永遠(とわ)の夢  7






 集まった仲間たちに向けて、イザークは数十枚の書類を見せつける。
「2日だ。たった2日で殺された仲間たちの数分ある」
 つまり、書類の数が、殺されたハンターたちの数を示していた。
 それにこの場に居合わせた誰もが驚く。
「犯行手口は皆同じ。体中の血が抜き取られていた。それだけならまだしも、死後、首を切り落とされている」
 最初の被害者だと思われるハイネ・ヴェステンフルスを始め、全員に共通した殺害方法が、犯行は同一人物だと教えてくれていた。
 だからこそ恐ろしく、犯人の考えが分からない。
 まるで犯人が誰か見つけられるものなら、見つけてみろと告げているかのようにも思える殺害方法に、果たしてどんな意味があるのか。
「現在確認できるだけで、32人の仲間が殺された。内26人はダンピールだ。現在連絡が取れていない奴らも、もしかしたら……」
 遺体が見つかっていないだけで、まだ増える可能性があると、その言葉に皆の体が強張る。
 闇の眷属が世界の支配者だった時ならいざ知れず、人間が昼間の支配者に取って代わってからは、協会の被害は1年間に数人のハンターが亡くなるだけに済んでいた。
 それなのに、告げられた人数は4,5年分はあるであろう人数。
 昼間の支配権を人間が奪ってからというもの、比較的大人しかった闇の眷属が、ついに一斉反撃に出たかと誰もが考えていた時、イザークがそれを打ち消した。
「先ほど入った情報だが、闇の眷属側はもっと多く殺されているらしい」
「!?」
「つまり犯人は、ハンター、闇の眷属関係なく殺しているってわけか……?」
 ディアッカのその問いに、イザークは重々しく頷く。
「おそらくは……。殺された中には、侯爵の血を引くダンピールや子爵もいたという話だ」
「……一体、何が起ってるんだ?」
「分からない。闇の眷属側を探らせているが、情報は殺された者たちについてのことしか入ってこない。向こうは、こちら以上に混乱しているらしくてな」
 内部を幾人かのダンピールに探らせてはいるが、情報が錯綜しており、殺された者たちの情報をつかむのでさえ、かなりの時間を要したぐらいだ。
 そう簡単に、欲しい情報は手に入らないだろう。
 もしかしたら、こちらがつかんでいる以上の情報を、闇の眷属側がつかんでいないかもしれない。
 対策を練るにも八方塞がりな状態に、ハンターを束ねる役目にあるイザークだけではなく、協会の上層部である最高会もまた苛立っていた。
 これ以上被害者を増やさないようにしたくとも、太陽が沈んだ後外出しないようにするしか今のところ手はない。
 つまりは、ハンターとしての仕事は、休業するしかないということだ。
「犯人は闇の眷属だ。それは、間違いない」
 全身から血を抜くその行為こそ、犯人が闇の眷属であることを示していた。
 だが、それだけしか今は情報がない。
「……侯爵の血を引くダンピールや子爵を殺せるって事は、相当な地位を持っているはずだ。なのに犯人が分からないとなると………」
 ちらりと、ディアッカはアスランへと視線を向ける。
 ディアッカの視線を受けて、ディアッカが何を言いたいのかアスランは瞬時に理解した。
「犯人は、キラだと……?」
「その可能性は、なくはないだろう?」
 爵位を持たないと言うのに、アスランが敵わないとさえ告げた相手。
 吸血王と考えるよりも、今回の一連の犯人だと言われた方が納得がいく。
 そう考えるディアッカの気持ちは分からなくはないが、アスランには納得がいかなかった。
「ハイネが死んだのは、俺がキラと会っていた時だ。キラが犯人だとしたら、どうやってハイネを殺したと言うんだ?」
 アスランたちがいた場所から、ハイネの遺体が見つかった場所に向かうには、距離と時間を考えたら無理がある。
 考えれば分かることを告げるディアッカに、アスランは犯行は無理だと指摘する。
「ハイネの遺体が見つかった場所が犯行現場でなければ、犯行は可能だ」
「ディアッカ!!」
 どうやっても犯人をキラにしたいのかと、怒りを露わにするアスランに、誰もが目を剥く。
