烙印の絆  Y-U



 扉に面する壁に寄りかかりながら、膝を抱えて座り込んでいれば、扉が開く音が聞こえた。
 思ったよりも早く出てきたアレルヤに、まだロックオンは意識を取り戻さないのかと心配になる。
 軽い脳震盪を起こしただけで、数日安静にしていれば心配いらないと言うモレノの診断を疑っているわけではないが、打ち付けたのは頭だ。
 人である限り完璧なものはなく、頭ならなおさらに誤診を起こしても不思議ではない。
「アレルヤ、ロックオンは――」
 まだ意識を取り戻さないのかと。
 ゆっくりと顔を上げながら訊ねようとした刹那は目を瞠る。
「……ロックオン?」
 モレノによって数日の絶対安静を言いつかっているロックオンの姿に、刹那は慌てて腰を上げる。
 なぜ絶対安静のはずのロックオンがベッドから起き上がっているのか。
 そもそも様子を見に行ったはずのアレルヤはどうしたのか。
「アレルヤから、ドクター・モレノが絶対安静だと言っていたのを聞いてなかったのか? 早く――」
 ベッドに戻れと告げようとしたところを、ロックオンによって遮られた。




「ソラン」




 はっきりと。
 そう告げたロックオンに、刹那は後ずさる。
 いつ記憶が戻っても不思議ではなかった。
 いつ記憶を取り戻したとしても、覚悟はしていたはずなのに。
 けれど、こんなにも早くに取り戻すなんて。
 気がつけば、刹那は走って逃げ出していた。
「ソラン!」
 その名前を呼ばないでほしい。
 その名前を呼ばれるたびに、思い出してしまうから。
 己の罪を。
 幸せだった日々を。
 そして、最後に見たロックオンの表情を。
 足がもつれそうになりながらも、無我夢中で刹那は走り続ける。
 どこをどうやって走ってきたのか、すでに分からない。
 ただ少しでもロックオンから離れたいと。
 途中転びそうになりながらも、それでも懸命に走り続けていれば、突然横から伸びてきた手に腕をつかまれた。
 あっと思う暇もなく、横に引っ張られた刹那は襲い来る衝撃に目を閉じる。
 けれど一向に訪れない痛みに、流石におかしいと、そろそろと目を開けた刹那は、暖かい何かが躰を包んでいることにようやく気がついた。
「頼むから、逃げないでくれっ」
 息を切らした声が、頭上から聞こえる。
 抱きしめるように拘束するロックオンの腕に、咄嗟に逃げだそうとした刹那は、けれど実行に移すことはできなかった。
「ロックオン……?」
 抱きしめるように拘束している腕が、なぜか怯えたように震えている。
 どうして震えているのだろうかと。
 不思議な面持ちで顔を上げた刹那は、今にも泣き出しそうな顔をしたロックオンの頬へと、気がつけば手を伸ばしていた。
 言葉もなく、ただ見つめ合う。
 どれぐらいそうしていたのか、時間の感覚も分からなくなりかけていた頃、先にロックオンが静寂を破った。
「すまなかった、ソラン」
 どうしてロックオンが謝るのだろうか。
 謝られることをされた覚えはなく、もしあったのだとしてもそれは、謝る必要のないことだ。
 謝られる理由が全く分からなくて首を傾げれば、くしゃりとロックオンは顔を歪めた。
「俺は、お前を散々傷つけて、苦しめたっ」
 そんなことかと、刹那は微笑む。
 悪いのは、決して消えることのない罪を忘れていた自分なのに。
 ロックオンが罪悪感を抱く必要など何ひとつない。
「ソラン……?」
「良いんだ。あんたには、その資格がある。だから、謝る必要なんてない」
 殺されたって、文句は言えない身だ。
 だから、謝る必要なんてこれっぽっちもないのだと。
 そう否定すれば、息苦しいほどに強く抱きしめられた。
「どうして、どうしてお前は……っ」
 首筋に顔を埋めながら、吐き出すようにロックオンは告げる。
「ロックオン……?」
「両親を、妹を殺した自爆犯は今でも憎い。もちろんKPSAもだ」
 でもなと、ロックオンはいったん言葉を切った。
