永遠(とわ)の夢  8






 ハンターと闇の眷属が次々と殺された話は、すぐさま協会を駆けめぐった。
 僅かでも霊力があるある者は外に出ることを恐れ、それはハンターといえど同じだった。
 任務にさえ支障が出るほどにハンターの数が激減した今、人間2人とダンピール1人で形勢されている協会最高会は、一連の犯人が捕まるまでという条件付きで、ハンターたちに無期休暇を与えた。
 その休暇も、夜の外出を禁じたものだが。
 それがどれほど協会に損失を与えたのか、物語っていた。
「――どんな話がご希望だ?」
 突然のアスランたちの訪問に、振り向くことも、用件を尋ねることもなくバルドフェルドは切り出した。
 まるで今回の訪問を予期していたかのように。
「一連の事件、何か引っかかることはありませんか?」
 協会に属しているダンピールの中で最年長であるバルドフェルドなら、もしかしたら何か知っているかもしれないとアスランたちは、今回の訪問を決めた。
 例え昔起きた事件の犯人と、今回の一連の犯人が同一人物でなくとも、何か手掛かりはないかとアスランたちは必死だった。
「そう聞くか。そうだな……。まるで、244年前のことを思い出す」
「244年前……?」
 具体的な数字に、やはり昔起きた事件と今回の事件が似ていると、バルドフェルドも思ったのだろう。
 アスランたちの訪問を予期していたことを考えれば、すんなりと数字を出したことも頷ける。
「お前たちが産まれる前の話だな。今の上が、まだ現役だった頃の話さ」
 協会最高会は2人の人間と、1人のダンピールで構成されている。
 その最高会メンバーに選ばれる条件はただ1つ。
 過去、ハンターであったかどうかだ。
 協会に属していたとしても、ハンターでなかったものは最高会メンバーには決して選ばれない。
 ハンターだった頃優秀だった者で、運が良ければ最高会の椅子に座ることが許される。
「人間、闇の眷属を問わず、日が沈めば誰かが殺された。それも、1人や2人じゃない。時には一夜で100人を超える被害が出たこともあった……」
 当時のことを思い出したのか、暗く沈んだ声が言葉を紡ぐ。
「被害の共通点はただ1つ。血を全て食らったあと、犯人の手によって首が胴から切り離されていた。まるで、犯人が同一人物だと教えるためだとでも言うように」
「犯人は?」
「……ここから先は、俺から聞いたことは誰にも言わないって言うなら、教えるが?」
 ほんの少し迷った後、バルドフェルドは声を潜める。
「誰にも言わないと、約束する」
 イザークが代表として約束を守ることを告げた後、アスランとディアッカは頷く。
「――犯人の名前は、ラウ・ル・クルーゼ。伯爵の地位を持つ吸血鬼の父親と、人間の母を持つダンピールだった」
「そいつは……」
「殺されたよ。同胞の手によってな。禁を破った同胞を殺すのは、同胞の役目だ。あいつも辛かっただろうが、ラウにあれ以上罪を重ねてほしくなくて、殺したと言っていた」
 正当な理由なく同胞を殺め、その血を食らうことを闇の眷属は禁じていた。
 誰かが決めたわけでもなく、長い年月を経て守り続けられたそれを破った者は、同胞の手によって葬り去られるのが闇の眷属の習わしだった。
 ハンターとなったダンピールもまた、闇の眷属にとっては禁を犯した存在であり、だからこそハンターとなったダンピールは、他のダンピールよりも極端に寿命が短い。
 それは、自らが裏切った同胞たちから葬り去られるからだった。
 どんな理由があろうとハンターとなったダンピールは、闇の眷属にとっては裏切り者でしかない。
「あいつ?」
「キラという名の吸血鬼だ」
「!?」
 意外な人物の名に、3人は息を呑む。
「ああ、キラのことについてはこれ以上俺に聞くなよ。俺の口からは何があっても教えられない」