 ディアッカもまた、怒りを露わにしたアスランに驚いたが、それをおくびにも出さない。
「ディアッカ、憶測でものを言うなといつも言っているだろう。アスラン、どうしてそんなにもキラを庇おうとする?」
「それは……っ」
 自分でも訳の分からない行動に、どんな説明をすれば良いのか分からず、アスランは口籠もる。
 そう、どういう訳かキラが疑われていると知って、黙ってなどいられなかった。
 そんな自分が信じられなくて、アスランは狼狽える。
 今までこんな感情を抱いたことなどなかったというのに、なぜ相手がキラだというだけで、こんなにも激しい感情を抱くのか。
 狼狽えて、何も答えないアスランを擁護したのは、この場で尤も闇の眷属を憎んでいるはずの少年だった。
「あの、俺もキラが犯人だとは思えません……っ」
「シン……?」
 あまりにも意外な人物の擁護に、誰もが目を丸くする。
「もしキラが犯人なら、どうして俺の傷を治したんです?犯人なら、それこそ見捨てるなり、止めを刺していたはずです。俺の霊力の強さは、俺よりもイザークさんたちの方が詳しいはずだ」
「それは……」
 シンの家族が闇の眷属によって殺されたのは、その霊力の強さにあった。
 霊力が強い人間の血は、闇の眷属にとって極上の獲物と同じ――。
 だからこそ、闇の眷属は特に霊力の強い人間を狙う。
 シンは奇跡的に駆けつけたハンターによって助けられたが、家族は時すでに遅く、事切れた後だった。
 それからというもの、闇の眷属に度々狙われているシンは、復讐と身を守るために、ハンターとなった。
 そんなシンは闇の眷属にとって極上の獲物であり、怪我を負ったシンを食らうならともかく、わざわざ傷を治す理由などどこにもない。
 もしもキラが一連の犯人だと言うのなら、尚更シンを治す理由などないはずだ。
 シンの問いに答えられないイザークとディアッカが、今度は口籠もる。
「あの〜」
 緊迫した空気の中を、どこか気の抜けた声がぶち壊す。
「ミーア、どうした?」
「そのキラって子のことは分からないけど、今回の件と似ている事件の話、ミーア、昔聞いたことある」
「何だって……っ!?」
「詳しく教えろ、ミーア」
 怖い顔で詰め寄るイザークとアスランに、後ずさりそうになるのをミーアは堪える。
「ええっと……あれは、家を出る10年前ぐらい前だから、150年前ぐらいかな?多分、それぐらいだと思うんだけど、姉さまが誰かと会話しているのを偶然聞いちゃってぇ」
「早く話せ」
「あの事件から、もう100年経つのですねって話で始まって、それで、詳しく聞いてたら、その昔、無差別に人間と闇の眷属を殺したダンピールがいたって。あと、その時も犯人は殺害した相手から血を抜き取った後に、その人の首を刎ねてたって」
 ミーアの記憶が確かなら、今回の一連の事件と、その時の事件は同一犯とも考えられる。
 だが、それだけでは今回と昔の事件の犯人が、同一人物だとは断定できない。
「他には?」
「それ以上はミーア分かんない。姉さまなら知ってると思うけど……」
 ミーアの姉――。
 それはつまり、クライン家の現当主・ラクス・クラインその人だ。
 ダンピールであるミーアとは違い、公爵という地位に相応しく、純血の吸血鬼でもあるラクスの姿を見たことがあるのは、協会では異父妹であるミーアただ1人だけで、それもクライン家を家出してからというもの、ミーアもまたラクスに会ったことはない。
 謎に包まれた人物だと言っても良い相手だけに、接触するどころか、ほんの僅かな情報さえ手に入れられるかどうか分からない相手だ。
 それをミーアも分かっているだけに、言葉の最後が聞き取れないぐらいに小さくなる。
「クライン家当主か……。確かに何か知っているかもしれないが、犯人を捜すよりも、接触する方が難しいかもしれないぞ」
 地道に犯人を捜す方が早いというイザークに、誰も異を唱えることはなかった。
 長い歴史を持つ協会が、接触はおろか、情報をつかむことさえできなかった相手だけに、誰もがその難しさを知っていた。
「協会にある資料で、何か残ってないのか?ミーアの記憶が確かなら、今から250年ぐらい前の話になるが……」
