永遠 の夢 13
不穏な気配を感じ取ったキラは、慌てて振り返る。
周囲の気配を探るが、先ほど感じた不穏な気配はすでに感じられず、キラは怪訝な表情を浮かべる。
「キラ、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。多分、気のせいだ」
緩慢な動作で首を左右に振りながらも、キラは先ほど感じた不穏な気配が忘れられずにいた。
憎悪にも似ている気配は禍々しく、不気味だった。
あれが気のせいなら良いが、もしも、そうではなかったら――?
今は下手に周囲を刺激したくなくて、咄嗟に誤魔化してしまった。
あとで1人で探りを入れることを決めたキラは、一旦不穏な気配を忘れることにした。
今は協会との作戦会議の最中であり、長いこと考え事をしている暇はなかった。
「話を中断してごめん。話は戻って、双方の被害状況を書き記したのが、これだ」
いつ、どこで、どれほどの被害を受けたのか書き記された地図をキラは示す。
「ここだけ、異常すぎるほど被害が出ている。おそらく一連の犯人の本拠地がこの辺りにあるんだろう」
一見被害状況は不規則に見えるが、ある1カ所だけ異様な数が記載されていた。
そこは協会で始めての被害者とされるハイネの遺体が見つかった場所であり、同時に、スティングの遺体が見つかった場所でもあった。
「ここが一連の犯人の本拠地だとして、どうやって犯人かどうか判断するつもり?私たちは、犯人の容姿はもちろん、特徴も知らないのよ」
犯行現場には、特に犯人に繋がる証拠はなく、犯人について一切分かっていない状態だった。
犯人がどこを本拠地にしているのか分かっても、犯人の特徴や容姿が分からなければ意味がない。
ただしそれは、キラ以外の者だけの話だった。
「犯人に直接会えば分かると、そう言ったらどうする?」
キラは不敵な笑みを浮かべた。
それにラクスとカガリは痛ましげに顔を背けたことに気づいたアスランは、疑問を抱かずにはいられなかった。
吸血王たるキラが不敵な笑みを浮かべたというのに、どうしてそれを痛ましげな眸で見やるのか。
そこに深い意味があるとすれば、そこに何があるのか。
答えは、見えない。
「犯人が分かると……?」
「闇の眷属は血が全てだ。命も、力も、全ての源は血が握っている。つまり、他者の血を摂取した際に得た力もまた、血によるもの」
「そんなことはハンターなら誰でも知っている」
分かりきっていることを告げるキラに、ディアッカは先を促す。
けれど、それよりも先に、考え込んでいたイザークが口を開いた。
「そうか……。そういうことか」
「イザーク?」
「つまり、吸血王たる貴様には他者の血を摂取した者が分かると、そういうことだろう。違ったか?」
「正解だよ」
人間は当然ながら、闇の眷属でさえ、他者の血を摂取した者が誰なのか、嗅ぎ分けられる者はいない。
血を摂取した直後ならともかく、数時間もすれば、奪われた血は、奪った者の血に混じり、その臭いは消える。
だが、キラにとって時間など関係なかった。
なぜかは分からないが、キラの血は、奪われた血が、奪った者の血に混じろうと、その臭いを敏感に嗅ぎ分けることができた。
それもまた、吸血王としての能力だった。
「それで、犯人に直接会えば分かるというのなら、どうやって犯人と接触するつもりだ?」
「囮を使おうかと思っているんだけど」
「囮?」
「流石に僕が正面切って現れたら、犯人は警戒して、当分出てこなくなる可能性が出てくる。だから、囮を使って、犯人が出てきたところで僕がとどめを刺す」
闇の眷属が相手でも、キラは表立って顔を曝したことはないが、相手は奇襲に備えて神経質になっている可能性が高い。
神経質になった闇の眷属は、その本能でキラが吸血王だと気づく可能性もあった。
迂闊に表立って動けば、犯人は身を潜める可能性も出てくる。
そうなれば、当分は静けさを取り戻すだろうが、再び静寂が打ち破られた時、被害は更に拡大する可能性がある。
それを防ぐためにも、キラは気配を絶つ必要があった。
「囮を使う理由は分かった。だが、誰を囮に使うつもりだ?」
「問題はそれなんだよね。ラクスやカガリにお願いしても良いんだけど、多分2人の魔力だと、やっぱり犯人は身を潜める可能性も出てくるから、2人の囮役は却下だ」
ラクスとカガリは公爵家の当主であり、吸血王たるキラの次に巨大な魔力を内に秘めている。
その気になれば、島1つを吹き飛ばせるだけの魔力を有していた。
それだけに囮役としては最適だが、神経質になっている闇の眷属向きではない。
「では、どんな人物が囮役に適していると?」
「それなりに魔力か霊力があって、咄嗟の判断ができる人かな。魔力も霊力も、高すぎると相手に警戒を抱かせるから、一番良いのはダンピールかな?」
