暁の月 3  『再会』






「結局、見つからなかったのね……」
 溜息をつくタリアに、捜索を命じられたシンは、申し訳なさそうに項垂れる。
 途中レイとルナマリアらと合流してからしばらくは捜索を続けたが、結局手掛かりをつかむことすらできずに、時間切れになってしまった。
「すみませんでした」
「良いのよ。元々駄目元でお願いしたのだから。それにしても、どこに行ったのかしら?」
 過去に一度も、姿を眩ました彼を発見できた者はいない。
 捜索にシンが加わったところで大した期待は抱いてはいなかったが、もしかしたらという思いを捨てきれなかったのも確かで。
 今日は、ユニウス条約締結後建造された最初の戦闘艦ミネルバの進水式だ。
 国内外が注目する中、多くのメディアがアーモリーワンに詰めかけている。
 艦長を始めとするタリアらもまた、注目を浴びることは目に見えているとはいえ、それが嫌で欠席することは許されない。
 だからこそ今日だけは絶対に姿をくらますなと厳命しておいたのだが、それが逆に仇になった可能性は捨てきれなかった。
 ザフトの軍人なら、知らぬ者はいないというほどの有名人でありながら、彼は注目されることを酷く嫌う。
 いくら命令とはいえ、メディアが注目しているのがミネルバだとしても、今日は国内外のメディアが多数集まる日だ。
 艦の艦長やクルーたちにも注目が向けられないという保証はどこにもない。
 デュランダルに掛け合って、呼び出して貰う手がないわけではないが、果たして今回もまた呼び出しに応じるかどうか。
「タリア」
 考え込んでいたタリアは、呼びかけに何気なく振り返り、酷く驚いた。
 無意識の内に、タリアを始め、その場に居合わせたシンやレイ、ルナマリアらは慌てて敬礼する。
「これは議長。いかがいたしました?」
「少しこちらに用事があってね。せっかくここまで来たのだから、進水式の前に、彼らにミネルバの艦長である君を紹介しておこうかと思ってね」
 彼らと、デュランダルの視線の先にいる金髪の少女と濃い色のサングラスをかけた青年へと、皆の視線が集中する。
 集まった視線に臆することなく、前を見据える少女へと、デュランダルはタリアを紹介した。
「姫、こちらが新造艦ミネルバの艦長を務めることになりますタリア・グラディスです」
 姫と、デュランダルにそう呼ばれた少女は、驚く様子もなく、タリアを見上げる。
「会えて嬉しく思う、グラディス艦長。私は、カガリ・ユラ・アスハだ」
「オーブの……?」
 現オーブ首長国代表首長といえば、獅子と呼ばれたウズミ・ナラ・アスハの娘として有名だ。
 今日の進水式は国内外のメディアが詰めかけているとはいえ、まさか一国の主――オーブの首相がわざわざプラントに足を運ぶなど、誰が想像できようか。
 驚く一同――一部を除き――に、デュランダルはまるで悪戯が成功したかのように、にこやかに微笑む。
「今日の進水式には、姫にも参加して頂くことになってね。突然のことで驚いただろう」
 悪戯が成功したことに喜んでいるデュランダルに気がついたタリアは、複雑な面持ちになる。
 タリアはデュランダルをプラント最高評議会議長になる以前から知っている。
 だからこそ、デュランダルがこんな子どもじみた悪戯でここまで喜ぶような人物ではないこともまた、知っていた。
 そう、こんなことで喜ぶような人物ならば、プラント最高評議会議長の椅子にはなれない。
 もっと大きな悪戯をどこかに仕掛けたと、つまりはそういうことだ。
 警戒心をあらわにするタリアに、デュランダルは口元の笑みを深くする。
 そうでなくては面白くないと言いたげに。
「議長、そろそろ時間が……」
 護衛として控えていた男が1人、デュランダルに耳打ちする。
 それに頷いたデュランダルは、カガリへと微笑んだ。
「姫、進水式の開始時間が迫ってきていますので、そろそろ席へと移動しましょう」
