永遠(とわ)の夢  11






 その日は、早朝から協会は慌ただしく動き回っていた。
 6月8日へと日付が変わったその時、話し合いのため協会を訪問するとの連絡を、協会が闇の眷属から貰ったのは、6月7日へと日付が変わろうとしていた頃だった。
 慌てたのは協会側だ。
 早急に事件を解決しなければならないとはいえ、あまりにも早急すぎる対応に、協会は慌てて様々な準備に取りかかった。
 ようやく準備を終え、いつ来ても大丈夫だという状態になった直後に、まるで見計らったかのように彼らは現れた。
「――初めまして。わたくしはラクス・クラインですわ」
「カガリ・ユラ・アスハだ」
 二人の少女が名を名乗っている間、間抜けにも、彼らを出迎えたハンターたちは口を開けて呆けていた。
 物静かに名を名乗ったラクスとは違い、忌々しいと言わんばかりに自分たちを睨み付けるカガリに気づかないほどに。
「……ミーア?」
「ミーアはわたくしの異父妹ですわ。ここにはいないようですが、どこにいらっしゃいますか?」
 周囲を見渡すが、姿が見えない異父妹の所在を尋ねたラクスに、ハンターたちは顔を見合わせる。
 ミーアがクライン家現当主の妹だと知らない者はいない。
 闇の眷属であろうと、協会であろうと。
 姉妹なら現当主と少しは似ているだろうと誰もが考えてはいたが、まさか瓜二つだとは誰も想像にすらしていなかった。
 例えラクスとミーアが双子の姉妹だと言われても、まず誰も疑わないだろう。
 内に秘める魔力の差に気づかなければ。
「ミーアは……」
 口籠もるルナマリアに、ラクスは寂しげに微笑む。
 2人だけの姉妹。
 だからこそ仲良くしたいと思っているのに。
 昔から、クライン家の姉妹を知る者たちは、何かにつけてはラクスとミーアを比較した。
 彼らにしてみればラクスに媚を売っているつもりだったのだろうが、ラクスにとってすれば、大切な妹であるミーアを侮辱する行為など、到底許せない行為に等しい。
 だからこそミーアを侮辱する者たちを決して許しはしなかったが、それがミーアの勘に触れたのだろう。
 ある日突然、誰にも何も告げず、ミーアは姿を眩ました。
 その後、ミーアが協会に身を寄せていることを聞かされたラクスは、ショックを受けた。
 ショックから覚めた後のラクスは至って冷静で、ミーアについては誰も手を出すなという厳命を闇の眷属に出しただけで、後は何もしなかった。
 あれから100年以上が経つ。
 そろそろ元の仲が良かった姉妹に戻りたいとラクスは考えていたのだが、どうやらそう考えていたのは自分1人だけだったらしい。
 この場にミーアが姿を現さないのが、良い証拠だ。
「――お前、アウル!?」
 タリアを始めとする最高会メンバー及び、イザークやアスランたちの後ろで控えていたシンは、かつて深手を負わされた相手を見つけて、声を張り上げる。
「てめぇはいつぞやのハンター!!」
 つまらなそうに協会内を見合わしていたアウルは、その声ですぐ間近にかつて自分を殺そうとした相手にようやく気がついた。
 殺意を露わに、シンに飛びかかろうとしたアウルを、レイは咄嗟に羽交い締めにして、それを阻止した。
「止めろ、アウル。シン、お前もだ」
 腕の中で暴れるアウルを宥めつつ、仲間の手によってこちらも羽交い締めにされているシンへと、レイは制止の声をあげる。
「――レイ……?」
 アウルによって重傷を負わされた日、手当をしてくれたキラと共にいたダンピールに、この時ようやくシンは気がついた。
 ラクスに気を取られていたため、その存在に気づくのが遅れたが、考えてみれば、アウルもレイも、そして2人を心配そうに見上げている少女も、ダンピールだ。
 純血の吸血鬼の中でも高位に位置する公爵家当主であるラクスやカガリなぜ、ダンピールを連れて協会を訪れたのか。
 浮かんだ疑問を、シンは口にした。
「どうして、あんたらが……」
「レイたちはわたくしたちが保護しているダンピールですわ。今は彼らだけにしておくのは危険ですので、今回同行させました。いけませんでしたか?」
 シンの疑問は尤もで、一同を代表してラクスが答える。
 一連の事件で、魔力が低いダンピール同士で身を寄せ合っていた集団のいくつかが狙われ、全滅したという話は、協会にも入っていた。
 保護したレイたちを、あえて協会に同行させたラクスの判断に、誰も異を唱えるものなどいなかった。
 話し合いは協会で行うという条件以外、何も付けなかったのは協会側であり、人数の制限なども設けてはいない。
 それに、ダンピールならばまだ、何かあったとしても現在協会が抱えているハンターたちで事足りると判断したイザークは、ふと、遅まきながらあることに気がついた。
「いえ……。それより、吸血王は?」
 ラクスの容姿があまりにもミーアと瓜二つだったとはいえ、いつもならやらない己の失態に、イザークは気づかれないように舌打ちする。
「それが、少し用事ができまして、ここに到着するのは明け方近くになるかと」
 この場に姿を現さない吸血王の所在を尋ねたイザークへと、ラクスは朗らかに笑う。
「我らが王が到着するまで、時間はたくさんあります。その間に、今後のことをまずは話し合いましょう。互いに手に入れた情報も交換しつつ」
 先ほどまで朗らかに笑っていたのがまるで冗談のように、ラクスの目つきがその瞬間鋭く変わった。
 その瞬間、ラクスを普通の少女だと見誤っていた者たちは、その認識を大きく変えざるおえなかった。




















