暁の月 4  『絶望』






「キラさん!」
 ミネルバの進水式が終わる同時に、キラは再び姿を消した。
 慌ててその姿を探したシンは、ようやく見つけたキラに、慌てて駆け寄る。
「わざわざ走る必要なんてないのに。それで、どうしたの?」
 息せき切って駆け寄ってきたシンに、キラは微笑む。
 いつもと変わらないキラ。
 その姿に安堵しながらも、どこかいつもとは違う様子のキラに、シンは戸惑う。
「あの、さっきのことで」
「ああ、カガリたちのこと?」
 再び歩き出したキラに、シンは慌ててその後を追う。
「姉弟って、本当なんですか?」
「うん」
「ならどうしてオーブから、プラントに?」
 キラがオーブ出身だということは、拾われてすぐに教えてもらった。
 だが、それ以上のことはシンはほとんど知らない。
 キラが昔のことを多く語らないということもあるが、過去を尋ねて、キラに嫌われることをシンは恐れた。
 キラに捨てられるぐらいなら、何も知らないままで良いと。
「僕とカガリで、何か気づいたことはない?」
「気づいたこと?」
「そう。何でも良いよ」
「そういえば、姉弟なのに姓が違いますね。どうしてですか?」
「里親に出された先が違うから」
 さらりととんでもないことを告げたキラに、シンは驚く。
「里親って……」
「僕とカガリの父親は、どうしようもなく愚かな人だった。その結果、僕らは……僕は、まだ産まれたばかりの赤ん坊だったのに、ブルー・コスモスの標的にされたんだ」
 ――ブルー・コスモス。
 遺伝子操作され産まれてきたコーディネイターを、自然の摂理に逆らった存在として忌み嫌う地球側自然崇拝主義団体。
 その行動はコーディネイターはもちろん、同胞であるナチュラルからも嫌悪されるほど過激で有名だ。
「母はそんな父に愛想を尽かして、妹夫婦に僕ら双子を託した。母、父と共にその後すぐに死んじゃったけどね」
「!?」
「妹夫婦は僕とカガリを一緒に育てれば、いずれブルー・コスモスにその存在を気づかれると危惧して、姉だけをウズミ・ナラ・アスハに託し、彼らは僕らが双子であることを隠して、育てた。きっと何事もなければ、僕らは自分たちが姉弟であることを知らずに、育っただろうね」
 そう、何事もなければ自分に片割れがいたなど永遠に知ることはなかっただろう。
 けれど運命はどこまでも残酷に、彼らに真実を突きつけた。
 実は双子で、その片割れがすぐ間近にいたということを。
 親だと思っていた人たちが、本当の両親ではないということを。
 そして、双子で同じ人を好きになってしまったということを。
 運命はどこまでも残酷で、そして人が踏み込んではいけない領域に踏み込んだ結果であるキラへと、その罰を下した。
 だからキラは、残酷な運命を憎み、全てに絶望した。
 愛する人を、双子の片割れに奪われたその瞬間に。
 世界を、そして――を、憎んだ。
 残酷なもの全てを。
 大切なものを奪ったもの全てを。
 憎まずにはいられなかった。
「どうしてブルーコスモスはキラさんを狙ったんですか?コーディネイターといえど、当時はまだ赤ん坊だったんでしょう?それなのに………。それにどうして自分が双子だって分かったんですか?」
「今日はいつもと違って、質問が多いね」
「すみません」
 シンはとっさに謝罪の言葉を口にした。
 青白いシンの顔色に気づいていながら、キラは何も言わない。
 顔色が悪くなった原因さえも知っていながら。
 それでも何も言わないのは、シンをそんな風にしたのは、他の誰でもない、キラ自身だからだ。
 独りぼっちで寂しがっていた子どもを、己の望みのために利用するために、キラはあえてそう育てた。
 自分がいなくなれば狂ってしまうように。
 自分に嫌われたら、泣いて許しを乞うように。
 自分に好いてもらうためになら、何でもしてしまうように。
 そんな風にシンを会えて育てたのだ、キラは。
 その気になればいくらだって、1人で生きていけるように育てることができたのに。
 シンを一人で生きられないようにした。
 欲しいものを手に入れるために。
 人1人の人生が狂うことになろうとも。
 それがどんな卑劣な手段だろうとも。
 欲しいものを手に入れるためになら、迷いも、ためらいも、キラにはなかった。
「君の質問には全て答えてあげられないけど、ただ1つ言えることがある」
「1つ?」
「全ては愚かな争いが引き起こしたことだと」
 コーディネイターとナチュラルの醜い争いさえなければ、もしかしたら今と違った未来を見ることができたかもしれない。
 戦争により多くのものを失ったキラは、だからこそ思うのだ。
 コーディネイターとナチュラルの愚かで、醜い争いさえなければと。
 そんなことを思っても、掌をすり抜けていったものが戻ってくることはないのに。
 それでも、考えずにはいられない。
 失ったものが、あまりにも大きすぎて。
 胸にポッカリと空いた穴が、塞がることを知らなくて。
 だから愚かなことを考えてしまう。
「両親を、妹を亡くした君なら、僕が言いたいことが良く分かるだろう、シン」
 その言葉に、シンは目を見開く。
 血を連想させる深紅の瞳を、さらに禍々しい赤へと変えて。
 ピタリと足を止めたキラは、どこを見ているか分からないシンの頬へと触れる。
「シン、思い出してご覧。愛する人を奪われた瞬間を」
 住んでいたオーブが戦火に巻き込まれた瞬間を。


 マユが大切な携帯電話を落とし、それを取りに行った自分。
 それが、生と死を分けた出来事だとは知らずに。
 拾い上げたその瞬間、背後で爆発が起こり、それによって体が吹き飛ばされた。
 痛みを堪えながら起きあがったシンが見たのは、体がバラバラになった両親と妹のマユ。
 そして、10枚の翼を持った白いMS。






 ――あれが、両親を、マユを殺した元凶。






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