「当時の記録は残っているはずだ。アスランとディアッカ以外は、手分けして資料室から当時の事件に繋がりそうな資料を、できる限り探し出せ」
「――イザークさんたちは何を?」
 膨大にある資料室の資料から、1つの事件に関する資料を探し出すのは重労働以外の何ものでもない。
 できれば遠慮したい仕事の1つだが、今回ばかりは文句を言えるわけがなく、渋々了承するが、それとイザークたちがその仕事に外れることは別の話だ。
 代表でシンが問いかければ、イザークは何が楽しいか口の端をあげる。
「当時生存中だったダンピールたちに、当時のことを聞きに行く。それとも、そっちの方が良かったか?」
 何なら譲るぞと告げるイザークに、シンは必死に首を横に振る。
 協会で働くダンピールは、ハンターたちが狩る闇の眷属のように人間に危害を加えるような真似はしない。
 もしも人間に危害を加えるような真似をすれば、すぐにハンターたちによって葬られるからだ。
 だが、ダンピールもまた闇の眷属の一員。
 人間の血が濃ければ、人間の食べ物でも生きていけるが、最低でも半年に1回は血を吸わなければ生きてはいけない。
 吸血鬼の血が濃ければ、自ずと血を食らう回数は増える。
 血がなければ生きていけない彼らに、血を食らうなとはいえず、だからこそ協会は合意の上ならば人間から直接血を食らうことを許可していた。
 そう、合意の上なら何も言われないし、狩られることもない。
 それを逆手に取り、ダンピールたちは、霊力の強いシンたちに強引にも近い形で、食事を求めることが多い。
 強く求められても拒否できるならまだ良いが、丸め込まれてしまう者がいないわけではなく、だからこそ人間たちは基本的に、ダンピールたちには近寄りたがらない。
 ダンピールに接触するぐらいなら、資料室から1つの資料を探す方が良いと、人間たちは資料室へと慌てて向かった。
「忙しい奴らだ」
「俺たちダンピールを、あいつら何だと思ってるんだ……?」
「本当よ!」
 今回集まったのは、アスランとミーア以外は全員人間だった。
 基本的にダンピールは単独行動を好むが、もちろん例外も存在する。
 ミーアはまさしくその例外であるが、アスランは違う。
 ハンターの仕事のノウハウを人間に教える役目があるため、こうして人間たちを接触する機会が多いというのも理由の1つだが、他にも理由があった。
 ミーアとアスランの2人は、公爵の血を引いているせいか、滅多に血を必要としない。
 そうなれば誰かに食事を求めることも少なく、その上相手が美形ともなれば、人間たち側から親しくなろうと接触を図りに来る。
 基本的に面倒見が良いアスランと、愛嬌のあるミーア相手に、人間たちは今では警戒することもなく、むしろ自分たちから近寄ってくる始末だ。
 嫌われているというわけではないが、好かれてもいないことを分かっている多くのダンピールたちは、呼び出しをかけても集まらないことが多く、案の定今回もアスランとミーア以外は誰も来なかった。
 どうせすぐに情報が伝わるとはいえ、こうまで集まりが悪いとなると、対策を練らなければとイザークが考えが、現在協会に残っているダンピールの数を思い出し、黙り込む。
 2日間の殺害によって、現在協会に所属しているダンピールの数は、アスランとミーア、そしてバルドフェルドを合わせてもたった6人しかいない。
 集まりが悪いはずだった。
「あいつらはお前らのことは慕っているんだ。勘弁してやれ」
「でもぉ」
 種族差別反対と抗議するミーアは、何かを思い出したのか、突然声を張り上げた。
「一体なんだ?」
「あ、あのね、今思い出したんだけど……」
 急に顔色が悪くなったミーアに、アスランは訝しげに眉を寄せる。
「その時の犯人が死んでから、100年が経つって姉さま言ってた」
 つまりそれは、250年前に起こったと思われる事件と、今回の事件の犯人が同一人物ではなかったということになる。
 せっかく手掛かりをつかんだと思ったのに、振り出しへと戻った。






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