うたかた Y
「お兄様、なにか良いことでもありましたか?」
久しぶりにナナリーと共に朝食を食べていれば、何気なく尋ねられた。呆気に取られたルルーシュは、まさかナナリーに気づかれていたとは思わず、苦笑する。
「ナナリーには敵わないな」
「それは良かったです」
喜ぶナナリーに、ルルーシュは首を傾げる。
「どうしてだい?」
「だってお兄様、ここ最近ずっと元気がなかったでしょう? でも、先日から楽しそうにしていらっしゃるから」
目が見えなくても、ナナリーの洞察力の鋭さにルルーシュは舌を巻く。
目が見えなくなってから、見えなくなった目を補うように他の器官が発達しているのは知っていたが、まさかここまでとは。ナナリーに嘘をつくつもりはないが、これでは些細な嘘でもすぐに見破られそうだ。
スザクが自分のことだけ忘れてしまった一件はまだ気づいてないようだが、細心の注意が必要かもしれない。それでなくとも失敗の多いスザクだ。どこでボロが出るか分からない。
「なにがあったのかお尋ねしても?」
「今日の放課後、スザクが遊びに来るんだ。泊まっていくから、明日も一緒だ」
「本当ですか!?」
満面の笑みを浮かべるナナリーに、自然と笑みがこぼれる。
最近は一緒にいられなかったこともあり、今日と明日ぐらいはナナリーとスザクのために久しぶりに腕を振るうのも良い。まだ早朝だというのに、ルルーシュの頭の中にはすでに夕食の献立が浮かんでいた。
一瞬スザクを招待するのはやっぱり取りやめようとも思っていたが、ここまでナナリーが喜んでくれるなら考え直して良かった。代わりにスザクには色々と言い含めなければと、今日学園で会ったときに注意するべき点を即座に記憶のメモへと書き足す。
「本当だよ」
「でしたら、今日は早く帰ってきますね!」
「おいおい、まだ学校にも行っていないのに」
くすくすとおかしそうに笑えば、だってとナナリーは頬を膨らませる。
「お兄様もスザクさんも、近頃はお忙しそうでしたから。今日だって、久しぶりにお兄様と朝食を一緒にしたんですよ」
一緒に朝食を取れず寂しい思いをさせていることに胸が痛む。
それでなくとも、先日のマオの一件で怖い思いをさせたばかりだ。以前のように傍にいてやりたかったが、今は他にやらなければいけないことが山積みになっている。
じくりと痛む心から目を背けて、ルルーシュはすまないとナナリーへと謝る。
「これからはもう少し一緒にいられる時間を増やすから」
「本当ですか……?」
「嘘はつかないと約束したろう?」
忘れたかとテーブルの上にあるナナリーの手のひらへと、ルルーシュはそっと自分の手のひらを重ねる。
「お兄様……」
「さて、早く朝食を食べてしまおう。このままだと遅刻してしまうよ」
時計を見れば、いつもならすでに朝食を食べ終わっている時間だった。慌てて朝食を口にするナナリーに、ルルーシュも少しだけ急ぐ。慌ただしくも楽しそうに朝食を食べるナナリーを、ルルーシュは微笑ましく見つめた。
そうして放課後――。
楽しげにテラスで談笑しているスザクとナナリーを遠目から眺めながら、ルルーシュはティータイムの準備をしていた。焼き上がったばかりのクッキーの香ばしい匂いに、思っていたとおりの出来上がりにルルーシュは満足そうに微笑む。
先日までの忙しさが嘘のような穏やかな時間に、このまま時がとまってしまえばいいのにとふと思う。
どんなに願っても、こんな穏やかな日々は続かない。だからこそ今は動かなければいけないと分かっているのに、あまりにも穏やかな時間につい立ち止まりたくなる。
いけないと頭を振ったルルーシュは、とまっていた手を動かして十分に蒸らした紅茶を淹れる。ティーカップへと紅茶を注いだルルーシュは、焼き上がったばかりのクッキーと一緒にトレーへと載せて、楽しげな声が聞こえるスザクとナナリーの元へと向かう。
「楽しそうだな」
くすりと笑いながら声をかければ、話をとめたふたりが振り返る。
「お兄様」
「良い匂いだね。クッキー?」
