永遠 の夢 6
『――父さま……?』
滅多に会うことのない父の突然の訪問に、子どもは首を傾げる。
別々に暮らしていることもあってか、子どもにとって父は怖い存在だった。
母に連れられ、父に会いに行くたび、目の前の父はいつだって子どもを歓迎したことはなかった。
むしろ邪魔だと冷たい眼差しを向けられ、時には罵倒されたことさえあった。
そんな父の、初めての訪問。
何かあったのかと、恐る恐るそのことを尋ねようとしたその時、いきなり首を絞められた。
『……がっ…』
苦しさに子どもは抗うが、相手は大人。
腕力、体格ともに子どもが敵うはずがなく、ただ藻掻くことしかできない。
『お前など、産まれてこなければ良かったのだ……!!』
忌々しげに叫びながら、男は首を絞める手の力を更に強める。
『いずれお前が私を殺す……。私が、父を殺した時のように。その前に、お前を――っ』
薄れゆく意識の中、満足そうに笑う父を見たような気がした。
――まだ、死にたくない………っ
そう思ったのと同時に、子どもの意識は途切れた。
「――――っ」
慌てて飛び起きたキラは、自分が今どこにいるのか、最初理解できずにいた。
周囲を何度も見渡してようやく、夢を見たのだと気づく。
「……最悪だ…」
両手で顔を覆い隠しながら、キラは呟く。
なぜ今になって、消したいと思い続けてきた過去を夢に見るのだろう。
忘れたいと思っているのに、忘れられない過去。
すでにあれから500年が経つというのに。
実の父親から殺されかけた記憶は、未だにキラを苦しめていた。
それは、未来の己を映し出しているせいか。
父が告げたその言葉通り、自分は父を殺めた。
例え殺されかけたとはいえ、殺める気などなかったのに。
血が、殺さないという選択を選ぶことを許してくれない。
「――キラ、起きたのか?」
「スティング、おはよう」
物音を聞きつけたのか、小さな声で問いかけてきたスティングへとキラは挨拶する。
外は暗く、多くの人が寝入っている時間帯こそが、闇の眷属が活動できる唯一の時間。
電気をつけなければ暗闇を歩けない人間とは違い、キラたち闇の眷属は光がなくとも自由自在に動き回ることができる。
それこそ、昼間活動している人間以上に。
「ああ、おはよう。顔色が悪いみたいだが、どうかしたのか?」
暗闇の中だから大丈夫だと思っていたが、スティングもまた闇の眷属であるダンピール。
下手に誤魔化すことはできないと、キラは素直に本当のことを告げる。
「夢見が悪くて……。ところで、アウルの容体は?」
「もう動き回っても大丈夫だろう。それより、キラの方が心配だ」
「僕?僕なら、大丈夫だよ。意外と丈夫だって事は知っているだろう。それに、あれぐらいの傷の治療で、僕がへばることはないよ」
「知っている。そんなことじゃない。昨日から、どこか様子が変だ」
年下とは言え、普段からアウルとステラの面倒を見ているだけあって、人を観察する術を身につけているスティングの目を、どうやらどうやっても誤魔化すことはできないらしい。
不安を与えたくなくて告げるつもりのなかったことを、キラは話す。
「………昨日から、嫌な胸騒ぎが止まらないんだ」
「ザラ家の血を引くダンピールのせいか?」
忌々しげに告げるのは、同胞にも拘わらず、アスランが敵であるハンターだからだ。
ダンピールは特に、同胞のハンターを毛嫌いする。
仲間なのにも拘わらず、同胞を殺めるせいだ。
仲間意識の強いダンピールにとって、それは許せない行為だった。
「違うと思う。昨日は彼に会ったからだと思ったけど、この胸騒ぎの仕方は尋常じゃない」
もしも今もなお感じる胸騒ぎの原因がアスランでないとするなら、アスランと会った同時刻に、どこかで何かが起ったことになる。
それが何か分からなければ、胸騒ぎの理由は分からない。
誰かに探らせるべきかと悩んでいるキラに、スティングは1つ提案する。
「俺が今から調べてこようか?」
「それは……っ」
「軽く調べてくる程度だ。危険は少ない」
アウルがハンターによって狙われたばかりだ。
つまりは協会側がアウルを標的として定めたということになる。
常にアウルと共に行動しているスティングが、協会側に標的として定められていないという可能性は極めて低い。
