うたかた  W



 ミレイとカレン、ニーナたちに慰められながら墓地を後にしたシャーリーの背を見送ったルルーシュは、すぐ傍にあった木に寄りかかりながら静かに目を閉じた。
 なにを犠牲にしても、立ち止まらないと決意した。どれほどの犠牲を払おうとも、今はただひたすら進むしかない。
 数え切れないほどの名も知れない多くの人々の命を無駄にしないためにも、立ち止まることは許されない。立ち止まってしまえば、犠牲にしてきた多くの命はなんのために散っていったのか。
 意味ある死を彼らに捧げるためにも、今は立ち止まれない。
 けれどこうしてシャーリーの涙を見ると、心が揺れそうになる。本当にこれで良かったのかと。
「――ルルーシュ」
 足音も立てずにそっと近寄ってきたスザクに、ルルーシュは顔を上げる。
「スザク。まだ平気なのか?」
 先日のナリタ連山の一件以来、軍もまた忙しそうに動き回っているのか、技術部に所属しているスザクもまた忙しそうにしていた。どうして技術部までという疑問はあったが、今回の一件もあって技術部に手を借りなければならないほどに人手が足りていないのかもしれない。
 シャーリーのために忙しい中抜け出してきたと言っていたスザクに、もう帰ってしまったものだと思っていたルルーシュは驚く。
「うん。これから戻るって連絡したら、今日ぐらいはゆっくりしても良いって上司が」
 友人の父親とはいえ、葬式に参加するスザクに気を遣ったのだろう。良い上司に巡り会ったスザクに安心する。
「シャーリー、大丈夫かな?」
「シャーリーは強い。いつかきっと立ち直るさ」
「……そうだね」
 うんと頷いたスザクを、ルルーシュはこっそりと見る。
 あの一夜から数日――。
 あの日の翌朝、ホテルで別れてから今日まで、ルルーシュはスザクとは一度も会っていなかった。数日振りのスザクに、胸が高鳴る。
 あの時酷使された体は、翌日起きたときに熱を出した。あまり体力がない上に、長時間雨に打たれ続けた後に半ば無理矢理酷使されれば、体調を崩すのは当然のことだった。
 ひとりでは自宅に帰れそうにもないルルーシュにスザクは送ると言ってくれたが、軍からの呼び出しを受けたことで、咲世子に迎えに来てもらった。。
 朝になっても帰宅しない自分に心配しているだろうナナリーに、慌ててスザクへと連絡を取らせると、そのまま無理矢理咲世子に迎えに来てもらうようルルーシュは頼んだ。心配するスザクを半ば無理矢理部屋から叩き出し、迎えに来てくれた咲世子と共に自宅に帰ったルルーシュは、その後倒れ込むように丸一日寝込んだ。あれから数日が経つ。
「えっと、ルルーシュ」
「スザク?」
「体、平気?」
 きょとんっと瞬きを繰り返したルルーシュは、一瞬なにを言われたのか理解できなかった。意味が分かった瞬間、顔を赤くしたルルーシュはスザクを睨み付ける。
「あれから何日経っていると思っているんだ!?」
 馬鹿スザクと罵れば、罵られたスザクは苦笑する。
「元気そうで良かったよ。ちょっと無茶をさせたかなと思ってたから」
 自覚はあったらしいスザクを、ルルーシュは冷ややかに睨み付ける。最後には承諾したとはいえ、半ば無理矢理だった。
 熱こそは丸一日経った翌日には下がったとはいえ、異物が挟まっていた感覚は翌日になっても中々抜けなかった。スザクと繋がっていた証だと思うと嬉しいやら恥ずかしいやら、ある意味散々な一日だっただけに怒りも大きい。
 こんなにも強引な男だったかと思い悩んだが、一度決めたことは絶対に曲げないところがあるスザクに、そういう一面があってもおかしくはなかった。
「そう思うなら、今度はあんな真似はするな!」
「大丈夫。今度はもう少し、余裕があると思うから」
 あれで余裕がなかったと言うスザクに、ルルーシュは青ざめる。散々焦らされた覚えがあるが、あれで余裕がないなら次はどうなるのか。
「ルルーシュ」
「なんだ?」
「――好きだよ」
 突然の告白に、ルルーシュは息を呑む。
 まさかこんな風に突然告白されるとは思わず、今にも聞こえそうなほどにドキドキする心臓に胸が苦しい。
「馬鹿っ」
 小さな声で罵れば、微笑むスザクにルルーシュは顔を背ける。
「……軍の仕事、忙しいのか?」
「うん。もう少ししたら、多分落ち着くと思う」
「そうか……」
 できればゆっくり一緒にいたかったが、軍の仕事で忙しいなら無理は言えない。ゼロとして忙しくなったこともあり、しばらくはゆっくり一緒にいられる時間もないかもしれない。