「どうして……」
「クライン家、アスハ家、ザラ家が連名で口外することを禁じられてるんだよ。ラウのことも、本当は口外することを禁止されているんだが、こっちはクライン家だけだからな」
 闇の眷属へと多大なる影響を及ぼす公爵家は、同胞たちに命令を下すことは少ない。
 連名で命令を下すことは更に少なく、だからこそ下された命令は絶対に等しい。
 過去、公爵家が連名で出した命令を破った者は、クライン家当主の手によって死んだ方がマシだという思いを味わらせた後に、葬られてきた。
 闇の眷属を裏切った者ならともかく、中立を貫いているバルドフェルドが、わざわざ自分の身を危険にさらしてまでも命令を破るとは思えない。
 キラのことについて聞くことを諦めたイザークは、ある疑問をバルドフェルドに投げかけた。
「どうして危険を犯して、口外することを禁じられたことを俺たちに?」
 連名ではないとはいえ、クライン家の命令だ。
 今回の命令無視が発覚すれば、運が悪ければ命はないだろう。
 口外しないと約束したとはいえ、いつどこで今回の命令無視が露見するが分からない。
 あまりにも危険な行為を冒す理由が、イザークには分からなかった。
「さあな」
 はぐらかそうとするバルドフェルドに、アスランは先ほどから気になっていたことを尋ねる。
「……友人だったのでは?」
「鋭いな」
 ラウと、親しげにバルドフェルドがその名を呼んだ時、アスランは引っかかりを覚えた。
 当時のことをバルドフェルドが覚えていたことは何ら不思議ではない。
 だが、その時の犯人をラウと名で呼ぶ理由がアスランには分からなかった。
 バルドフェルドがラウとその名を再び呼んだ時に浮かべた表情を見るまでは。
 それは痛みを堪えたような、悲しいものだった。
「ラウ・ル・クルーゼがなぜ種族を問わずに襲ったのか、その理由をバルドフェルドさんは知っていますか?」
「………あいつには、婚約者がいた」
 どこか遠くを見つめながら、バルドフェルドは過去を語る。
「婚約者が、ラウにとっての全てだったと言っても良い。だけど、ある日婚約者は亡骸になって、あいつの元に帰ってきた」
「!?」
「殺されたのさ、人間のハンターに」
 当時のことを鮮明に思い出したのか、顔を走る大きな傷跡へとバルドフェルドは手を伸ばす。
 協会の医師として席を置いた時からあったと言われているバルドフェルドの傷跡は、彼の左目を奪った。
 驚異的な治癒能力を持つバルドフェルドでさえ治せなかったその傷跡が、いつどこでついたものなのか知る者はいない。
 過去にバルドフェルド本人に尋ねた者がいなかったわけではなかったが、バルドフェルドは沈黙を守り続けてきた。
 なぜバルドフェルドが沈黙を守り続けてきたのか。
 そう考えた時、アスランは気づいてしまった。
 彼の左目を奪ったのは、ラウ・ル・クルーゼだと。
「婚約者を殺されたあいつは、徐々に狂っていった。俺たちがあいつが狂ったと知った時にはもう手遅れで……。あいつは、婚約者を殺した人間を、自分を捨てた父親を憎むことでしか生きられなかったんだろうな。最期は、友の手によって息の根を止められるまで、多くの人間と闇の眷属を殺し続けた。結果、人狼は絶滅寸前まで追いつめられ、人虎は絶滅した」
 今ではもう闇の眷属が世界を支配していた頃が嘘のように、すでに闇の眷属に連なる種族は人虎のように絶滅したか、人狼のように絶滅寸前まで追い込まれていた。
 100年以上前から人虎を見たというハンターがいないことから、協会では人虎は滅んだのではないかという噂が流れていた。
 まさか本当に人虎が滅びているとは思っていなかったアスランたちは驚愕する。
「では――」
「闇の眷属は、残るは吸血鬼と人狼、あとは使役獣たちだけだ」
「どうして、俺たちにそんなことを……」