「それ以上にお前を愛しているんだ、ソラン」
 力強いロックオンの告白に、嘘だと刹那はすぐさま否定する。
 これはきっと、願望が見せている夢だ。
 そうでなければおかしい。
 だってロックオンは自分を殺そうとしたのに。
 今もなお、愛しているなんてあり得ない。
「お前がKPSAの一員だって知ったときのあのときの俺は、どうかしていた。だからと言って、お前にしたことは赦されるべきことじゃない。赦してくれなんて言えない。だけど、頼むから、俺の想いだけは否定しないでくれっ」
 この想いは本物なのだと。
 必死なロックオンに、心が揺れる。
 信じても、良いのだろうか。
 これが罠ではないとは言い切れない。
 幸せであればあるほど、絶望は深い。
 そんな卑怯な真似をロックオンがするとは思えないが、それほどまでに憎まれている覚えはある。
 もし本当にこれが罠だとしたら、今度こそ耐えきれずに壊れてしまう。
 けれど、こんな罠を張らずとも、再び憎まれれば、きっと耐えきれずに壊れていたはずだ。
 どちらにしろ変わらない結末に、刹那は瞬く。
 迎える結末が変わらないのなら、一時の夢であろうと幸福になれるのなら。
 きっと絶望の傷は深くなるかもしれないけれど、壊れるなら徹底的に壊れてしまいたかった。
 絶望は幸せであればあるほどに深く、壊れやすい。
 真実がどちらであれ、もう一度だけ信じてみようと。
 刹那は怖ず怖ずと、ロックオンの背へと両手を回した。
「……ソラン?」
「あんたの家族を殺した自爆犯は、俺が兄とも慕っていた人物だ」
「……っ」
「あのとき俺は、彼を止められたのに。何をしようとしているのか知っていたのに、彼を止めなかった。それでもロックオン、あんたは俺を愛していると言ってくれるか?」
 恐怖で震えそうな躰を何とか誤魔化して告白すれば、顔を上げたロックオンに馬鹿だなと笑われた。
「言っただろう。それ以上にお前を愛してるって。それに、もしもお前がそのとき止めてくれたとしても、きっと未来は変わっていなかった」
 だからもう、このことでは苦しむなと。
 そっと頬に手を添えながら、額に唇を落としたロックオンに、ギュッと刹那は胸へと頬を埋める。
「ソラン?」
「…………俺も、愛してる、ニール」
 迷って、迷って。
 迷う必要などないのだと、意を決して告白すれば、ぐいっと顎を持ち上げられた。
 あまりの突然のことで戸惑っていれば、近づいてくる顔にようやく理由を悟る。
 嬉しさと共にこみ上げてくる羞恥心に耐えながら、刹那はそっと目蓋を伏せた。
 ただ触れるだけの口づけ。
 あの出来事が起こるまでは、頻繁に行われていた行為。
 離れていこうとする唇に、もっとと強請ろうとした刹那は、こほんっと聞こえてきた咳払いに固まった。
「――取り込み中すみません。けど、そろそろ戻らないとドクター・モレノとスメラギさんに怒られますよ、ロックオン、刹那」
 そろそろと振り返れば、真っ赤に染めた顔を背けたアレルヤがすぐ傍に立っていた。
「言っておきますけど、ばれたら僕もふたりから怒られると言うことをお忘れなく」
 暗に邪魔立てしたことを責め立てるなと告げるアレルヤに、ロックオンが舌打ちする。
「それでも、あと少しぐらい良かっただろう!」
「訓練が終わった後、長期休暇をもらえるんですから、どうぞその時にお願いします」
「それでもなっ」
「独り身の僕の前でいちゃつくのが悪いんですよ。ほら、早く戻らないと、本当に怒られますよ」
 ぶつぶつと口の中で文句を言いながらも、拘束する腕をロックオンは解いた。
 それにほんの少し寂しさを覚えたけれど、そろそろ本当に戻らないと、部屋を抜け出したことを知られるのは確実だ。
 ロックオンがモレノとスメラギのふたりから怒られるのはできれば避けたいと寂しさを耐えていれば、くしゃりとアレルヤに頭を撫でられた。
「アレルヤ?」
 何も言わず、ただ微笑むだけのアレルヤに、瞬きながら刹那は首を傾げた。