 せっかく両思いになったのに、すれ違うばかりだ。
「そういえば今回の件を連絡したとき、あまり驚いてなかったな」
 シャーリーの父親が亡くなり、その葬式に参加できるかどうか尋ねる電話をかけたとき、電話の向こう側のスザクは驚いてはいなかった。あのときは余裕もなくて気づかなかったが、冷静な今ならその不自然さにルルーシュは違和感を抱く。
「シャーリーに似た子を現場で見たんだ」
「現場?」
「被害者の発掘作業に僕も携わっているんだ」
「!?」
 土砂崩れを引き起こした張本人だからこそ、あの現場の悲惨さをルルーシュは知っている。
 まさかあの現場にスザクも赴いているとは。忙しいとは聞いていたが、駆り出されているなら当然だ。しかし技術部まで駆り出しているとは、エリア11に駐留しているブリタニア軍は人手不足なのだろうか。
「シャーリーに似ている子だとは思ったんだけど、まさかシャーリー本人だとは思わなかったよ」
 淡々と言うスザクに、だからこそ怒りの大きさが分かる。
 今回は名前も知らない赤の他人ではないのだ。シャーリーの父親。そう名前が付いただけで、人の怒りは倍増する。そしてまた、悲しみも。
「それで、忙しいのか?」
 いまだ被害者全員の亡骸は発見されていないと連日のニュース報道が伝えていた。残る人たちを発見するのにまだ数日はかかるとニュースで流れていた。
「うん。来週には捜索も縮小されるって話だから、多分それまでは」
 被害の多くは軍人だったとはいえ、コーネリアとしてはいつまでも捜索を続けてはいられない。それでなくともエリア11のテロ活動は活発になり始め、黒の騎士団などその筆頭だ。
 行方不明者の捜索をしないわけにはいかないが、いつまでも捜索に時間をかけるわけにもいかない。瓦解した部隊の編成を早く行いたいのが今のコーネリアの心情だろう。妥協として、捜索の縮小なのだろう。
「多分そのあと、数日だけど休暇をもらえることになってるから、その……」
「スザク?」
「……一緒に過ごさない?」
 駄目と、まるでお預けを食らった犬のように、じっと見つめてくるスザクに、うっとルルーシュは言葉に詰まる。
 来週から実行しようと考えている計画がいくつか控えている。こんなことでコーネリアを倒せるとは思っていないが、弱り切っているところを叩くのは常套手段だ。
 計画を遂行すれば、自然と忙しくなる。帰宅も深夜や明け方になるだろう。
 忙しいと一蹴することもできたが、スザクと一緒にいられる絶好のタイミングを逃せるはずもない。散々悩んだルルーシュは、必死に今後の計画を組み立て直す。
「一日ぐらいならなんとか。ただ、それ以上は多分無理だ……」
 悪いと謝れば、いいんだと頭を振りながらも、スザクは眉を曇らせた。
「スザク?」
「……なにをしているのか、聞いても?」
 なにも知らない人から見れば、忙しそうに動き回っている自分は気にかかるのだろう。リヴァルにも散々なにをしているのかと聞かれたが、スザクからはしつこく聞かれなかったこともあり、油断していた。
 恋人になったなら、恋人が自分の知らないところでなにをしているのか知りたくなるのは自然なことだ。現にルルーシュも、スザクが普段、軍でなにをしているのか知りたいと思っていた。
「……ごめん、スザク。今はなにも話せない」
 ぎゅっと拳を握りしめながら、ルルーシュはうつむく。
 でもと、顔を上げた。
「いずれ必ず話すから。だから、それまで待っていてほしい」
 縋るように見つめれば、困ったように微笑みながらもスザクは頷いた。
「分かった。待つよ、ルルーシュ。でも、できれば早めにお願い」
「ど、努力する」
 努力だけではどうにもならないが、一日でも早くスザクに本当のことを打ち明けられる日が来るよう祈らずにはいられない。
 今だってスザクに自分がゼロだと打ち明けられないことが心苦しかった。
「スザク?」
 そっと近づいてくるスザクの顔に、あっと声を上げる暇もなく唇が重なる。すぐに離れたとはいえ、こんな場所でと。慌てて両手で口元を覆ったルルーシュは、スザクを睨み付ける。
「約束だよ、ルルーシュ」
 約束の誓いがどうしてキスなのかと問い詰めたかったが、ここが墓地でなければ悪い気はしなかったルルーシュは、渋々と頷いた。

  

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