永遠(とわ)の夢  3






 パタンと部屋の扉を閉めた瞬間、声をかけられた。
「随分とシンを気に入ったみたいだね、レイ」
 扉とは反対の壁に背を預けたキラは、どこか楽しげに見える。
 昨夜シンを拾った張本人であり、屋敷主人でもあるキラは、アウルとシンの治療で疲れているはずなのに、一切疲れの色が見えない。
 どこにそんな体力があるのだろうかと思えるほど華奢な体つきをしているキラは、体力こそないが、内に秘めた魔力は、ダンピールであるレイには想像できないほど巨大だ。
 内に秘められた巨大な魔力が、ないに等しいキラの体力を補っているのか。
 かつてそのことをキラ自身に問いかけたことがあったが、答えは返ってこなかった。
「――彼を、どうするつもりですか?」
「さあ、どうしようか?」
 気まぐれで拾ってきたとはいえ、シンは闇の眷属に敵対するハンターだ。
 キラにとっては害にもならない存在だが、庇護している闇の眷属にとっては驚異的な存在でもある。
 すぐ排除してしまおうかと一度は考えてみたが、今はもうそんな気すら起きない。
 傷つき、捨て置けばそのまま死んでしまうほど弱っていたシンを拾い、治療したその瞬間から、キラにとってシンは、庇護している闇の眷属同様、守るべき存在になっていた。
 シンが庇護しているアウルを殺そうとしたハンターであろうと。
 だからこそ厄介だった。
「……アウルは?」
「今は静かに眠ってるよ。日が沈んだ頃にでも、伝令をやるつもりだ」
 今頃アウルが帰ってこないと、1人の少女が泣いているはずだ。
 電話で無事だということを知らせても良いのだが、アウルの帰りを待つ少女たちがいる場所には、電話がない。
 携帯電話すら持っていない彼らに、持たせるべきかとも考えたことは一度や二度ではない。
 なのに今もなお彼らが携帯を持っていないのは、携帯を持たせた時のことを考えた時に、問題が発生するからだ。
 上手く彼らがレイのように携帯を活用してくれるのなら良いが、玩具にしてしまうのが若干2名いる。
 そのためにキラはいまだに悩み続けていた。
 彼らに携帯を持たせない最大の理由は、太陽さえ出ていなければ、使役獣と呼ばれるコウモリたちが伝令をいくらでも伝えてくれるからだ。
 携帯に比べて速度は落ちるとはいえ、ただのコウモリではない使役獣たちは、地球の裏側に伝令を頼んだ場合、僅か数時間で指定の場所に辿り着く。
 太陽が昇っていなければという但し書きが前文に付くが、素早いことは確かだ。
「武器はどうするつもりですか?」
 屋敷のどこかに隠されているシンの武器。
 レイには触ることができないその武器がなければ、アウルが目覚めた時、シンはアウルに命を狙われることになる。
 だが、武器をシンへと返せば、アウルだけではなく、レイもまた危険に曝される。
 それを避けるために、わざとシンから武器を取り上げたキラは、すぐに見つけられないようにシンの武器を隠した上で、レイにアウルからシンを守れと命じた。
「隠したままっていうのは流石にまずいよね。いつ誰がくるか分からない状態で、隠していた武器を誰かが見つけたら……」
「まず間違いなく怪我をしますね」
 その前に、未熟だとはいえ、ハンターを屋敷に置いていること事態が不味いのだが、そのことにおそらくキラは気づいていないだろう。
「それより、早いとこ、彼を屋敷から追い出した方が良いですよ」
「それで、また引っ越し?やだよ、つい最近ここに引っ越してきたばかりなんだから」
「そうなる原因を作ったのは誰ですか?」
 流石に引っ越さなければならない原因を作った自覚はあるのか、レイに睨まれたキラは黙り込む。
「とにかく、近い中に引っ越します。どこか良い物件を探しておいて下さい」
 渋々ながらとはいえ、キラが頷いたことを確認したレイは、地下で眠っているアウルの元へと向かった。
「………レイは本当に良い子だね、ギルバート」
 レイの気配が地下にあることを確認した後、今は亡き友へ向かってキラは呟く。
 ギルバートが亡くなってから、すでに一世紀が経つ。
 そろそろ2人目の伴侶を見つけても良い頃合いだが、レイは一向に2人目の伴侶を見つけようとする素振りすら見せない。
 ただ単に良い相手に巡り会えないだけなのかもしれないが、一番の問題はレイにあるとキラは考えていた。
 養父でもあったギルバートを心底愛していたレイにとって、亡くなったとはいえ、22人目の伴侶を見つけることは、ギルバートに対する裏切りだと認識している節がある。
 それほどまでにレイはギルバートを愛していたということで、そこまで誰かを愛するレイが、キラには少し羨ましかった。


































