暁の月 12 『真実』
「信じ、られるか……?」
疲労の色が濃い表情で、ディアッカは隣に座っているイザークへと問いかけた。
「カガリ・ユラ・アスハがアスランを脅して、キラと別れさせたことか?それとも、シン・アスカの仇がキラだったことか?それとも、アスランがまだキラを愛していると言うことか?」
「全部」
「それなら、まだ信じられない」
――一気に暴かれた真実。
それらを全て――好きでアスランがキラのことを捨てたわけではないと、今すぐキラに教えるべきかどうか、イザークとディアッカは判断に迷っていた。
キラの言う復讐が、誰に対してなのかは分からないが、真実を教えれば、止められるかもしれない。
だが、もし真実を教えたところで、復讐を止められなければ――。
「のわりに、余裕そうだけど」
「そんな訳があるか!」
運悪く、イザークの隣に座っていたディアッカは、八つ当たりの意味も込めて、蹴りを一発食らわされた。
ドカッという音と共にソファーから転げ落ちたディアッカは、受け身と取る間もなく、床へと倒れる。
「……うっ…」
呻き声を上げながら、床と一体化したディアッカを冷ややかに見下ろしたイザークは、深い溜息をついた。
「一体どうすれば良い?」
「……それはこっちの台詞だ!イザーク、何考えてる……!」
「キラのこと」
「――キラ馬鹿」
蹴られた痛みに、嫌味を口にしたディアッカの顔面へと、クッションが投げつけられた。
本能的にクッションをかわしたディアッカは、イザークを睨み付ける。
「イザーク!」
「うるさい。怒鳴らなくても聞こえてる」
「苛立つ気持ちは分かるけどな、少しは落ち着けよ!」
「できるか!」
「焦ったって、何も変わらないだろう」
「ああ、そうだよ!けどな、落ち着いたって何も変わらないだろう?」
「俺は、変わると思うけど?」
苛立つままにイザークはディアッカを睨み付ける。
事が事だけに冷静さを失っているイザークに溜息をついたディアッカは、離れたところに置いてあるソファーへと腰掛ける。
冷静さを失っているイザークの隣に再び座ろうものなら、また蹴られかねない。
マゾでもないのに、何度も蹴られるのはごめんだと、ディアッカは遠くのソファーを選んだ。
「まずは落ち着いて、話の整理をしよう」
事が事だけに冷静さを失いそうになるが、冷静にならなければ判断を誤る。
それだけは避けなければならない。
特に今回の件に関しては。
「整理?……何のだ?」
疲れ切っているイザークに気づき、ディアッカは自分もまた疲れていることに気づく。
白兵戦の訓練をしたわけでもなく、山のように積まれた書類を持ち込まれたわけでもないのに、どういうわけか精神的にも肉体的にも疲労を感じる。
あったことといえば、キラとアスランから聞かされた、『真実』だけだ。
確かに衝撃は受けたが、疲れるようなことではなかった。
なのに――。
「まずは、シンの仇がキラだってことか」
「それは、本当なのか?」
「ちょっと反則かなって思ったけど、シホに頼んで色々調べて貰った」
キラから話を聞いてすぐ、さらなる調査をディアッカはシホに命じた。
結果は半日とせずに、ディアッカの元へと届けられた。
「結果は?」
「まず間違いなくシンの両親と妹が死んだ原因を作ったのはキラだ」
「そうか………」
イザークの部下であり、ジュール隊の一員であるシホ・ハーネンフース。
士官学校をトップで卒業しただけあり優秀な彼女は、イザークにとってディアッカと同じぐらいなくてはならない存在だ。
イザークが望めば必要なデータをすぐに集めてくれるシホは、今まで間違った情報を自分たちに提出したことはなかった。
そのシホが、調査した結果というのなら、疑う余地はない。
「シホが調べた限り、あれは事故だ。仕方のないことだったと、俺たちは言える。けど、当事者であるキラやシンは違う」
「あの坊やは、知っているのか?」
「キラの様子だと、知らないようだ。けど、いずればらすつもりだな、あれは」
「………」
端から見ても、シンがキラに依存していることは分かる。
依存しきっている相手が、家族を殺した仇だと知った時、シンはどうするのだろうか。
きっと自分なら狂ってしまう。
狂って、狂って、どうしようもないぐらいに狂って、そうして、どうするのだろうか。
キラを憎むこともできず、かといって、再び愛することもできない。
いっそのことキラの手で殺してやることが、シンのためではないかと、そんなことをイザークは考える。
キラがシンを手にかける可能性が低いと分かっているから。
「アスランがキラを捨てた理由だけど、つまりはキラがカガリに傷つけられない状況を作ってしまえば、アスランはカガリから解放されるってことだろう?」
「それで全部が、解決するならな。だが、事はそれほど簡単な事じゃない」
「そうだけど……」
「どんな手段を使おうと、アスランをキラへと返せば、あの女はどんなことをしてでも、再びアスランを手に入れようとするぞ」
「やっぱり?」
ディアッカは溜息をつく。
アスランをキラへと返せば、復讐は止められるかもしれない。
けれど、それでは根本的な解決には繋がらない。
カガリをどうにかしない限り、再び同じ事が繰り返されることになる。
「誰だ!?」
コトリと、何かが落ちた音に、2人は慌てて立ち上がる。
今まで気づかなかったが、扉の向こう側に人の気配を感じる。
疲れていたとはいえ、人の気配に気づけなかった失態に、2人は舌打ちする。
互いに顔を見合わせ頷いた次の瞬間、扉に近かったディアッカが、足で扉を蹴飛ばす。
隠し持っていた銃をその間に構えたイザークは、銃口を扉へと向けた。
たった数秒の出来事だというのに、2人の息はピッタリと合っていた。
「お前は…グラディス隊の……」
目を見開いて立ちつくしているレイに戸惑いながらも、イザークは銃口をレイからそらさない。
「レイ・ザ・バレル、貴様がなぜここにいる?」
この場所は、イザークの執務室だ。
隊長や艦長ともなれば、書類の量も半端ではなく、そのため執務室が与えられる。
タリアもまた執務室を持っているが、イザークの執務室からは離れている。
偶然この場に居合わせたというには、レイの態度はあまりにも不自然過ぎた。
「……本当、なんですか?」
震えている声に、イザークとディアッカは顔を見合わせる。
「シンの両親を、妹を死なせた原因を作ったのがキラさんだというのは、本当なんですか?」
「だったら、どうした?」
反応が知りたくて、イザークはあえて否定しなかった。
「だから、あんなに自信があったのか……?」
無意識の呟き。
その内容は予想していたものではなく、イザークは戸惑う。
「おい、それはどういう意味だ!?」
嫌な予感がする。
とてつもなく、嫌な予感が。
今まで感じたことのないようなそれは、うるさいほどの警告音を鳴らし、ディアッカを不安にさせる。
「……あの人は、シンを壊すと」
「何!?」
「そして、アスラン・ザラを殺すと……」
「………っ!?」
イザークとディアッカは、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
――シンを壊し、アスランを殺すと、誰が言った?
「私は、あの人の……キラ・ヤマトの共犯者です」
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