の公園に、キラは身を潜めていた。
周囲には人の気配は感じられず、唯一公園内にはアスランの気配だけが漂っている。
公園内やその周囲に人がいないのは、アスランが人間が立ち寄れないようにしただけで、その能力は闇の眷属ならば誰もが持っていた。
もしも獲物である人間の血を食らっている時に、獲物ではない人間に目撃されないように。
その能力は効果は人それぞれだが、人間には効くが、闇の眷属には一切通用しない。
「………1つ、聞いて良いか?」
沈黙に耐えられなくなったのか、木の陰を利用してすぐ近くに身を潜めているキラへと、アスランは問いかける。
「何?」
「前に、母は力を欲する者に殺されたと言ったな?」
「うん」
それは、アスランと始めて邂逅した時に告げた言葉だった。
母であるレノアが殺された時から、アスランはレノアを殺した犯人を捜し続けてきた。
もしかしたらもう死んでいるかもしれない。
けれど犯人を――欲を言えば、殺害動機を知りたくて、アスランは協会の力を借りて、探し続けていた。
全くというほど手かがりは見つからず、焦りさえ感じていた時に突然現れ、意味深なことを告げたキラ。
あれから、その言葉の意味をずっとアスランは考えていた。
「それは、どういう意味だ?」
「……闇の眷属が、魔力や霊力のある者の血を奪うことで、力が増すことは知っているよね?」
「ああ」
「じゃあ、魔力が低い闇の眷属が、常に魔力が強い闇の眷属に惹かれることは?」
「そう、なのか?」
キラの言葉に、アスランは驚いた。
アスランの魔力はキラよりも弱いとはいえ、ダンピールでは最強と言われるほど強い。
だからだろうか、特に誰かに惹かれるということは今の今までなかった。
だが考えてみれば、弱い魔力しか持たないダンピールに良く交際を迫られたことあった。
容姿が整っているせいだと今の今まで思いこんでいたが、実際はそうではなかったらしい。
キラが嘘を告げる理由はなく、その言葉をアスランは信用した。
「元々魔力が低い闇の眷属は、理由は分からないけど、強い魔力や霊力に惹かれるんだ。だからこそ、彼らは魔力や霊力が強い者の血を渇望する」
「俺にはそういうのはないが?」
喉が渇いて、血を求めたことはあっても、それ以外で血を求めたことはアスランにはなかった。
「ある一定の魔力を持つ者には、そういうのはほとんど起こらないよ。爵位を持つ純血の吸血鬼か、その血を引くダンピールなら、他者の魔力には惹かれない」
「公爵家であるザラ家の血を引く俺も?」
「うん。というか、始祖の血が強いと、他者の力を渇望しないみたい」
吸血王であるキラにとって、魔力が低い闇の眷属が、強い魔力や霊力を持っている者に惹かれる気持ちは分からない。
けれど、その生態は誰よりも知っていた。
「始祖?」
「始まりの吸血鬼。そして、闇の眷属を産み落とした最初の存在って言えば、分かるかな?」
「そいつは?」
人間に始まりがあるように、闇の眷属にもまた始まりがある。
それが、始祖。
「ずっと昔に殺されたよ。自分が産み落とした吸血鬼によって。正確に言えば、始祖は自分が産み落とした吸血鬼に、自分を殺すように命じて、死んだ。ある意味、一種の自殺だね」
どんな思いで、始祖は自ら産み落とした吸血鬼に、自分を殺すように命じたのだろうか。
どんな思いで、始祖を殺した吸血鬼は、自らを産み落とした始祖を殺したのだろうか。
それは、誰にも分からない。
「でも、始祖の血は今でも完全に近い形で残ってる」
「何だと」
「吸血王は何か。それは闇の眷属を統べる唯一の王。闇の眷属を産み落としたのは誰か。それは始祖たる吸血鬼。では、闇の眷属を産み落とした始祖が死んだ時、闇の眷属はどうなるか」
謎掛けのようにキラは言葉を紡ぐ。
最後の問いの答えを知らないアスランは、続きをキラに促した。
「どうなるんだ?」
「一人残らず、灰へと変わる」
――太陽の光に浴びたかのように。
