暁の月 10 『愚行』
「入るが、大丈夫か?」
静かに目の前の扉を睨み付けているキラに、イザークは問いかける。
立場など関係なく、双子の弟であるキラと話がしたいとデュランダルに持ちかけたのは、カガリからだった。
立場など関係なくと言っても、カガリは一国の代表。
例え姉弟とはいえ、2人っきりにはさせられないと、カガリには護衛が1人、キラには監視役としてつけられていたイザークとディアッカが付くことで、決着がついた。
護衛がつくとはいえ、一国の代表とは思えない行動に、けれどイザークは愚かだとは思えなかった。
キラとカガリの今の立場は、あまりにも微妙過ぎる。
姉弟だからこそ、尚更に。
いつ何が外交問題に発展するか分からない状況で、あえて姉弟として話がしたいと持ちかけてきたカガリ。
何か仕掛けてくるのではないかと警戒したところで、相手は一国の代表だ。
何かあった時――それが外交問題に発展しないことでも、自分の力ではキラを守り通すことができないことをイザークは知っている。
あえてカガリがそこを狙っていたとしたら。
「何を心配しているのか分からないけど、大丈夫だよ」
はっきりと告げるキラに、イザークはこの時、その言葉を信じることにした。
ブザーを押してすぐに、開いた扉から現れたのは、アスランだった。
動揺の色が見えるアスランを一瞥したキラは、すぐに視線を、部屋の奥――カガリへと向けた。
――2人の視線が交差する。
誰よりも近い存在でありながら、誰よりも遠い存在である片割れ。
簡単なものなら、言葉などなくても意思の疎通を図ることなど造作もなかった。
「イザーク」
「どうした?」
「カガリと2人っきりで話がしたい。席を、外してくれる?」
視線をカガリに固定したままのキラに、イザークはカガリの様子を窺う。
別段驚いた様子も見せないカガリに、イザークは迷った。
この場には、自分たち以外にはいない。
誰にも告げなければ、キラとカガリを2人っきりにさせることもできなくはない。
だが――。
「アスラン、すまないが席を外してくれ」
慌てた様子のアスランに、イザークはディアッカへと目配せする。
「アスラン、行くぞ」
言葉よりも先に、アスランの腕をイザークはつかむ。
抵抗するアスランをディアッカが宥めつつ、3人は部屋にキラとカガリを残していなくなった。
「イザーク!」
「うるさい。黙ってついてこい」
何度も呼びかけても、返事すらしないイザークに、アスランが焦れ始めた頃、怒声ではなく、苛立ってはいるが、静かな声が返ってきた。
呆然としつつも、後ろを歩いているディアッカをアスランは振り返る。
肩を竦めるだけで何も言わないディアッカに、アスランは戸惑うことしかできなかった。
そうこうしているうちに着いたのは、奥まった場所にある部屋だった。
部屋を見渡そうとした時、腕を引かれたアスランはバランスを崩し、近くに置かれたソファーへと倒れ込む。
「……っ」
「一体どういうつもりだ?」
「それはこっちの台詞だ、イザーク!これはどういうつもりだ!」
「キラが2人っきりで、代表と話がしたいと言ったからだろう。それより、こっちの質問の答えは?」
「質問って、一体何のことだ?」
ソファーに手をついて起きあがったアスランは、怪訝な表情で問いかけた。
「キラのことだ。キラを捨てて、あの女を選んだそうだな。どういうつもりだ?」
「それはキラから聞いたんだろう?なら、俺の口から聞く必要なんてないだろう」
気怠げに髪を掻き上げたアスランは、溜息をつく。
「俺はお前の口から聞かない限り、俺は納得しない」
「納得なんてする必要なんてないだろう。真実は変わらない」
「真実が変わらないからと言って、お前は何もしないのか?」
「何かしたところで、何も変わらない!」
イザークの言葉の何が、アスランの逆鱗に触れたのか。
何かが変だと気づいたディアッカは、2人の間に割ってはいる。
「アスラン、なぜキラがプラントにいるか知ってるか?」
「オーブにいたくなかったからだろう」
「ふざけるな!」
あまりにも投げやりな態度に、ディアッカの何かが切れた。
いつだって感情的になったイザークを、皮肉屋を気取っているディアッカが宥めてきた。
大人しいわけではないが、イザークのように感情的でもないディアッカが声を荒げた姿に、アスランは目を瞠る。
気がつけば襟をディアッカにつかまれ、体がわずかに宙に浮いていた。
「オーブにいたくなかっただけなら、あいつはプラントの住人としてここにいたはずだ!けどな、あいつは今、ザフトの軍人なんだよ!」
ハッと何かに気づいた様子のアスランに、ディアッカはその体を突き飛ばす。
「あいつは自分から軍人になることを志願した!しかも、その理由は復讐だ」
「復讐………?」
コーディネイターという理由だけで、ナチュラルのクラスメイトに虐められるたび、背中に隠れに来た泣き虫キラ。
虐められ、泣かされても、謝りに来たクラスメイトは、笑顔で許してきたキラ。
そのキラが――。
「まさか、俺に?」
復讐される理由が多すぎて、否定する要素が全くない。
けれど、アスランは信じたくなかった。
キラが誰かに復讐するなど。
復讐する相手が、自分だとしても。
「そこまでは知らない。俺が聞いたのは復讐するためにここにいるということだけだ」
冷ややかにイザークはアスランを見下ろす。
そこに同情や哀れみは一切感じられない。
あるのはただ、疑問だけ。
復讐とその単語を聞いた時の、アスランの反応がどうしても腑に落ちなかった。
「アスラン、どうしてキラを捨てた?」
静かに問いかけたイザークに、両手で顔を覆ったアスランは項垂れた。
「何で……っ!」
悲鳴にも似た叫び声は、今のアスランの心情を何よりも物語っていた。
「俺は、こんなことの為に………」
――キラを捨てた訳じゃないのにっ……っ!
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