 太陽の光を、眩しそうにキラは見上げる。
「日が明けちゃった。みんな、起きてるかな……」
 呟きながら、感じる疲労にキラは溜息をつく。
 近頃多忙を極めているせいか、睡眠時間が異様に短い。
 1週間程度なら、眠らなくても大丈夫な構造になっているとはいえ、やはり睡眠を取らず、太陽の下を歩くのは苦痛を伴う。
 普段の生活には支障はないが、いざという時に機敏には動けないだろう。
 考え事をしながら歩いていたキラは、いつの間にか目的に到着したことに気づいた。
 目の前に建つ建物を見上げれば、外装は薄汚れ、一見誰も住んでいないように見える。
 実際には最先端セキュリティーシステムが至る所に張り巡らされているのだが、巧妙にそれらは隠されており、普通の人間がまず気づくことはないだろう。
 例え最先端セキュリティーシステムとはいえ、闇の眷属にとっては無意味なものに近い。
 闇の眷属の眸は、人間の眸では決してみることができない赤外線さえも捉えることができる。
 それを協会が知らないはずはなく、おそらくは対人間用に設置したのだろう。
 闇の眷属という存在を知らない、普通の人間は不用意に協会に入らないように。
 対闇の眷属用のものを設置しないのは、下手に設置した時に、ダンピールのハンターたちに与える影響を考慮してのことだろう。
 それに、協会が抱えているハンターの数やその力量を考えれば、闇の眷属が一斉攻撃を仕掛けない限り、協会は無事でいられる。
 過去に協会が闇の眷属によって奇襲を駆けられたことは一度や二度ではないが、そのどれも失敗に終わっている。
 闇の眷属と協会のどちらか片方、または両方とも滅びずにすんでいるのは、双方が微妙な関係を続けてきたためだ。
 だが、それも崩れかけている。
 ラウ・ル・クルーゼが狂う少し前から。
「誰かいませんか?」
 正面玄関から堂々と協会の建物に入ったキラは、廊下を少し歩いたところで、一旦立ち止まった。
 人の気配は四方から感じるものの、人影が全く見当たらない。
 声を張り上げても、誰も現れない状況に流石にどうしようかと悩み始めた時、その気配は近づいた。
「キラ」
「アンドリュー、久しぶりだね」
 懐かしい友の姿に、キラは破顔する。
「ああ。昔と変わらないな、キラは」
「あれから身長も伸びなくなってね。アンドリューは少し老けた?」
 昔、キラはバルドフェルドと共に過ごしていた時期があった。
 その頃は同じ年頃に見えたが、今では親子に勘違いされてもおかしくないほどの開きがある。
 成長速度の違いとはいえ、互いに複雑な面持ちになった。
「老けたもなにも、明け方近くがかなりきつくなってきた。しかし、俺のが年下なのに、今ではお前が俺より下に見える」
 嘆くバルドフェルドに、ふとキラは表情を曇らせる。
「……いずれアンドリューも、僕を置いて逝くんだろうね」
「キラ………」
 零れた呟きは、今までの悲しみを物語っていた。
 人間社会に身を置いているバルドフェルドでさえ、置いて逝かれる悲しみを何度味わったか分からない。
 自分よりも年上で、そして自分よりもこの先長く生き続ける運命になるキラは、この先何度置いて逝かれる悲しみを味わうことになるだろうか。
 いずれ、自分もまたキラを置いて逝くことになる。
 そうなった時、目の前の心優しき友は、どれだけ嘆き悲しみ、苦しむのか。
 そう考えた時、掛ける言葉が見つからなかった。
「ああ、ごめん。ちょっと感傷的になっちゃった」
「――何かあったのか?」
 何もなければ良い。
 だが、キラが昔から感傷的になる時は、何かあった時と決まっていた。
「…………人狼は遠くない未来に、滅びる」
「なっ………」
「助けられたのは、子どもの雄3匹だけで、あとはもう手遅れだった」
 それだけで何があったのかバルドフェルドは悟る。
 一連の事件の犯人は、魔力や霊力の高い者を、種族を問わずに襲い、その血を食らっていた。
 何とか復興を遂げたとはいえ、いまだその数が少ない人狼は、それなりに魔力が強い。
 狙われてもおかしくはなかった。
「キ――」
「――バルドフェルドさん」
「アスラン、話し合いは終わったのか?」
 相手が中立とはいえ、数少なくなってしまった同胞の姿を見かけたアスランは、背後の集団から離れ、バルドフェルドの元へと掛けてきた。
 常にないアスランの行動は、見かけない人物がバルドフェルドと何やら深刻そうな話をしているのが気になってというのもあった。
「ええ。それより――」
 続く言葉は、紡がれなかった。
 後ろ姿の人物が振り返り、アスランへと微笑んだ。
 その瞬間、アスランは言葉を失い、無意識の内に後ずさった。
「久しぶりだね、アスラン。それに、シンも元気そうで何よりだ。傷は完治した?」
 咄嗟に傷跡がいまだ残っている腹を庇ったシンは、驚きと困惑とが入り交じった表情を浮かべた。
 それに、イザークとディアッカだけが、目の前にいる青年が誰なのか、気がついた。
「お前は………」
「自己紹介がまだだったね。僕はキラ・ヤマト。闇の眷属を統べる吸血王と、そう名乗れば分かるかな?」






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