烙印の絆 Y-T
「…………疲れたっ」
ぐったりと地面に座り込みながら、いまだ余裕すら感じるアレルヤを、ロックオンは恨めしげに睨み付ける。
練場所として選ばれたのは無人の孤島。
ソレスタルビーイングが所有している中のひとつだけあり、設備は無人の孤島とは思えないぐらいに整っているとはいえ、普段は人気が全くない場所なだけあり、草木は覆い茂り、遠くを見渡すこともできない。
訓練には打って付けの場所だとスメラギが選んだだけあり、確かに白兵戦や銃撃戦、肉弾戦といったMS同士の戦いにしか慣れていない自分たちには打って付けの場所なのかもしれない。
常に戦闘が何の障害物もないところで行われるわけではなく、こういった草木が覆い茂る場所もきっとあるだろう。
だが――。
「ロックオンって意外に体力がないんですね」
さらりと腹立たしいことを告げるアレルヤに、ロックオンはひくりと頬を引きつらせる。
アレルヤに比べれば体力はないかもしれないが、人並み以上の体力をロックオンは持っている。
現に訓練三日目である今日とて、筋肉痛ではあるがきちんと参加していた。
ティエリアに至っては、昨日の時点でリタイアしているのだから、まだマシだとそう思いたい。
「俺は普通! アレルヤたちが化け物並みの体力を持ってるんだろうが!」
主に遠距離射撃を得意としているロックオンにとって、接近戦は苦手でしかない。
その上障害物が多い場所となると、必要以上に体力を使う。
それでなくても、昨日までの訓練で全身筋肉痛なのだ。
白兵戦も銃撃戦も、そして肉弾戦も得意としているアレルヤによって散々翻弄されれば、早々に音を上げたくもなる。
「少し休みますか、ロックオン?」
「その間アレルヤはどうするつもりだ?」
「刹那に相手をしてもらいます。ロックオンより余程良い訓練相手になりますし」
あの華奢な躰に似合わず、白兵戦と肉弾戦を得意としている刹那は、意外なことにメンバーの中で唯一アレルヤと張り合うことができるほどの実力の持ち主だ。
当初ティエリアと共に、刹那もまたアレルヤ相手になら早々に音を上げると信じていたのに――。
結果は、途中アレルヤが押されながらも、決着はつかなかった。
あの華奢な躰のどこにその力があるのだと疑問に思いつつも、身軽な身のこなし方に、相当の強さが窺える。
「どうせ俺らは、お前を負かせられないよっ」
「それで、どうします?」
苦笑しながら休憩するかどうか訊ねるアレルヤに、ロックオンはかぶりを振る。
「いや、良い。いざって言うときには、こういう風に休んでられないからな」
「現実にこういった事態に発展するような任務をロックオンが言い渡される可能性は低そうですが、万に一つもありますからね」
「言っておくが、銃撃戦なら何とか切り抜けられる自信があるぞ」
潜入調査や、スパイ活動を行わなければならない場合、最早刹那かアレルヤのどちらかに言い渡されるのはほぼ確定事項だろう。
銃の腕はあまり良くはないが、アレルヤと張れるぐらいの身体能力だ。
確定事項だと思って良い。
「さて、再開するか。手柔らかに頼むぜ、アレルヤ」
立ち上がるなり身構えたロックオンに、アレルヤは軽く飛び跳ねると、回し蹴りを繰り出した。
それをギリギリのところで何とか交わしながら、ロックオンは足を振り上げる。
けれどそれはアレルヤへと届く前に、簡単に交わされてしまった。
息つく暇も与えられず、何とかギリギリのところでアレルヤの攻撃を交わしていく。
本気でやり合えば、ものの数分で負けてしまう自分のために、手加減してくれているアレルヤに一泡吹かせてやろうと思ったその時――。
(やばい……っ)
思わぬ方向からの攻撃に、咄嗟に身構えることができなかった。
次の瞬間頭に走った激痛に、ぐらりと躰が傾く。
咄嗟に手をつくこともできず、ロックオンはそのまま地面へと倒れ込んだ。
薄れゆく意識の中、どこか遠くから名前を呼ばれたような、そんな気がしながら、ロックオンは意識を手放した。
危ないと、そう思ったときにはすでに遅かった。
ぐらりと傾き始めた躰に、遠くからロックオンとアレルヤの訓練をひとり眺めていた刹那は急いで駆け出す。
「ニールっ!!」
ニールと。
咄嗟にそう口にしてしまったことに気がつくこともなく、刹那は慌ててロックオンの元へと駆け寄った。
ぐったりと地面に横たわるロックオンに息をのみながらも、刹那は大きな声で名前を呼ぶ。