「ああ。さっき焼き上がったばかりだ。――熱いぞ」
早速手を伸ばすスザクに注意する。
「っち」
「だから言っただろう」
案の定焼き上がったばかりのクッキーで火傷するスザクに、ルルーシュは呆れてしまう。人の忠告も聞かずに火傷したスザクに自業自得だとため息混じりに呟けば、楽しそうにナナリーは笑う。
「ナナリー?」
「だってスザクさん、子どもみたい」
くすくすとおかしそうに笑うナナリーに、スザクは恥ずかしそうに後頭をかく。全くだと頷いたルルーシュは、ふと感じた気配に庭へと視線を向ける。
「ルルーシュ?」
急に黙り込み、庭をじっと見つめるルルーシュに、気になったスザクもまた同じ方向へと視線を向ける。がさりと聞こえてきた音に、来客かとスザクは目を瞬かせる。
気配に敏感なルルーシュに驚いていれば、木陰からひょっこりと姿を現したセシルにスザクは目を瞠る。
「――セシルさん!?」
どうしてと椅子から立ち上がったスザクは、突然の訪問客であるセシルへと駆け寄った。
「ごめんなさい、スザク君」
「いえ。でもどうしたんですか?」
「私も詳しい事情は聞いていないんだけど、ロイドさんが急用ですって」
ごめんなさいと謝るセシルに、表情を曇らせたスザクは振り返る。
「ごめん、ふたりとも」
「スザク?」
「軍の上司なんだけど……」
ようやく事態を飲み込んだルルーシュは、ナナリーへと振り向く。今朝から楽しみにしていたナナリーもまた、それまでの会話を聞いて事態を呑み込んでいた。寂しげな顔をしながら、構いませんとナナリーは頷く。
「俺たちは良いから、スザク」
行けと。
軍の仕事なら仕方がないと諦めれば、本当にごめんと謝罪しながら、スザクはセシルと共に駆けだした。
残されたルルーシュは、寂しげにうつむくナナリーの髪をそっと梳く。
「ナナリー」
「お仕事ですもの。仕方がないですよね」
久しぶりの穏やかな時間だっただけに、寂しさとショックは大きい。せめて自分だけでもと思っていれば、緊急連絡用の携帯電話が鳴り響く。
こんな時にと舌打ちすれば、顔を上げたナナリーは穏やかに微笑む。
「お兄様、私は大丈夫ですから」
「ナナリー?」
「お兄様も急用ができたのでしょう?」
「ナナリー……っ」
「行ってください。私は大丈夫です」
懸命に寂しさに耐えているナナリーに、すぐには頷けなかった。
緊急時以外は連絡するなと何度も言い含めていただけに、電話に出ないわけにもいかない。ためらうルルーシュに、ナナリーは気丈に振る舞う。
「お兄様、行ってください」
凜とした声で告げるナナリーに、すまないとルルーシュは謝る。
「できるだけ早く帰ってくる」
ぬか喜びさせてしまったせめてもの詫びにと、できる限り早く帰ってくることを約束する。微笑みながら待ってますと返したナナリーに、後悔と罪悪感で胸が押し潰されそうになりながら、額へと口づけたルルーシュは、スザクの後を追うように駆けだした。
目の前に広がる光景に、ルルーシュは信じられないと目を見開く。
「……どうして、お前が……っ!?」
絶叫が、コクピットに響く。
けれどそれは、目の前にいるスザクには届かない。ガタガタと震え出す体をギュッと抱きしめながら、目の前に広がる光景をルルーシュは懸命に否定する。
きっとこれは、出来の悪い夢だ。
そうでなければ、どうして目の前にスザクがいる。
何度となく煮え湯を飲まされ続けた白兜にスザクが騎乗しているのか。
荒くなる呼吸を落ち着かせたルルーシュは、顔を背けた画面へともう一度向き直る。画面に映る映像はなにも変わらず、ルルーシュを絶望の淵へと叩き落とした。
「……スザクっ」
何度となく軍のシステムへとハッキングしても、白兜と呼んでいる目の前のナイトメアフレームのパイロットが誰なのか分からなかったはずだ。
ナンバーズが軍に属していることをひどく嫌っているコーネリアのこと。ナイトメアフレームのパイロットが名誉ブリタニア人であろうとも許すはずがない。
