烙印の絆  U-T



 携帯端末へと送られてきたばかりの結果に、刹那は顔をしかめる。
 先日行った模擬戦は、四方を敵機に囲まれた際の対処を考えて、二機一組で行われた。
 様々な事態が想定されることから、全てのパターンで行われた模擬戦は、どういうわけかロックオンと組んだときのものが最も好成績を弾き出した。
 次点はアレルヤとティエリア。
 最低な成績を弾き出しているのは、やはりと言うべきか、ティエリアと組んだときのもので、こればかりは相性が悪いのかもしれない。
「刹那、大丈夫?」
 そっと近づいてきたかと思えば、周囲には聞こえないような小さな声で訊ねてきたアレルヤに、悩んだ末に刹那は頷いた。
 色々と感づいているはずなのに、展望室での一件以来、アレルヤは何も訊ねてこない。
 それどころか、ロックオンとふたりっきりになるとどこからともなく現れては、さり気なく逃がしてくれる。
 常に傍にいるわけではなく、適度な距離を保ちながら手助けしてくれるアレルヤのさり気ない気遣いは本当に絶妙で。
 色々と気遣われる申し訳なさ以上に、刹那はアレルヤに感謝していた。
「どうしても嫌だったら、僕からスメラギさんに相談してみるけど」
 どうするっと、アレルヤの気遣いに感謝しながらも、刹那はかぶりを振る。
 今回行われた模擬戦は、ふたり一組で任務が行われる際のペア決めのようなものだ。
 好成績を収めたペア同士を基本的に組ませるつもりだということで行われた模擬戦は、ある意味予想していた結果だったが、それは同時に、最悪な結果でもあった。
 これで次点がアレルヤとティエリアでなければ仮決定だったペア決めも、ふたりが次点だったことから、余程の理由がない限り、ペアを覆すことはできないだろう。
 そう思うと憂鬱で、けれど任務なら仕方ないと、零れそうになるため息を刹那は何とか堪える。
「……もし本当に駄目だと思ったら、いつでも相談に乗るから」
 あまり無茶しちゃ駄目だよと忠告してくれるアレルヤに、何気なくありがとうと呟けば、意外な顔をされた。
「……アレルヤ?」
「ああ、ごめん。刹那から感謝されるのは初めてだったから、つい」
「そうだったか……?」
 胸中ではいつも感謝していたが、考えてみると言葉にしたことはなかったかもしれない。
 もっと早くに言葉で伝えるべきだったと、刹那は後悔する。
「アレルヤには本当に感謝している」
「感謝する必要なんてないよ。ただ単に、僕が好きでやっているだけだから」
「それでも、それで俺は、いつも助かっている」
 何度アレルヤのさり気ない気遣いに助けられたか分からない。
 多少なりとも事情を知っているからか、アレルヤの気遣いは絶妙で、近頃ではほんの少しだけ、以前よりも心に余裕ができた気がする。
「ねえ、刹那」
「アレルヤ?」
「僕は全てを知っているわけじゃない。でも、君はもう十分に苦しんでるのを僕は知ってる。だから、もうそろそろ自分を赦してあげたら?」
 これ以上はかわいそうだと告げるアレルヤに、刹那はかぶりを振る。
 赦せるはずがない。
 例え奇跡が起きて、ロックオンが赦してくれる日が来たとしても、自分だけは自分を赦せない。
 何を犠牲にしても、得ようとしたものすらも投げ出してしまえるほどに大切なロックオンから家族を奪ったテロ組織・KPSA。
 どんな理由があろうとも、そのKPSAに幼かった自分が所属していたのは、変えようがない事実だ。
 何より辛いのは、ロックオンから家族を奪ったテロを起こしたのは、自分が兄とも慕っていた人物で。
 彼を一度は止めたはずなのに。
 けれど彼は、自分を臆病者と罵って逝ってしまった。
 多くの人たちを巻き込んで。
 あのとき、何が何でも彼を止めてさえいれば、ロックオンが家族を失うことはなかったのに。
「刹那……」
「もしも過去に戻ることができたらと、何度も考えてしまう」
 過去に戻れるはずなどないのに。
 それでも、何度も考えてしまう。
 もしも過去に戻ることができたらと。
「もしも、もしも過去に戻ってやり直すことができたとしても、それは今を壊すと言うことだよ、刹那」
 過去を変えるということは、未来は今とは少し変わってしまう。
 何がどう変化してしまうかは分からないが、それでも、今大切な何かを失ってしまう危険性さえある。
 それでも良いのかと。
 訊ねるアレルヤに、刹那は今にも泣き出しそうな表情で笑う。
「それでも、俺は……」
 過去に戻ることができるなら――。
「何を引き替えにしようと、何を失うことになったとしても、過去を変えたい」
「刹那……」
 くしゃりと顔を歪めるアレルヤに、申し訳なさで一杯になる。
 それでも考えを変える気持ちはない。
 何を引き替えにしようと。
 何を失うことになったとしても。
 それで罪が消えるのなら――。
「みんな、結果は見たかしら?」
 ブリーフィングルームに遅れて現れるなり、開口一番にそう訊ねたスメラギに、全員が頷く。
「今後の結果にも寄るけど、ひとまずロックオンと刹那、アレルヤとティエリアでペアを組んでもらうわ。反対意見はある?」
 予想通りの組み合わせに、眉間にしわが寄る。
 模擬戦の結果だけで言えば、スメラギの決定はこれ以上ない組み合わせだ。
 けれど――。
「刹那は不満そうね」
「命令なら、従うまでだ」
 ロックオンとのペア戦を拒否すれば、もしかしたらペアを組まずに済むかもしれない。
 けれどそれは今だけの話で、好成績を叩き出したロックオンとこのままずっと組まずにいることなどできるはずがない。
 遅いか早いかの違いの上に、ロックオンと組まなければ、自動的にペアを組む相手はティエリアに変更となる。
 どちらにしても最悪な結果に、反対する意味はなかった。
「なら、変更なしでいくわよ」
「構わない」
「……なら、明日からの模擬戦は、さっき話したペアで行うわ。今日はもう何もないから、各自明日まで自由にしてちょうだい」
 解散を告げるなり、真っ先にブリーフィングルームを後にしたスメラギに、ティエリアとアレルヤもあとに続く。
 刹那もまた、ブリーフィングルームを後にしようとしたとき、ふらついた様子で壁に手をついたロックオンに、慌てて振り返った。
 体調でも良くないのかと、真っ青な顔色をしたロックオンに声をかけようとして。
 次の瞬間、刹那はギクリと躰を強張らせた。