 協会の医師とはいえ、バルドフェルドは中立という立場を今の今まで貫いてきた。
 闇の眷属が不利になる情報を提供しろと脅されたこととて一度や二度ではない。
 それでも今の今まで中立の立場を守り続けてきたバルドフェルドは、決して闇の眷属が不利になるような情報を協会に告げることはなかった。
 それなのになぜ今になって闇の眷属が不利になるような情報を提供してきたのか。
 バルドフェルドを疑いたくはなかったが、クルーゼのことを聞かされた後だけあって、バルドフェルドを信用することはイザークにはできなかった。
「それに、ラウ・ル・クルーゼが友だったと言うのなら、どうして協会の医師に?友人の婚約者を殺した俺たちを治療するなど、正気の沙汰とは思えない」
 ハンターを始めとする協会に属しているダンピールたちには、同胞である闇の眷属を裏切る明確な理由を持っている。
 ダンピールだという理由だけで、同胞から迫害を受けた者。
 ある者は、両親や友人、恋人を同胞の手によって殺され、その復讐のためだったりと、様々な理由があるが、どれも闇の眷属に対する憎悪がそこにはある。
 バルドフェルドのように理由を話すことなく、中立という立場で協会に協力している者がいないわけではないが、それはごく僅かだ。
 それでも協会がバルドフェルドのような立場でも受け入れるのは、人材が常に不足しているからだった。

 敵ではない者は受け入れる――。

 それが長年人材に悩まされ続けられている協会の方針でもあった。
 ただし受け入れるのは人間の血を引く者のみ。
 一滴も人間の血を引かない者は、例え協会を敵視していなくとも、協会にとっては敵でしかなかった。
 人間の血を引くダンピールであり、協会を敵視していないバルドフェルドは確かに協会にとっては『敵』ではない。
 だが同時にバルドフェルドは味方でもなかった。
 バルドフェルドの言葉が正しいとすれば、バルドフェルドが協会を憎む理由はあっても、わざわざ協力する理由などないはずだ。
 なのになぜとディアッカはバルドフェルドに問いかけた。
「――お前たちは、人の血を食らい、そして人を殺す闇の眷属を、存在自体を悪だと思うか?」
 人の血を食らわなければ生きていけない闇の眷属。
 それを人は悪だと言う。
 だが、本当にそれは正しいのか。
 闇の眷属は生きるために人を食らっているだけで、無闇に人を殺したりなどしない。
「俺はそうだとは思わない。まあ、俺がダンピールだからこそ、そう思うのかもしれないが」
「何が言いたいんです?」
「なら、こう言い換えようか。お前たちハンターは、自分たちが正義だと思うか?」
 バルドフェルドの問いに、イザークは愚問だと返す。
「正義だと思わなければ、この仕事をしていない」
「それもそうだな」
 相手は闇の眷属といえ、人間と姿形は変わらない存在の命を奪うのだ。
 抵抗がないといえば嘘になる。
 それでも闇の眷属をその手にかけるのは、自分たちが正義だと信じているからだ。
 そう、一部の人間以外は――。
「あなたは俺たちに何を言わせたいんです?」
 アスランのその問いに、バルドフェルドは右手で顔を覆う。
 呻き声にも似た声で、苦しげにそれを告げた。
「――ラウの婚約者は人間だった。人間の、女だったんだよ」
「……ハンターが、人間を殺したと………っ?」
 信じられないと目を見開いて驚く3人に、バルドフェルドは協会が闇に葬った事実を告げる。
「ラウの婚約者だけじゃない。ラウの異母弟の母親も、人間だったがハンターによって殺された。他にも、闇の眷属を愛した人間たちは、ハンターによって殺されている。それでもお前たちは、闇の眷属が悪だと思うか?」






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