その言葉に、アスランは言葉を失った。
長い年月、誰もが――協会は闇の眷属を殲滅させる方法を模索していた。
偶然とはいえ、協会が長年探し続けてきた闇の眷属を殲滅させる方法を、こんな形で知ってしまうなど想像にすらしていなかった。
だが、キラの言葉が本当なら、始祖が死んだ時点ですでに闇の眷属は滅びていなければならない。
なのに自分たちは産まれ、今もなお生きている。
「……もしそれが本当なら、どうして俺たちはこうして今生きている?」
「言っただろう。始祖の血は完全に近い形で残っていると」
確かにキラはそう言ったが、誰かの血を完全な形で残すことなど不可能だった。
特に、闇の眷属の血は――。
「始祖を殺した吸血鬼は、その血を一滴残らず食らった。それが、吸血王の始まり」
「!?」
「始祖たる吸血鬼は死んだ。でも、彼の血は僕の体内で生きている」
始祖は吸血王ではない。
初代吸血王はあくまで、始祖の血を食らった吸血鬼。
そして、吸血王は同時に、始祖でもあった。
「じゃあ、お前を殺せば……」
「君を始めとする闇の眷属は皆、灰へと変わり、闇の眷属は滅ぶ」
始祖の血が滅べば、闇の眷属も滅ぶ。
だからこそ代々の吸血王は、先代の吸血王の血を食らうことにより、完全に近い形で始祖の血を残してきた。
それが、闇の眷属を存続させる唯一の方法。
「………」
「君に、僕は殺せない。そして、ハンターの誰も僕を決して殺せない」
キラの言葉は正しい。
側にいるだけで、どれほどの魔力をキラが有しているのかはっきりとアスランには分かる。
だが、何事にも『絶対』は決してない。
「全員一斉に攻撃をしかければ、万が一って事もあるだろう」
「無理だよ」
「どうしてそんなことが言える?」
太陽の光を浴びても、灰に変わることのなかったキラ。
十字架に触れようと、聖水に手を浸そうと、キラの体には何の変化も起こらなかった。
つまりは、闇の眷属が苦手とするもの全て通用しないということを、キラは実践して見せたのだ。
それでも、何か弱点があるはずだとアスランは考えていた。
その弱点さえ分かり、狙うことができたのなら――。
「始めて会った時に言っただろう。僕を殺せるのは、これから産まれてくるただ1人だけだと。僕も、僕自身だけは決して殺せない」
「……次の吸血王か」
始祖の話を聞かされた今、これから産まれてくるただ1人が誰なのか、アスランは気づいた。
「そう。吸血王は代々自分の親を殺し、そして吸血王の称号を奪い取る。僕も、8歳の時に父を殺して、吸血王の称号を奪い取った」
血を食らうことによって王の地位を奪う。
それが吸血王。
それは何と相応しく、悲しい名前だろうか。
「8歳の時……何年前のことだ?」
8歳の頃、自分は何をしていただろうか。
母を殺され、虚ろな日々を過ごしていた頃か。
それとも――。
「そうだね………今から、500年前ぐらいかな」
「500年前…………協会が設立されたのもそれぐらいだな」
何気なく呟いただけだった。
この時一本の木を挟んで背中合わせに2人は立っていたため、アスランは気づかなかった。
キラが痛みを堪えたような表情を浮かべたことに。
「キラは――」
「――アスラン!」
ふと、何気なく浮かんだことをアスランが問いかけようとした時、キラは猛スピードで木の裏側に回り、アスランの体を勢いに任せて押し倒した。
あまりにも突然のことに状況を理解するより先に、それは現れた。
「――あれは……」
禍々しい気配を纏った、若い男。
姿形は違ったが、アスランはすぐに気がついた。
昔と少しも変わらない、禍々しい気配。
はっきりと今でも覚えていた。
『まさか、お前とここで会えるとは思っていなかったぞ、キラ』
しわがれた声で話しかけられたキラは、若い男を呆然と見上げた。
どうしてと。
なぜと。
ただでさえ大きな眸を、さらに見開いて。
掠れた声を出す。
「――父さま」
生きているはずのない父が、なぜ目の前にいるのか。