 その後、案の定というべきか、安静にしていなかったことがばれたロックオンはもちろん、同罪だと刹那とアレルヤもまたモレノとスメラギによって怒鳴られたのは翌日のこと。










「ロックオン?」
 絶対に安静にしていて下さいねという言葉を残してアレルヤが立ち去るなり、なぜかロックオンにベッドへと押し倒された。
「違うだろう、ソラン」
 何て呼ぶんだっけっと、耳元で低い声がささやきかける。
 ふたりっきりの時はロックオンではなく、ニールと。
 以前、そう呼ぶように言われたことをようやく思い出す。
「……ニール」
 良くできたと言わんばかりに、唇を重ねてくるロックオンに刹那は慌てる。
「ニール、アレルヤも言っていたが、せめて今日一日は安静にしないと!」
 こうやって触れ合えるのは嬉しいが、モレノにも絶対安静を言われているのだ。
 それでなくともさっきまで絶対安静とは言い難かったのに。
「ソラン、おまえいくつになった……?」
「14だ」
 いきなり何だと怪訝に思いながら答えれば、上着の裾をめくられた。
「ニール!?」
「14になったらお前を抱くって言っただろう?」
「それはっ!」
 14歳の誕生日を迎えたらと、確かに一年以上前に約束したが、それは散々抱いてほしいと強請った結果にロックオンが出した妥協案だ。
 まだ成長途中の躰を心配してのことだと分かっていたから、あのときは無理を言えなかったし、仕方なく納得もした。
 とはいえ、あのとき約束した時から状況は一変しているし、何より今のロックオンには絶対安静が必要だ。
 できることなら今すぐ抱いてほしいと思うが――。
「絶対安静なんだ! 別に今日じゃなくてもっ」
「今が良い。馬鹿なことを言ってる自覚はある。でもな、今すぐお前を俺の物にしたいんだ」
 駄目かと、窺うように訊ねてくるロックオンに、少し思案してから、刹那は背中へと両手を回した。










「あぁっ……」
 初めて雄を受け入れて苦しそうに喘ぐ刹那に、ロックオンは額に何度も唇を落とす。
「痛いか……?」
 指と舌で慣らされた蕾は濡れそぼり、最後にはぐちゃぐちゃと濡れた音を出すほど散々慣らされた蕾は、簡単に雄を受け入れた。
 とはいえ、元々受け入れる器官ではない場所への挿入に、慣らしたとはいえ微かな痛みを刹那は感じる。
「……少し。それより、圧迫感のが凄い」
 痛いと言うより、苦しいと。
 そう告げれば、軽く腰を揺するロックオンに、刹那は上目遣いに睨み付ける。
「ニール!」
「安心しろ。少しずつ慣らしてから動くから」
 告げて、また腰を揺するロックオンに、歯を食いしばる。
「んっ……やぁ」
 痛みではない、わけの分からない感覚に、嫌だと刹那は何度もかぶりを振る。
 ひとつになれた感覚に、嬉しさはある。
 けれど、このわけの分からない感覚は気持ち悪いと。
 躰を離そうと身をよじったとき、何か電流なようなものが躰を駆けめぐった。
「やぁっ……!」
「ここか?」
 刹那が反応した一点を、ぐりっとロックオンは雄で責め立てる。
 途端刹那の唇から零れた嬌声に、腰を抱えなおしたロックオンは何度もそこを突き上げた。
「ひっ……ああ、ァ……っ」
 ぐちゃぐちゃと音を立てる蕾に、羞恥がこみ上げる。
 何より、わけが分からないほどの快楽が怖くて、刹那は必死にロックオンの背へとしがみついた。
「ニールっ」
 怖いと、舌足らずに告白する刹那に、安心させるように口づけながら、ロックオンは腰の動きを早める。
 激しい動きに、ただひたすらニールと名を呼んでいれば、ひときわ激しく中を突かれた。
「――――――っ」
 声にならない悲鳴を上げながら白濁を吐き出せば、次いで感じた中が濡れた感触に、刹那は意識を手放した。






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