「シンが帰ってこない?」
 その知らせがアスランの元に届いたのは、正午を過ぎた頃だった。
 寝ているところを叩き起こされ、不機嫌を露わにしていたアスランだったが、ディアッカがもたらした報告に、慌てて体を起こした。
「連絡は?」
「何度も持っているはずの携帯にかけてみたが、一度も出ない」
「………」
「流石に何か起ったのかと思って、ルナマリアを捜索に向かわせたら、これを見つけて帰ってきた」
 差し出された携帯電話を見て、アスランは息を呑む。
 本来なら青いはずの携帯電話は、血で汚れ、赤黒く汚れていた。
 それだけならまだしも、昨夜シンへと手渡されたはずの携帯電話には、無数の傷がついており、昨夜の戦闘の激しさを物語っていた。
「まさかと思って調べた結果、製造番号がシンのものと一致した」
 何百、何千という同じ型・色合いの携帯電話が出回っている世の中で、もしかしたらと一塁の望みをかけて製造番号を調べた結果、願いは虚しく散った。

 ――傷つき、血で汚れた携帯電話。

 それだけで、嫌な予感が胸を横切る。
「他に分かったことは?」
「今のところはない。昨日雨が降ってなければ、もっと色々と分かったはずなんだがな……」
 雨は天の恵みだが、全てを洗い流してしまう。
 それこそ、シンに繋がる手掛かりさえも。
 携帯電話も、偶然茂みの中に落ちたから血が洗い流されなかっただけであり、もしも何もないところに落ちていたら、他の手掛かりと共に洗い流されていただろう。
「日が沈まない限り、俺は動けない」
「分かってるよ。ただ、お前があいつの教官やってたから、知らせるべきだと思って、昼に叩き起こしただけだ。そうじゃなければ、叩き起こす意味がないだろう」
 闇の眷属は太陽の光に当たれば、灰へと変わる。
 それは闇の眷属の頂点に立つ吸血鬼の血を引くダンピールも例外ではない。
 つまり闇の眷属の血を引く者は、昼間――つまりは太陽が地を照らしている限り、外に出ることはできない。
 ダンピールであるアスランもまた、日の光が差している限り外に出られないため、日中は日の光が入り込まない地下で休んでいる。
「昼は俺たちが動くが、夜はそっちに任せる」
「頼む。ところで、イザークは?」
「初任務で行方不明になった後輩を罵倒しながら、一生懸命捜索中」
 口は悪いが、ハンターたちの中では特に仲間思いであるイザークが、行方知れずになったシンを探さないわけがない。
 分かっていてもイザークの片腕として動いているディアッカに尋ねてしまうのは、おそらくはあの口の悪さのせいだ。
 ディアッカの言葉通り、行方が分からなくなったシンを罵倒しながらも、一生懸命その行方を探しているであろうイザークの姿が簡単に想像できてしまい、アスランは顔をしかめる。
「やっぱり、初任務で上級のダンピールを宛うんじゃなかったな……」
「………今、何て言った?」
「初任務で、上級のダンピールを宛うんじゃなかったと」
「お前、馬鹿だろう……っ」
 ハンターとしては優秀だが、それ以外に関してはアスランはどこか抜けていた。
 常々仲間内で、あいつはねじが1本抜けていると冗談交じりで告げたことがあったが、まさか本当にねじが1本どころか、2本も3本も抜けているとは思ってもみなかったディアッカは、頭を抱える。
「どんなに優秀な奴でも、せめて中級を選べ!」
 稀に見る霊力と戦闘能力の高さに、将来優秀なハンターになるだろうと見込まれたシンは、現在ハンターとして優秀なアスランが教官として選ばれた。
 アスランの元なら、優秀なハンターになるだろうという最高会の思惑もあったが、それをイザークやディアッカもまた反対はしなかった。
 まさかハンターとしては未熟なシンに、難易度が高い闇の眷属を宛うほど抜けているとは、流石のイザークとディアッカも、想定の範囲外だったが。
 例えるなら、殻を付けたヒヨコを肉食獣の前に放り込むようなものだ。
 そう考えて、ディアッカは目の前にいるアスランが初任務で巨大肉食獣――伯爵という爵位を持つ純血の吸血鬼を倒したほどの魔力の持ち主だったことを思い出す。
 世間の感覚などないに等しくて当然かと、ディアッカは思わず納得してしまった。
「今度からそうする……」
 期待できそうにない言葉を貰い、ディアッカは深々と溜息をついた。






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