今でもあの時のことをキラは覚えている。
実の父に殺されかけた時のことを。
そして、死にそうな我が子を助けようとした母を、父が返り討ちにしたことを。
その瞬間、キラは吸血王として目覚めてしまった。
吸血王として目覚めた者は、当代の吸血王を無意識の内に殺害し、その血を食らうまでは正気に戻ることは許されない。
父を殺害し、その血を食らったキラが正気に戻ったその時、キラが目の当たりにしたのは血の海の中に沈む母の姿と、干からびた父の姿だった。
その時に、キラの両親は死んだはずだった。
アスハ家当主であったキラの母が流した血を、干からびた先代吸血王が誰にも気づかれずに、食らわなければ――。
『お前が私の血を奪わなければ、私は光に嫌われることはなかった。光を取り戻すために、キラ、お前には死んで貰う』
全てを言い終わった瞬間、それは猛スピードでキラへと襲いかかってきた。
アスランのことなど目にも留めず。
驚きと、突然のことに反応が僅かに遅れたキラは、迎え撃つのが精一杯だった。
「……くっ」
『ほう、流石は始祖の血が体に流れているだけある。だが、お前はこれで終わりだ!』
右腕1本だけでキラの抵抗をねじ伏せた男は、空いている左手でキラの首を跳ねるつもりでいた。
そしてそれは、成功するはずだった。
アスランが邪魔をしなければ。
ポケットから取りだした瓶の蓋を外し、それを男目掛けてアスランは投げつけた。
効果はあまり期待していなかったが、それはアスランの想像以上に男へとダメージを与えることができた。『うっわわわわわわぁ………っ』
男は瓶が当たった箇所を両手で押さえながら、地面を転げ回る。
「キラ、大丈夫か?」
呆然としながら父親である男を眺めているキラへと、アスランは駆け寄った。
「あれは……あの中身は、聖水?」
「ああ、もしかしたら役に立つかもしれないとディアッカに押しつけられてな。ディアッカに後で礼を言わないと駄目だな」
キラには聖水は一切効かない。
だが、闇の眷属であるアスランは違う。
持っているだけでも、アスランにとって聖水は凶器だ。
少量ならば死ぬことはないが、聖水を浴びようものなら激痛を味わうことになる。
なぜディアッカが、アスランにとっては危険なものを押しつけたのかは分からないが、今はただ感謝するばかりだった。
「それより、大丈夫か?」
「うん。ちょっと、びっくりしただけで、大丈夫」
いまだに激痛で苦しんでいる男へと、2人はようやく視線を向ける。
『おのれ、おのれ………!貴様、必ず殺してやる!!』
アスランが邪魔さえしなければ、男はキラを殺すことができた。
そうすれば、再び吸血王として闇の眷属の頂点に君臨することができたはずだった。
だからこそ男のアスランに対する恨みは強い。
今度はアスランへと襲いかかることを考え、キラは両手を広げてアスランを庇う。
先ほどは隙をつかれたが、それさえなければ、キラは男よりも強い。
かつては吸血王だったとはいえ、今の吸血王はキラだ。
吸血王ではなくなったものは闇の眷属となり、吸血王の敵ではない。
次に男が動いた瞬間に、今度こそとどめを刺すことを決意したキラに、男は舌打ちする。
『待っておれ、我が息子・キラ。次に相見える時は、必ず私がお前を殺す!』
忌々しげに告げた男は、猛スピードでその場を去った。
すぐにその後をキラは追いかけようとしたが、アスランに腕を掴まれ、それは阻まれた。
「アスラン……?」
暗く沈んだその表情に、先ほど庇ってくれた時に怪我でもしたのかとキラは心配する。
怪我はどこかと探してみたが、怪我どころかかすり傷すらアスランは負ってはいなかった。
「アスラン、どうしたの……?」
「………あいつだ」
「アスラン?」
「あいつが、母を殺した」
「!?」
ひゅうっと息をキラは呑み込んだ。
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