暁の月 15  『愛憎』






 それは、扉の隙間に挟み込まれていた。
 扉の隙間に挟み込まれていた紙切れを、何気なく手に取ったアスランは、書かれていた文字に凍り付いた。
「……キラ…」
 『K』と書かれた紙切れには、キラの名前はどこにもない。
 けれど、その筆跡は紛れもなく、キラのもので。
 折りたたまれた紙切れを開いたアスランは、次の瞬間握り潰した。
 カガリが頭を過ぎるが、それは一瞬のこと。
 握り潰した紙切れへと視線を落としたアスランは、迷った末に、カガリに気づかれないよう、部屋をあとにした。










「キラ」
 紙切れに書かれた場所に足を踏み入れれば、そこには予想を裏切ることなく、キラがいた。
 背を向けて。
「カガリから許可は、もらってきたの?」
 振り返ることなく問いかけるキラに、アスランは一歩だけ近づく。
「いや」
「珍しいね。どんなことがあろうと、カガリの言うがままだったのに」
「………キラ、お前に言わなければいけないことが――」
「――アスラン」
 覚悟を決めて、何かを告げようとしたアスランを、キラが遮った。
「君はまだ、カガリのことを愛しているの?」
「……ああ」
 迷った末に、アスランは頷いた。
 カガリのことは、愛してはいない。
 後にも先にも、愛しているのはキラ1人だけだ。
 けれど、それを告げるわけにはいかなかった。
 そう、どんなことがあろうとも、キラだけには知られるわけにはいかなかった。
 真実を知った時、誰よりも傷つくのは、キラだから。
 キラが傷つき、悲しむ姿を、嫌というほど見てきた。
 これ以上はもう、キラが傷つき、悲しむ姿を、アスランは見たくはなかった。
「そう……。なら、死んで!」
 振り向き際、隠し持っていた銃を素早く構えたキラは、アスラン目掛けて銃を撃つ。
 ギリギリのところで一発目をかわしたが、続いて放たれた二発目は、右足首を掠め、アスランはバランスを崩した。
 床へと受け身を取る間もなく倒れ込んだアスランに、キラは銃口を向ける。
 三発目を放つことなく、キラはアスランへと近づく。
「キラ……」
 自分に銃口を向けるキラを信じられないと思いながらも、どこかでこうなることを、アスランは予想はしていた。
 カガリとキラはとても似ている。
 それは姿形だけではなく、その性質も。
 カガリがアスランを手に入れるために狂気に走ったように、キラもまたと。
「何も、言わないんだね」
「聞いて、くれるのか?」
「それこそ、まさか。今更君の言葉を聞く必要なんてないもの」
「キラ……っ」
「だって君は、これから死ぬもの」
 告げられた言葉に、アスランは青ざめる。
「キラ、俺は……」
「言っただろう。僕はもう、君の言葉を聞く必要も、理由もない。だから、黙って死んでくれる?」
 艶やかに微笑んだキラは、また一歩アスランへと近づく。
「俺が死ぬことで、お前は幸せになれるのか?」
「そんなこと、君には関係のないことだ」
 そう、関係のないことだった。
 アスランを殺した後、キラはその後を追うのだから。
 シンが殺さなくても、キラは自らの手で、自らの命を絶つ覚悟をすでにしている。
 だからアスランが死ぬことで、幸せになれるのかと問われても、キラには答えられない。
 答えられるのは、アスランのいない世界など、存在する価値もないということだけだ。
 それ以外の答えを、キラは持っていなかった。

「――キラ!!」

 引き金を引こうと、力を込めた人差し指の動きが止まる。
 忌々しげに舌打ちしたキラは、銃口をアスランに向けたまま、邪魔をしたイザークを睨み付けた。
「キラ、止めろ」
 壁に手をついて、息を切らしながら、イザークは制止の声をあげる。
 それに、キラは不快感をあらわにする。
「なぜ?」
「アスランが本当に愛しているのは、カガリじゃなくて、キラ、お前だからだ」
「……冗談は、やめて」
 一気に強張った表情は、ディアッカの言葉を全力で否定する。
 今更、愛しているなど。
 ならどうして、先ほど問いかけた時、否定しなかった。
 様々な考えが、キラの中で交錯する。
「愛しているのが僕だというのなら、どうしてアスランは、僕を捨てたの?それこそ――」
「――脅されていたんだ」
 キラの言葉を、ディアッカは遮る。
「えっ?」
「カガリがアスランを脅していたんだ。キラと別れなければ、キラを傷つけると。だから、アスランはお前を守るために――」
「――ディアッカ、止めろ!」
 制止の声を上げたが、それはあまりにも遅すぎた。
「……何で…?」
 アスランの表情を見れば、分かる。
 ディアッカの言ったことは、本当なのだと。
 だが、いまだキラは全てを信じ切れずにいた。
「何で、黙っていたの?」
 カガリに脅されたことを。
「どうして、騙したの?」
 カガリを、愛したと。
「……言えなかった」
 気づいた時にはすでに手遅れで、キラに真実を告げる隙もなかった。
 逃げ道が全て塞がれ、別れを告げる以外、許されず。
 キラを守るためには。
 それ以外にはなくて。
 それ以外は知らなくて。
 その結果、誰よりも守りたかったキラを、傷つけることになると分かっていても。
 別れを告げた後、後悔した。
 もっと他に、方法があったのではないかと考えながら。
 その直後だ。
 キラとラクスが、オーブから姿を消したのは。
 どこに行ったのか、それはカガリで分からずにいた。
 先日、偶然にもプラントで再会するまでは。






next