迂闊に1人で出歩けば、ハンターによって狙われる可能性があることを危惧するキラに、スティングは心配ないと笑う。
「あんたが行くより、マシだろう。危険だと思ったら、すぐに帰ってくる」
「……約束だよ。危険だと少しでも思ったら、すぐに帰ってきてね」
「分かってる。あんたや、ステラを悲しませるような真似はしない」
それがスティングの姿を見た最期になるとは知らず、キラはスティングを見送った。
「――スティングは?」
1人居間へと入ってきたキラに、ソファーに座りながら新聞を読んでいたレイは不思議そうに問いかける。
眠っているキラを起こしに行くと2階に上がったはずのスティングの気配をレイは探すが、家の中はもちろん、周辺にも気配は感じない。
どこかに行ったのかと尋ねるレイに、キラは答える。
「外に様子を見に行った」
「何かありましたか?」
「分からない。だけど、嫌な予感がするんだ」
――まるで、あの時のように。
「……ラウに感じた時の様にですか?」
言葉にしなかったことを言い当てられ、キラは起きてから自分に言い聞かせていたことを告げる。
「――彼は死んだ。僕が、この手で殺したんだ」
200年以上前に、1人のダンピールが狂気に走った。
闇の眷属も、人も関係なく襲い、その血を奪い、己の力の一部としたその事件によって、多くの闇の眷属と人間が、そのダンピールによって殺された。
彼の狂気を止めようと、多くの闇の眷属と人間が立ち向かったが、彼らは皆帰ってくることはなかった。
ただ1人を除いて。
「俺も、ラウの魔力が消えた瞬間のことは今でも覚えています」
闇の眷属にとって血こそが全て。
その血が、魔力の強さを決める。
魔力の濃さやその特質は人それぞれで、誰1人として同じ魔力を持つ者はいない。
つまり、魔力の気配が消えたということは、魔力の持ち主が死んだということを示していた。
どんなに巧妙に隠そうとしても、生きていれば微量だが、魔力の気配は残る。
ラウ・ル・クルーゼの魔力は、ある日を境に消え去り、それからというもの彼の魔力の気配は感じない。
ラウ・ル・クルーゼが生きているという可能性は、ないのだ。
なのになぜ、今になってあの時感じた胸騒ぎと同じものを感じるのだろうか。
「でも、あなたは兄の血を全て奪わなかった。そして、あるはずの死体は、忽然と姿を消していた。もしかしたら――」
キラがクルーゼを手にかけた時、キラはほんの僅かの間、クルーゼの亡骸から離れた。
その隙に、あるはずの亡骸が忽然と姿を消していた。
死んでいなかったのかと、クルーゼの魔力の気配を幾度となく探ったが、結局は見つからず、クルーゼは死んだと当時は判断された。
だが、もしかしたらと、いつもキラは考えてしまう。
そんなことは、絶対にあり得ないのに。
「あり得ない……。あり得ないよ、そんなこと。だって、闇の眷属にとって、魔力の気配がなくなるということは、死を意味しているんだよ。今まで、魔力の気配がなくなった闇の眷属が、生きていたことはない」
「前例がないからと言って、本当にあり得ないと断言できますか?」
「………でも、何で今になって…」
狼狽えるキラに、レイはキッパリと告げる。
「弱った肉体を元に戻すのに、ずっと眠り続けていたとも考えられます」
それは否定できない。
現に闇の眷属は、肉体が弱った時は永い眠りにつく。
それこそ魔力が強ければ強いほど、その眠りは長く、100年や200年眠りにつく者さえいた。
あの事件からすでに244年という月日が経とうとしている。
今だからこそ、眠りについていたクルーゼが目覚めたと考えるのが妥当だ。
だが――。
「……ラウの気配は、どこにも感じない。世界中を探ってみたんだ。やっぱり、あり得ないよ」
今も世界中を探っているが、どこにもクルーゼの気配は感じられない。
やっぱりラウはあの時死んだんだとそう告げようとした時、キラは馴染み深い魔力が消えたのを感じた。
それはレイも同じだったらしく、信じられないと目を見開く。
「――スティング…?」
呼び声は、虚しく宙へと消えた……――。
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