それでも意識を取り戻さないロックオンに、揺り起こそうと手を伸ばそうとすれば、パシリっと途中で腕をつかまれた。
「駄目だ、刹那! もしかしたら脳震盪を起こしてるかもしれない」
あっと声を上げた刹那は、ロックオンが頭を強打したことを思い出す。
脳震盪を起こした人間を動かすことは非常に危険で、酷いときには命を落とすことすらあると。
どうしてそれに気づかなかったのか。
顔面蒼白になる刹那に、大丈夫だとアレルヤは背を叩く。
「すぐにドクター・モレノを呼んでくるから、刹那はここにいて。良いね?」
アレルヤの言葉に逆らうこともできず、刹那はこくりと頷く。
駆け出したアレルヤの背を見送った刹那は、何もできず、ただ待つことしかできない自分の無力さに項垂れる。
すぐ目の前に、手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、何もできないと。
アレルヤがモレノを連れてくるまでのたった数分が異様に長く感じながら、刹那は絶望に打ちひしがれていた。
いつの間に眠ってしまったのだろうかと。
目を覚ましたロックオンは、ぐらつく頭に額を抑えながら起き上がる。
まるで長いことを眠っていたような、そんな気がする。
だからあんな、とても長い、長い夢を見たのかもしれない。
あいつがソレスタルビーイングで共に訓練を受けているはずがないのに。
馬鹿な夢だと笑おうとしたロックオンは、記憶が逆流してくるような感覚に、頭を抱える。
「……あっ」
映し出されては消え、そしてまた映し出されては消える頭の中に浮かぶ映像に、思い出す。
自分が何をしでかしてしまったのか。
「あ、ああっ!!」
なんてことをと。
あの日自分が犯してしまった愚かな行いに、ロックオンは絶叫する。
最初は単なる興味だった。
けれどいつの間にか惹かれていたあいつを、何があっても守るのだと。
絶対に悲しませないと、そう誓ったはずなのに。
久しぶりに休暇を得られたあの日、いつものように施設へと訪れて知った真実。
あいつが――ソランが、KPSAの一員だったと知ってしまった瞬間に抱いた裏切りという言葉が、何もかも狂わせた。
誰よりも愛しいと思ったはずのソランを衝動に任せて殺そうとするなど、とても正気の沙汰とは思えない。
あのときの自分は、本当にどうかしていた。
もう遅いと知りながらも。
それでも、少しでも早くと。
立ち上がろうとベッドへと手をついた瞬間、部屋の扉が開く。
「――ロックオン!?」
何かが落ちる音と共に、アレルヤが慌てて駆け寄ってきた。
「まだ寝ていないと駄目ですよ、ロックオン! あなたは頭を打ったのに!!」
横になって安静にして下さいと、無理矢理ベッドへと横にさせようとするアレルヤの腕をロックオンは振り解く。
今はそれどころではないのに。
「ソランは、ソランはどこにいる!?」
「ソラン? 誰ですか、それは?」
戸惑いがちに訊ねるアレルヤに、思い出す。
今はもう、ソランという名前ではないことを。
「刹那のことだ!」
この数ヶ月、ずっとその名前で呼んでいたはずなのに、なぜか口に馴染まないその名前に、アレルヤは驚きに目を瞠った。
「ロックオン、あなた……」
「頼む、アレルヤ。刹那の居場所を教えてくれ。俺はあいつに謝らなければいけないっ」
謝っても赦されないことをしてしまったけれど。
例え赦されないのだとしても、謝りたかった。
約束を破ってすまないと。
せめてそれだけでも――。
必死に懇願すれば、困った様子でアレルヤは笑う。
「……刹那なら、扉の前にいますよ」
「えっ?」
「あなたが前に倒れたときも、僕が大丈夫というまでずっと扉の前にいたんです。だから、ロックオン」
真っ直ぐな眸が見つめてくる。
「もう刹那のこと、悲しませないで下さいね」
「アレルヤ、お前……」
「刹那を幸せにできるのは、ロックオン、あなただけです。それに僕には、守らなければならない女性 がいるんです」
だからと。
微笑むアレルヤに、ロックオンは心からありがとうと呟く。
刹那 は強く、そして脆い。
もしもアレルヤがいなければ、記憶を取り戻す前に刹那は壊れていたかもしれないほどに。
今日まで刹那を支えてくれたアレルヤに感謝しながら、ロックオンはベッドから降り立った。
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