 自分でさえ気がついていなかった癖や食事や飲み物、使用する日用品の好み。
 それらをどうも刹那が把握しているということにロックオンが気がついたのは、食堂でコーヒーを淹れて貰ってからだ。
 あのときは偶然だと自分を納得させたが、どうしても納得できず、普段からできる限り刹那の行動を気にかけるよう心がけてみた。
 どう考えても、自分の癖や好みを把握しているとしか思えない刹那の行動は、意識しているようには見えず、無意識の行動であることは間違いない。
 やはり以前、どこかで刹那と会ったことがあるのだろうかと懸命に記憶を探ってみたが、該当する人物は見受けられない。
 癖や好みまで把握するほどの関係なら、記憶に残っていておかしくないはずなのに、肝心の記憶は全くない。
 やはり全て単なる偶然だったのだろうかと考えて、ロックオンはすぐに否定した。
 コーヒーにミルクを淹れただけならば、単なる偶然で済まされるが、一度が二度、二度が三度と、何度も偶然が重なるとは思えない。
 昔どこかで会ったことがあるとしか思えず、一度刹那に直接訊ねてみようと、ロックオンはここしばらく機会を窺っていた。
 傍に寄ろうとすれば、その前に逃げ出してしまう刹那になかなか機会は訪れず、ブリーフィングルームでスメラギを待っているこの機会を利用してしまおうかと、ロックオンは刹那の様子を窺う。
 警戒心を抱いている様子は微塵もなく、今なら大丈夫だろうかと、足を踏み出そうとしたそのとき、タイミング良くマイスター全員の携帯端末が鳴る。
 何事かと携帯端末を取り出せば、先日の模擬戦での結果で、想像通りの内容に、やはりという思いが去来する。
 今までに何度か組んだことのあるアレルヤやティエリアよりも、初めて組んだはずの刹那との模擬戦か最も戦いやすかった。
 他のふたりの感想は分からないが、結果を見る限りでは、それは自分だけのような気がする。
 それほどまでに自分以外と組んだときの刹那の結果は、散々なものだ。
 あまりにも対照的な結果。
 相性が良いだけとは思えず、答えてもらえるか分からないが、直接刹那へと問いただそうと、ロックオンは携帯端末から顔を上げる。
 刹那と、声をかけようとしたロックオンは、目的の人物のすぐ傍にアレルヤの姿を見つけて、瞠目する。
 誰であろうと傍に近寄る相手に対して、刹那は警戒心を剥き出しにする。
 そんな刹那だからこそ、誰かが傍に寄ろうと、特に思うことは今まで一度もなかった。


 ――刹那は、誰にも心を開かない。


 そう、思っていたのに。
 傍にアレルヤがいるというのに、警戒心を剥き出しにすることもなく、刹那はその存在を受け入れていた。
 どうしてと、叫び出さなかったのが不思議なほどの衝撃。
 衝撃を受けてすぐに、スメラギがブリーフィングルームに現れてくれなければ、どうなっていたことか。
 スメラギの登場に、何とか頭を切り換えたロックオンは、解散の言葉と同時に刹那へと目を向ける。
「……なんだ?」
 一瞬、覚えのない映像が刹那と重なって見えた。
 知るはずのない、今よりも少し幼い刹那の映像に、見間違えたのかと、ロックオンは目を擦る。
 ニールと、そう呼びながら。
 今よりももう少し幼さを残した刹那が、自分へと笑いかけた記憶などない。
 それ以前に、刹那が自分の本当の名前を知っているはずなどない。
 衝撃的な光景を見た後だけあり、疲労が見せた願望かと笑い飛ばそうとしたそのとき、頭に鋭い痛みが走った。
 一年前から度々感じる頭痛。
 いつもならすぐに治まる頭痛はけれど、なぜか今日に限っては一向に治まらなくて。
 段々と酷くなっていく痛みに耐えきれなくなったロックオンは、バランスを崩して壁へと手をついた。
 あまりの痛みに小さなうめき声しか上げることができずにいたロックオンは、気がつかなかった。
 無意識に、知らないはずの名前を口にしたことに。
 それを聞いた刹那が、顔色を変えたことに。
 気づくことはなかった――。






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