「分かった」
 頷き、促されるがまま会場へと向かおうとしたカガリたちは、突如現れたメタリックグリーンのロボット鳥に足を止めた。
 翼を広げて舞い降りたロボット鳥は、色の濃いサングラスをかけた青年の頭を軽く突いた後、何のためらいもなく、その肩へと留まった。
「トリィ……なのか?」
 誰もがロボット鳥の突然の暴走に唖然としている中、頭を突かれた青年だけは、信じられないと肩に留まっているロボット鳥を凝視する。
『トリィ!』
 己の存在を誇示するかのように、ロボット鳥――トリィは羽を広げた。
「あなた、トリィを知っているの?」
 トリィを知っている青年に、タリアは思わず問いかけた。
 トリィはある人物の持ち込んだもので、この世に2つとない代物。
 それを――。
「知っている?知っているなんて、そんな生半可なものではありません。それより、どうしてここにトリィが?」
 色の濃いサングラスをかけていても分かるぐらい必死の形相に、タリアは後ずさる。
 それを嫉妬に狂ったような眼差しでカガリが見ていたことに、シンだけが気がついた。
 なぜとそう考えるよりも先に、場違いな笑い声が聞こえてきた。
「そんなの、決まっているじゃない」
 青年の肩に留まっていたトリィが、空高く舞い上がる。
「この僕が、ザフトにいるからさ」
 今度は赤いザフトの軍服をまとった少年の肩へと留まったトリィは、嬉しそうに羽を震わせる。
 その動きは、生きている本物の鳥を思わせるほどだ。
「キ…ラ……」
「久しぶりだね。どうしてここにって、聞くのは愚問か。カガリの護衛、まだしているの?」
「そんなこと、お前には関係ないだろう、キラ」
 青年が答えるより先に、カガリが割り込む。
 それを不快そうに、キラは目を細めた。
「そうだね。ところでカガリ、そろそろその性格、少しは変えようかと思わない?」
「言ったはずだ。お前には関係ないと」
「君を心配して言ってあげているのに。酷いな」
「酷い?お前がそれを言うのか、キラ」
「僕だから言えるんじゃないか」
 憎悪の眼差しで自分を睨み付けるカガリを、キラは余裕でかわす。
 親しげに見えて、険悪な2人の関係に、何も知らない周囲は戸惑い、ざわめき始めた。
 キラが相手にしているのは、ただの少女に見えて、一国の代表だ。
 外交問題に発展しかねないのではないかという周囲の心配を余所に、2人の言い合いは続く。
 どこまでも続くかと思われた2人の言い合いを止めたのは、それまで誰もが右往左往している最中、唯一面白そうに眺めていたデュランダルだった。
「お話の最中、申し訳ありません、姫。姫はキラとはどのようなご関係で?」
 突然割って入ってきたデュランダルに、それまでキラしか見えなかったカガリは、ようやく自分の立場を思い出す。
 自分がなぜ、この場にいるのかということも。
 一方キラは、邪魔をしたデュランダルに非難の眼差しを向ける。
「キラは以前、オーブの住人でした」
 カガリはそれ以上、自分たちの関係をデュランダルに教えるつもりなどなかった。
 2人の関係は、互いの立場を考えれば秘密にしておいた方が得策だという判断だったが、キラにとってそれは、どうでも良いことだった。
「今さら隠す必要なんてないだろう、カガリ」
「キラ!」
 カガリと、護衛の男の声が重なる。
 カガリがデュランダルの自分たちの関係をあえて教えようとしなかったのは、自分とオーブの立場を守るためであり、決してキラのためではない。
 けれど皮肉にも、それはキラの立場を守ることにも繋がっていた。
 だからこそカガリは、キラが自ら自分たちの関係を打ち明けるとは想像にすらしていなかった。
「姉弟ですよ、僕らは。双子のね」






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