永遠(とわ)の夢  12






「自己紹介がまだだったね。僕はキラ・ヤマト。闇の眷属を統べる吸血王と、そう名乗れば分かるかな?」
「お前が、吸血王……?」
 万人にとっての吸血王のイメージは、壮年の男性であり、決して目の前のような年若い青年ではない。
 半分冗談、半分本気でキラが吸血王かもしれないと告げたディアッカもそのイメージ像が強く、まさか本当に『キラ』が吸血王だとは考えてはいなかった。
 それはイザークやアスランも同じだった。
 驚きを隠せない一同を相手に、キラは妖艶に微笑む。
「信じられない?でも、ダンピールである君なら分かるはずだ。誰が自分たちの王なのか」
「!?」
 その瞬間、この場に居合わせたダンピール――アスランとタリアは床へと崩れ倒れた。
「アスラン!?」
「グラディス!」
 息ができないのか、首に両手を当てたアスランとグラディスの元へと、イザークたちは慌てて駆け寄る。
 あまりにも突然のことに、イザークたちは何が起こったのか分からなかった。
 2人の共通点といえばダンピールで、ハンターだったということの2つだけで、それ以外の共通点は見つからない。
 他のダンピール――バルドフェルドを始めとするレイたちは、どこにも異常は見受けられない。
 どう対処すれば良いのか誰もがすぐさま判断を下せず、騒然としている中、1人静かにバルドフェルドは告げた。
「――キラ、もう止めてやれ。免疫のないアスランやグラディスには、これ以上はきつい」
 バルドフェルドが全てを言い終わる前に、アスランとグラディスは全身にのし掛かる圧迫感や、襲いかかってきた恐怖心から解放された。
 正常に息ができるようになったとはいえ、2人の息はまだ荒い。
「手荒い方法だったけど、これで分かったはずだ。僕が吸血王だということが」
 キラにはいくらでも闇の眷属に自らが闇の眷属を統べる吸血王だと知らしめる方法があった。
 その中でも特に手荒い方法を選んだのは、協会側に知らしめる意味もあった。
 誰が吸血王であり、吸血王こそが闇の眷属を統べる唯一の存在だと。
 そして、闇の眷属である者は、1人残らず吸血王がその命を握っているのだと。
「お前……っ」
 怪我を負わされたわけではないが、仲間が苦しむ姿を見たハンターたちは殺気立つ。
「止めろ」
 一気に殺気だったハンターたちをアスランが制止する。
「けど、アスランさん!」
「お前たちではキラには勝てない。そして、俺も決して勝てない。そうだろう?」
 一度目の邂逅の時は、足が動かなくなった。
 二度目の邂逅の時は、抗うことができないほどの圧迫感に、逃げ出したいと思うほどの恐怖心が襲ってきた。
 共通して言えることは、一度目も、そして今も、血が異常な騒ぎ方をしていることだ。
 歓喜にも似た、けれど恐怖すら感じる血の騒ぎ方。
 そして、血は告げる。
 目の前にいるのは、従うべき存在だと。
 少しでも気を抜こうものなら、膝を屈さずにはいられない。
 先日協会に使者として訪れた使役獣の言葉通り。
「そう、正解だ。もっと正確に言うのなら、闇の眷属は誰も僕を――吸血王を殺せない」
「公爵家当主でもか?」
 確かにラクスやカガリの魔力と比べても、キラの魔力は底知れないほど巨大だ。
 2対1で戦ったとしても、打ち倒せるか分からないほど魔力の大きさにには開きがあった。
「魔力の問題ではないよ」
「キラ、それ以上は」
 慌てて制止の声をかけるカガリに、キラは分かっていると頷く。
「イザークさん!」
 慌てた様子で掛けてくる少女に、キラは見覚えがあった。
 それもつい3日前に出会ったばかりの相手だ。
 少女もキラに気がついたのか、その足を止める。
「あなたは……」
 驚きで目を見開く少女――メイリンに、キラは微笑む。
「メイリン、吸血王を知っているのか?」
「吸血王………?」
 イザークの問いに、メイリンは後ずさる。
 そう、実際闇の眷属でさえ、あれを見れば誰もが驚愕し、恐怖の眼差しをキラへと向ける。
 慣れたつもりだったとはいえ、やはり辛い。
「そんな……だって…っ」
「メイリン……?」
「太陽の下を歩いていたのに……っ!」
 悲鳴にも似たその言葉を、すぐに理解できた者はいなかった。












 それは、闇の中で息を潜めていた。
『あと、もう少しだ……』
 しわがれた声で歓喜しながら、それは光へと手を伸ばす。
 声に似つかない張りのある肌をしている手は、光にさらされた途端、ジュッという音をたてた。
 激しい痛みに慌てて手を引き戻したそれは、手に負った火傷のような怪我に歯軋りする。
『おのれ、おのれ……っ!』
 それにとって、光は味方だった。
 ある日それまでの能力全てを奪われたその瞬間までは。
 全ての能力を奪われたそれは、味方だった光の加護を失い、闇の中でしか生きられないか弱い存在に成り果てた。
 それまで下等生物と罵り、見下ろしていた者たちにさえ敵わないほどにか弱い存在に成り果てた己に、それは許し難いことだった。
 己の全ての能力を奪った者に対し復讐を誓ったそれは、まずは力を得ることを考えた。
 だが、その時の状況では、己の全ての能力を奪った者に復讐するところか、今度こそ命を奪われかねない。
 長い長い年月をかけて、それは復讐の機会を窺っていた。
 それにとって下等生物以上の力を得た瞬間に実現した機会に、それの復讐は始まりを告げた。
 復讐は、己の全ての能力を奪った者から、奪われた能力を取り戻した時に終わりを告げる。
 その時こそ、それの栄華の再開をも意味していた……――。






next