うたかた  プロローグ



 鳴り響く警報音に、今にも途切れそうな朦朧とする意識をスザクはなんとか繋ぎ止める。
(ここ、は……)
 どこだっただろうか――。
 自分の身になにが起こっているのか分からずに、普段よりも重い目蓋をなんとかこじ開けて周囲を確認したスザクは、ようやく自分がランスロットのコクピットにいることを思い出した。同時に、現状を把握する。
 とあるテログループの殲滅。それが今回の作戦目的だった。
 コーネリアの指揮の下、何事もなく成功を収めるはずの作戦だった。どこからか情報が漏れたのか、順調だった作戦は黒の騎士団の妨害を受け、混乱を極めた。後方支援として待機していた特派にも増援命令が下るほどに。
 黒の騎士団を殲滅するためにランスロットで戦場へと出れば、待ち構えていたかのように黒の騎士団の赤いナイトメアフレームがすぐさまスザクの前へと現れた。周囲を見渡せばランスロットを囲い込む他のナイトメアフレームに、これがゼロが仕掛けた罠だったのだとスザクが気づいたときには、時すでに遅かった。
 罠を突破するには目の前の赤いナイトメアフレームを撃ち倒す以外にはない。これまで互角に渡り合い、何度となく苦汁を舐めさせられてきた相手なだけに、状況はあまりにもスザクに不利だった。
 赤いナイトメアフレームの先制攻撃をかわしたスザクは、ランスロットで激しい攻防を繰り広げる。防戦一方になりつつある戦況をなんとか切り抜けようと相手の隙を突こうとしたとき、まるで待っていたかのようなタイミングでそれは仕掛けられた。
 あっという間の出来事だった。機能が停止してしまうほどの損傷はコクピットまで及び、ランスロットの動きは完全にとまった。
 一瞬飛びかけた意識はうるさく鳴り響く警報音によってなんとか繋ぎ止められたが、強く頭を打ち付けたせいか、中々考えがまとまらない。身動いだだけで全身に走る激痛をこらえながら、スザクはかろうじて動いている画面へと視線を走らせる。
 損傷し、ノイズが走っているとはいえ、画面に映る赤いナイトメアフレームは大きな損傷は見られない。最早動けないランスロットに鋭利な爪状の右手を向ける相手に、スザクは終わりを覚悟した。
 コクピットまで損傷したことにより、脱出機能は使えない。大きな損傷を受けたランスロットは完全に機能を停止させ、負傷した体は身動ぐのが精一杯だった。どうやっても、この場から脱出できない。
 このまま、死ぬのだろうか。安堵にも似た諦めの心境をスザクは抱く。
 ずっと生きているのが辛かった。
 犯してしまった罪を悔やみながらも、自ら命を絶つことはできなかった。
 後悔の念に囚われながら、今までずっと生きてきた。
 でも、これでようやく終われる。
 振り下ろされる輻射波動に、スザクは覚悟を決める。
 ごめんなさいと。
 悲しむであろうセシルやユーフェミアに。
 破壊尽くされたランスロットに嘆くであろうロイドに。
 謝りながら、スザクはそっと目蓋を伏せた。


 ――スザク。


 遠く聞こえてきた声に、スザクは目を瞠る。
 この世界に、もう未練はない。
 そう思っていたのに。
 なのに、どうして――。
(ルルーシュ……っ)
 彼の第一印象は、最悪に尽きた。
 留学とは名ばかりの、ブリタニアから送られてきた人質。それがルルーシュとナナリーの立場だった。
 当時の日本ではブリタニアに対する風当たりは強く、ブリタニア人というだけで差別の対象だった。
 仲良くなれるはずがない。そう思っていた相手だったのに、気がつけばお互いに親友と認め合う仲になっていた。
 ルルーシュとナナリーの三人、このままずっと一緒にいられると。子ども心にそう思っていた。あの日――七年前、ブリタニアが日本へと侵攻してくるまでは。
 日本全土が戦場となり、スザクたちが暮らしていた場所もまた戦火へと呑まれた。大人たちの手によって引き裂かれるまで、スザクはルルーシュとナナリーの三人で懸命に戦火から逃れ続けた。
 半ば無理矢理に目の前でルルーシュとナナリーを連れ去られたスザクは、ひとり取り残された。あのとき、ふたりとはもう二度と会えないと、そう思っていた。
 運命の悪戯か、それとも単なる偶然か。数ヶ月前に思わぬ場所でスザクはルルーシュと再会を果たした。
 昔と変わらないルルーシュに、最初は七年前と変わらずに親友として傍らにいた。いつからか、スザクはルルーシュに恋心を抱き始めた。
 始めた純粋な恋心だった。誰にも――ナナリーにさえも渡したくないと醜い感情をいつしか抱き始め、その想いは日増しに増していった。
 ルルーシュの傍にいられれば、それで幸せだったはずなのに。今ではルルーシュが誰かに笑いかける姿を見かけるたびに沸き上がるどす黒い感情を、スザクは懸命に抑え込んでいた。
 このままだと、いつか絶対にルルーシュを傷つけてしまう。ルルーシュを傷つけてしまう前に傍から離れることが一番良いと分かっていた。ただルルーシュの傍にいられる居心地の良さに、中々離れる決心が付かなかった。
 でも、これで――。
(ルルーシュのためにも、このまま……)
 幼かった頃は自分がルルーシュとナナリーを守るのだと思っていた。現実は嫉妬に狂ってナナリーを、ルルーシュを傷つけようとしている。
 ルルーシュに告白しようと思ったこともあったが、この想いを受け入れてくれる可能性は低い。断れたことを考えたときにスザクは怖じ気づいた。
 守りたかっただけなのに。
 傷つけたいわけじゃないのに。
 ただ、笑っていてほしかった。
(ルルーシュ……っ)
 最後に見た、ルルーシュの姿を思い出す。
 話したいことがあるのだと。真剣な眼差しで話しかけてきたルルーシュ。
 誰にも聞かれたくないからと、ふたりっきりになれる屋上へと移動している最中に緊急の呼び出しを受け、結局話を聞くことはできなかった。
 また今度と。ルルーシュからの返事を待つことなく駆けだしてしまったことを、今になってスザクは悔やむ。緊急の呼び出しだったとはいえ、ルルーシュの返事を待つぐらいの時間はあったのに。
(ごめん、ルルーシュ)
 また今度と。
 そう言ったのに、約束を守れなくて。
 でも、これで君を傷つけなくて済む。
 迫り来る輻射波動を見つめながら、もう一度ごめんと。ルルーシュに謝りながら、スザクは薄れゆく意識を手放した。











 最後にもう一度だけ、ルルーシュに会いたかったと強く願いながら。








  

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