人間の血が混じっているダンピールが相手なら、少し魔力が強くとも、相手は警戒を緩める可能性がある。
相手がダンピールでない闇の眷属ならば、確実に油断する。
闇の眷属は、その体に人間の血を食らうこと以外で混じることを極端に嫌う。
だからこそ人間の子どもでもあるダンピールを、闇の眷属は忌み嫌っていた。
そこに相手へと付けいる隙が見つかるかもしれない。
「なら、俺が囮になります」
挙手したのは、今の今まで口を閉ざしていたレイだった。
本来ならレイはこの作戦会議に参加する予定はなかったのだが、本人たっての強い希望に、キラが渋々ながらに許可した。
レイと共に先ほどまで行動していたアウルとステラの2人は、レイ不在のため、バルドフェルドに預けられている。
「レイ!?」
「ダンピールが尤も囮に適しているというのなら、俺がなります」
「レイ、それは」
確かに囮としてダンピールが最適だとは言ったが、レイを囮役にさせるために言ったわけではない。
それに囮役としてダンピールが最適であって、必ずしもダンピールが囮になる必要など、どこにもなかった。
「キラ、俺にはあなたに対する恩があります。今まで俺はその恩を返すことができなかった。ですから」
「――駄目だ」
にべもなく拒絶するキラへと、レイは鋭い眼差しを向ける。
「なぜです?理由を聞かせて下さい」
「君はギルから預かった、大切な存在だ。その君に、わざわざ危険なことはさせたくない」
「ギルはギル。俺は俺です。それにギルはずっと昔に死んだ。今さら――」
「駄目だ。ギルは数少ない大切な、人間の友だ。その彼を裏切る行為は、僕にはできない」
両手で事足りるほど、人間の友は少ない。
その数少ない人間の友が、自分を信頼して託した養い子であり、恋人であるレイを、危険な目にわざわざ遭わせたくなどなかった。
例えそれを、レイ自身が望んでいるのだとしても。
「キラ!」
「僕は君からたくさんのものを奪った。だからこそ、ギルから君を奪いたくはない」
「………っ」
キラの気持ちが痛いほどレイには良く分かっていた。
もしこれ以上何か口にすれば、キラの傷を抉りかねない。
キラの傷を抉れば、渋々ながらにも囮になることを許可してはくれるだろうが、どんなことがあろうと、キラの傷を抉るような真似はレイにはできなかった。
「レイ……」
「あなたは、勝手だ!」
「そう、僕は勝手だ。だからこそ、僕の罪は重い」
言葉の裏に隠された真実を、レイは知っている。
だからこそキラの言葉は重い。
「…………」
「レイ……」
「――囮には俺がなる」
事の成り行きを誰もが黙って見守っている中、1人挙手した。
「アスラン!?」
「お前、急に何を!」
慌てたのはイザークとディアッカだった。
今回の共同戦線を張るに辺り、闇の眷属だけではなく、協会の損失も僅かながらには考えてはいた。
だがそれは、アスランを犠牲にするものではない。
「囮に最適なのはダンピールなんだろう?なら、俺が囮になる」
闇の眷属を統べる唯一の王が、一連の犯人にとどめを刺すと言うのなら、囮は協会が出さなければならない。
誰かが強制したわけではないが、そう捉えるのが自然だ。
現在協会が抱えているハンターで、ダンピールなのはアスランただ1人。
そのアスランを協会がわざわざ危険な目に遭わせるような真似などさせるはずがなく、自然と囮は人間の誰かとこの場に居合わせていた一同は――レイとアスラン以外は皆考えていた。
そう考えていたのはキラも同様で、囮になるとアスラン自ら立候補した時はもちろん驚いた。
「………囮は、危険な行為だよ。最悪、死ぬかもしれない」
最初キラは、レイと同じようにアスランに囮役になるのは駄目だと告げるつもりでいた。
その眼差しを見るまでは。
「それでも、俺以上のダンピールはいない。一番死ぬ確率が低いとは思わないか?」
力強い眼差し。
生きることだけを考え、死ぬことなど一切考えていない者の眼差しだ。
その眼差しを見てしまった今、アスランの意志を邪魔したくはなかった。
「………レイ以外で、アスランが囮役になるのに異存がある人は?」
アスランが決して己の意志をねじ曲げないことを良く知っているイザークたちに、異存はなかった。
説得したところで、無理にでもアスランは囮役になろうとするだろう。
反対して無茶をされるより、渋々とはいえ納得し、援護に回ることをイザークたちは選択した。
「キラ!」
抗議の声を上げるレイを無視し、キラは一同を見渡す。
ラクスとカガリに最初から異存などあるわけなどなく、話はすぐに決着が付いた。
「ないみたいだね。なら、アスラン、君に囮役をお願いするよ」
囮役はその瞬間、アスランに決定された。
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