烙印の絆  W-T



「――ロックオンだけ面会謝絶!」
 慌てて医務室へと向かおうとすれば、ぴしゃりと告げたスメラギに、ロックオンは抗議の声を上げる。
「なんで!?」
「そんなの、あなたが一番分かってるんじゃない?」 じとりと睥睨するスメラギに、うっとロックオンは言葉を詰まらせる。
 訓練の集合時間になってもなかなか現れない刹那にどうかしたのかだろうとアレルヤと共に心配していれば、スメラギもまた遅れて現れた。
 スメラギが遅れるのは良くあることで、特に違和感を抱くことなく刹那が来ていないことを話せば、今朝方倒れたことを教えられ、冒頭に至る。
「ドクター・モレノいわく、刹那は疲労で倒れたそうよ。それも、精神的な」
 にっこりと笑いながら告げるスメラギがなぜか恐ろしく感じるのは気のせいだろうか。
 気のせいではないようなきがすると、ロックオンはスメラギから視線を外す。
「それで、刹那の様態は?」
「疲労で倒れただけだから、そんなに心配することはないわよ。今は薬で眠らせてるけど」
 体調が優れないのに、訓練に行こうとするんですものと。
 呆れかえったスメラギは、ため息混じりに呟く。
 誰よりもガンダムに執着している刹那が、体調が優れなくても、躰が動く限りは無茶をしてまでも訓練に参加しようとすることは別段驚くことではない。
 ただそこまで刹那に執着されるガンダムに、相手が人間ではないのに嫉妬してしまう。
「体調管理もできないなど、マイスター失格だな」
「ティエリア!」
「違うとは言わせない。マイスターの役目の中には、己の体調管理も含まれているはずだ。どんな理由があろうとも、疲労ごときで倒れた刹那・F・セイエイにマイスターたる資格はない」
 ひとり離れた場所に佇むティエリアは容赦なく告げる。
 以前から刹那がガンダムマイスターであることを疑問視していたティエリアだ。
 ここぞとばかりに攻撃の手を緩めない。
「待ってくれ、ティエリア。刹那が倒れた原因の大半は俺で、刹那だけが悪いわけじゃない」
「仮に刹那・F・セイエイが倒れた原因の大半がロックオン・ストラトス、君にあるとしても、体調管理ができなかったのは彼だ」
「ティエリア、今回に関しては不可抗力だ。だからそんなに刹那を責めなくても……」
「君まで刹那・F・セイエイの味方をするのか、アレルヤ・ハプティズム」
 冷ややかにティエリアはアレルヤを睨み付ける。
「味方とかそういうわけじゃないよ。ただ、僕たちは仲間だろう?」
「仲間? 僕はまだ、刹那・F・セイエイを認めたわけじゃない」
 心外だとティエリアは吐き捨てる。
 このまま誰も止めなければ、どこまでも続きそうな口論に、スメラギが待ったをかけた。
「そこまでよ、三人とも」
 三人の気を引くために、手を叩いたスメラギは、まずはティエリアへと向き直る。
「ティエリア、体調管理をできなかったのは、確かに刹那の責任よ」
「ならば――」
「でもそこに、ロックオンの責任がないわけじゃないわ。それに、刹那をガンダムマイスターに選んだのはヴェーダよ。体調管理ができないぐらいで、刹那からマイスターの資格を奪うことはできないわ」
 刹那にマイスターの資格があるかどうか論議する意味はないと断言したスメラギは、次にアレルヤへと向き直る。
「アレルヤ、あなたまで何をしてるの。こういうときこそふたりを止めなさい」
「……はい」
 理不尽だと思いながらも、渋々ながらにアレルヤは頷く。
 最後にと、ロックオンへと向き直ったスメラギは、諸悪の根源を睨み付ける。
「ロックオン、いい年した大人が、小さい子を苛めないの!」
 小さい子とは、刹那のことだろうか。
 刹那が今の台詞を聞いたら怒り出しそうだと思いながらも、事実無根だとロックオンは反論する。
「俺が刹那を? 冗談でも止めてくれ。俺が刹那を苛めるなんて、そんなのは絶対にあり得ない!」
「でも、倒れるぐらいに刹那を追い詰めたのはあなたでしょう?」
 違うと訊ねられ、否定できなかった。
 倒れるほどに刹那を追い詰めたのは、紛れもなく自分だ。
 刹那を落ち詰めるような真似をしたかったわけではないが、結果的に追いつめてしまえば、それは単なる言い訳だ。
「分かったら、しばらくは大人しくしていなさい」
 良いわねと駄目押しするスメラギに、渋々とロックオンは頷く。
「……ミス・スメラギ、それで、いつになったら俺は刹那に会えるようになるんだ?」
「話の話をきちんと聞いてた、ロックオン?」
 呆れたとため息をつくスメラギに、ロックオンは肩をすくめる。
 もちろんきちんと話は聞いていたが、それとこれとは話は別だ。
「刹那の体調が万全になるまでは駄目よ。もうひとつおまけに、刹那の体調が元に戻っても、当分は訓練以外の接触は禁止。分かった?」
「そんな、横暴な!」
「何とでもおっしゃい。今の私の役目は、あなたから刹那を守ることよ」
 ぎろりと睨み付けられて、ロックオンは押し黙る。
「今はまだ、あなたたちの間で何があったのか聞くつもりはないけど、これ以上酷くなるようだったら、私にも考えがあるわよ」
 戦術予報士としてソレスタルビーイングに身を置いているとはいえ、それ以外にもガンダムマイスターの管理もまたスメラギの役目だった。
 普段は戦闘以外の命令を聞かずとも、命令違反には問われないが、何か問題が発生すれば全てスメラギの管理下に置かれ、逆らうことは赦されない。
 それだけはできれば避けたい。
「……しばらく、大人しくしてます」
「よろしい。それと、しばらくはハロは没収よ」
「えっ!?」
「当然でしょう。ハロがいれば、トレミーのセキュリティのほとんどは簡単に突破できるもの。そんなハロを今のあなたの元に置いておけるはずがないでしょう」
 はい、没収とスメラギによってハロを取り上げられる。
「ハロを没収する理由は分かったが、その間訓練はどうするつもりだ?」
「刹那も当分訓練に参加できないから、メニューはもちろん変更するわよ」
 戦闘中のサポートとして与えられたハロなくして、訓練の意味はない。
 何より、現在の訓練はペア戦だ。
 どちらにしろ、ペア相手である刹那が訓練に参加できない今、ロックオンの訓練内容の変更は決定事項だった。
 ハロを没収されたとしても、支障はない。
「今日は悪いけど、訓練は中止よ。あとで明日以降の予定を携帯端末に連絡するから」
 はい、解散と告げるなり、ハロを抱えてスメラギは部屋から立ち去った。






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