ナイトメアフレームに騎乗することは名誉なことだとされている。名誉ブリタニア人が騎乗しているとなれば、様々な機関からクレームが殺到するのは目に見えていた。
様々な要因が絡み合い、記録上から抹消していたとすれば、軍のシステムをハッキングしても騎乗者が分からなかった理由にも説明がつく。
「やめろ!!」
追いつめられたランスロットの姿に、耐えきれないとルルーシュは叫ぶ。ランスロットを追いつめていた藤堂たちは、ルルーシュの――ゼロの制止に動きを鈍らせた。
「戦うな! これ以上!」
戦闘が続けば、ランスロットに勝機はない。なにより望んでいたことのはずなのに、相手がスザクだと分かった今、これ以上見ていられなかった。
動きをとめた藤堂たちに不審がるスザクをモニター越しに見つめながら、届いたばかりの緊急信号にルルーシュは即座に撤退命令を下した。
黒の騎士団が所有するトレーラーの一室――ゼロに割り当てられた自室へと足を踏み入れたルルーシュは、後ろ手で鍵を閉めると、ふらつく手で仮面を脱いだ。片手に仮面を持ちながら、もう片手で顔を覆ったルルーシュは、大きな音を立てながら壁へと寄りかかる。
今まで体験したことのないほどにひどい疲労に、けれど眠気は全くなかった。壁に寄りかかりながらぼんやりと宙を見つめていれば、どこに隠れていたのか、音もなくC.C.は姿を現す。
「だから言ったはずだ。あの坊やは――」
「黙れ!」
聞きたくないと、ルルーシュはC.C.の言葉を遮る。
今はなにも聞きたくなかった。言い争う気力すら湧かず、なにを言われても反論できないルルーシュは、その言葉を封じた。
「……黙れ、C.C.」
うつむきながら力なくもう一度呟けば、C.C.はなにも言わずに黙り込む。
そっと両手を差し出そうとするC.C.に縋りたい衝動に駆られながらも、なんとか振り切ったルルーシュは差し出された両手をパシリと払いのけた。
今はなんであろうと縋りたくなかった。縋ってしまえば、認めてしまうことになる。どんなに否定しても、事実が変わるはずもないのに。
「ルルーシュ、今ならまだ間に合うぞ」
なんの話だと力なく顔を上げたルルーシュは、虚ろな眼差しでC.C.を見つめる。
「今ならまだ、あの男にギアスを使える」
「――!?」
「あの男がほしいのだろう?」
悪魔の誘惑のように、甘くささやくC.C.にギュッと目を閉じる。
以前は即座に拒否したルルーシュだったが、甘い誘惑に心に迷いが生まれる。スザクにだけはギアスは使わないと心に決めていたのに、誘惑に抗えない。
「ルルーシュ」
ギアスをかけてしまえと、首に両腕を絡めながらC.C.は耳元でささやく。
自分の意思とは関係なく勝手にギアスが発動した左目が赤く輝いた瞬間、理性を取り戻したルルーシュはC.C.の体を押しのけた。
「C.C.!」
「なんだ、まだ堪えるのか」
「貴様っ!」
弱っている隙を突いてスザクにギアスをかけさせようとしたC.C.に、ルルーシュは怒りをあらわにする。
何度もスザクにだけはギアスは使わないと断言したはずなのに、どうしてこれほどまでにギアスを使わせようとするのか。
スザクにだけはギアスは使わない。他の誰に使おうが、スザクにギアスを使ってしまうようなことがあれば、自分が自分でなくなってしまうような、そんな気がした。
「私は何度だって言うよ。お前があの坊やを諦めない限り、ギアスをかけろと。お前があの坊やに泣かされるのを、これ以上黙って見過ごすことはできない」
「……っ」
背を向けたC.C.に、天を仰ぎながらルルーシュは目を閉じる。
C.C.の言葉がなくとも、これからなんらかの手を打たなければまずい。騎士候にしか騎乗を許されていないナイトメアフレームにスザクが騎乗していることが分かった以上、事態はより一層深刻になる。
テレビ放送で流れた以上、ブリタニアもまた少なからず動くはずだ。テロ活動を抑えこむのに絶好のチャンスをブリタニアが逃すはずがない。
今はスザクに名誉ブリタニア人の象徴になれるのはまずい。名誉ブリタニア人でもナイトメアフレームのパイロットになれるのだという希望を持たれれば、黒の騎士団の存在価値もまた低まる。
早急に手を打ってしまわなければ――。
それより今は、早く自宅に帰りたかった。
物音を立てないように、ルルーシュはそっとナナリーの部屋の扉を開く。ベッドで静かな寝息を立てて眠っているナナリーの姿に、じくりと心が痛む。
できるだけ早く帰ってくると言ったのに、結局はいつもと変わらないこんな遅い時間になってしまった。せめてナナリーの顔だけは見ようと足音を立てないようそっと近づけば、ぴくりと閉じているはずの目蓋がわずかに動く。
「……お兄様?」
「すまない。起こしてしまったね」
起こさないよう物音を立てないように気をつけていたが、結局はナナリーを起こしてしまった。せめて寝顔だけでも見ようとは思わずに、真っ直ぐ自室に戻れば良かったとルルーシュは悔いる。
「いえ。それよりも、お帰りなさい、お兄様」
「ただいま、ナナリー。約束していたのに、遅くなってすまない」
あんなにも喜んでいたのに、今日もまたろくに傍にいることもできなかった。せめて今日ぐらいは早く帰りたかったが、それも叶わなかった。
「それは構いません。――お兄様」
「なんだい、ナナリー?」
「泣いて、おられるのですか……?」
怖ず怖ずと尋ねるナナリーに、ルルーシュは微笑む。そっとナナリーの手をつかんだルルーシュは、その手を頬へと触れさせる。
「泣いてなんかいないよ」
「ですが……」
濡れた痕ひとつない頬に触れながらも、気遣わしげな顔をするナナリーに、ルルーシュは目を細める。
聡いナナリーのことだ。きっと肌でなにかを感じ取ったのだろう。
不安にさせたくなくて、なにも言わずにいたが、逆にそれがナナリーを不安にさせていることに我ながら不甲斐ない。
「どうして俺が泣いていると思ったんだい、ナナリー?」
「お兄様がとても寂しそうに見えて……」
「そんなわけないだろう。ナナリーが一緒にいるのに」
くすくすと笑いながら、ルルーシュは否定する。
ナナリーさえいればそれで幸せだったはずなのに、貪欲にもそれだけでは物足りなくなっていた。ナナリーのことを思うなら諦めなければいけないのに、諦めきれない。
一度手に入れてしまったからこそ、手放せない。
「お兄様」
握っていた手を、ナナリーはギュッと力強く握りしめ返した。
「愛しています、お兄様。なにがあろうと」
「俺も愛しているよ、ナナリー」
なにを捨てることになろうと。
誰よりも愛していると。
世界中を敵に回すことになろうと、愛しい妹だけは守り通す。それがかつて愛していた祖国に牙剥く行為だろうと。
そう、決めたではないが。全てを始めた、そのときに。
異母兄であるクロヴィスをこの手にかけたときからもう、後戻りはできなくなった。
「さあ、もうおやすみ、ナナリー」
肩まで布団をかけたルルーシュは、ナナリーの額へと口づける。
「お兄様、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。また、明日の朝」
パタンとナナリーの部屋の扉を閉めて、ルルーシュは自室へと向かう。
今日は黒の騎士団の本部にC.C.を置いてきたため、自室はひっそりとしていた。こんなにもこの部屋は広かっただろうかと、C.C.がいることに慣れてしまったことにルルーシュは腹を立てる。
着替えようと上着を脱ごうとしたルルーシュは、着信を告げる携帯電話にその手をとめた。少し悩んでから携帯電話へと手を伸ばしたルルーシュは、画面に表示された名前に目を閉じた。
「……スザクっ」
今すぐにでも電話に出て、スザクに真偽と問いただしたかった。技術部に異動になったという話は嘘だったのかと。
記憶を失ってしまったスザクに、記憶を失う前のことを問いただしてどうするのだと自問自答しながら、ルルーシュはベッドの上へと手にした携帯電話を落とした。
今電話に出れば、冷静ではいられなくなる。きっとなにもかも問いただしてしまう。
ナリタ連山での出来事も、それよりも前のことも。なにを口走るか分からない心理状態で電話に出ることはできなかった。
下手に口走ってスザクにゼロのことを知られでもしたら、それこそナナリーの身が危なくなる。スザクが敵か味方か判断できないうちは、危ない橋は渡れなかった。
今すぐにでも電話に出てしまいそうな衝動に駆られる自分を懸命に抑え付けながら、着信のメロディが途切れるのをルルーシュはひたすら待ち続けた。
携帯電話から聞こえるコール音は、途切れることを知らずに鳴り続ける。やはりもう起きていないかと、鳴り続けるコール音に気落ちしたスザクは、後ろ髪を引かれながら電話を切った。
時刻はすでに日付も変わろうかとしている時間帯。人によってはすでに眠っていると分かっていても、電話をかけずにはいられなかった。
「……ルルーシュ」
明日までは傍にいると約束したのに。
上司から呼び出しを受けたからとはいえ、やはりきちんと謝っておかなければと電話をかけたが、やはりこんな時間ではもう起きていないかと、スザクはため息をつく。
本当はもっと早くに電話をかけるつもりだったのに、気づけばもうこんな時間になっていた。仕方がないとはいえ、タイミングが悪すぎた。
今回もゼロにしてやられたことに腹を立てながらも、今回ばかりは助かったという思いもまたあった。
師であり、恩人でもある藤堂をこの手にかける。
ブリタニアへと忠誠を誓ったとき、覚悟を決めたはずなのに、その覚悟は足りなかったらしい。
ブリタニアを中から変える。そのために頑張っているのに、なにをためらうのだろう。
売国奴と罵られようと、恨まれようと、それでこの国を根本から変えられるなら。
――ルルーシュの笑顔を守れるなら。
明日朝一でもう一度電話をしようと携帯電話を放り投げたスザクは、ベッドへと倒れ込むように横になる。
今日は色んな意味で疲れた。このまま朝まで爆睡できそうなぐらいに疲労している心と体に、今すぐにでもルルーシュに会いたかった。会って、そして抱きしめたい。
抱きしめただけで折れてしまいそうなほど華奢なルルーシュに、抱いている最中は何度も壊してしまうのではないかと不安になった。
長時間雨に打たれ続けていたせいもあるだろうが、案の定次の朝には熱を出していたルルーシュに、今度はもっとやさしく扱わなければと、その温もりを思い出す。
艶やかな嬌声が赤く色づいた唇からこぼれる光景を思い出して、スザクは追い払うように慌てて頭を振る。
「いけないっ」
今いる部屋は、寮の自室ではない。帰宅が遅くなった特派のために急遽軍側が用意してくれた客室だった。そんな場所で先日のルルーシュの痴態を思い出して、ひとり抜くわけにはいかない。
多少性急過ぎたが、その体をすでに味わったとはいえ、あの日のことを思い出して抜く行為は、ルルーシュを汚してしまうような気がした。ここで抜いたとしてもルルーシュが気づくはずも、ましては汚れるはずもないのに。
変なことを考えずにさっさと寝ようと、普段よりも上質なベッドに居心地の悪さを覚えながらもスザクは目を閉じた。疲労ですぐにうとうととし始めたスザクは、鳴り響いた携帯電話にパッと目を開ける。
放り投げた携帯電話を手に取ったスザクは、電話の相手を確認せずにそのまま出た。
『はいはーい、枢木准尉、起きてる?』
「起きてなければ電話に出られませんよ、ロイドさん」
深夜にも拘わらず陽気なロイドに、こぼれそうになるため息をスザクはぐっと堪える。
ようやく休めると思ったのに叩き起こしてくれたロイドに少しばかり腹を立てながらも、ここ最近ランスロットを壊しているばかりの身としては文句も言えない。。
『それもそうだねえ』
あははっと電話口で笑うロイドに、がくりとスザクは肩を落とす。
「それで、こんな夜中になにかありましたか?」
声の様子から緊急事態ではなさそうだったが、相手はロイドだ。緊急事態であろうと滅多に態度を変えないロイドに、スザクは電話の用件を切り出す。
『うん、実はね――』
どことなく楽しげに用件を切り出したロイドに、スザクは目を瞠った。