烙印の絆 T-T
頬杖をつきながら、食堂の片隅でひとり食事を取っている刹那を、ロックオンはぼんやりと眺めていた。
最後のガンダムマイスターとして刹那が合流を果たしてから一ヶ月。
いまだに周囲と馴染もうとはせず、寄るな、触るな、近寄るなと、見事三拍子揃った威嚇を刹那は周囲へと向けていた。
今日とて、後から食堂に現れた刹那へと一緒に食事を取ろうと誘ってみたりもしたが、一瞥するだけで無視されてしまった。
ご丁寧に一番離れた席に座る徹底ぶりに感服しつつも、ロックオンは頭を悩ませる。
仲間とはいえ、マイスター同士が仲良くする義務はない。
とはいえ、背中を預け合って共に戦う相手だ。
仲良くとまではいかなくとも、それなりの関係を築きたいと思ってはいるのだが、今の刹那を見る限り、現状では不可能だろう。
どうすれば刹那が自分たちに少しでも心を開いてくれるようになるか。
考え込んでいれば、飲み物を取りに立ち上がった刹那に、ロックオンは慌てて声をかけた。
「すまん、刹那。俺にもついでにコーヒーをもらえるか?」
駄目で元々。
コーヒーを頼んでみれば、一瞥をくれるだけで食堂の奥に設けられたドリンクサーバーへと向かってしまった刹那に、ガクリとロックオンは肩を落とす。
「……大丈夫ですか?」
隣で一緒に食事を取っているアレルヤの言葉に、ロックオンは何とか頷く。
「まあ、何とか」
「それなら良いですけど。それにしても、頑張りますね」
刹那を何とか懐かせようとロックオンが奔走していることは、すでに誰もが知るところだ。
アレルヤの言葉に苦笑しつつ、ロックオンは刹那と出会ったときのことを思い出す。
最後のひとりとして紹介されたガンダムマイスターのあまりの幼さに驚くより先に、胸を占めたのは懐かしさと愛おしさだった。
まるで旧知の相手、それも半身に再会したような感覚に戸惑いさえも覚えた。
なぜ出会ったばかりの刹那に、そんな感情を抱くのかと。
そんな戸惑いは、周囲を警戒しながらも、どこか寂しげな眼差しを向けてくる刹那にすぐに消えた。
相手が同性で、しかも8歳も年下の子どもということもあり、ためらいがなかったわけではないが、それでも好きなのだと。
出会ってまだ一ヶ月も経っていない刹那に、恋心を抱いてしまったことは、最早否定できない。
自分をいくらでも偽ることはできたけれど。
きっとそんなことは、すぐに意味をなさなくなるだろうから。
これから先、長い時間を共に過ごし、共に戦う相手だ。
いくら想いを偽ったとしても、いずれ破綻するのは目に見えていると。
ロックオンは素直に全てを受け入れた。
だからこそ少しでも刹那に近づきたいと思っているのに、肝心の相手がなかなかそれを赦してくれない。
流石に訓練中は必要さえあれば近づいても赦してはくれるが、ことプライベートになると、近づく隙さえ与えてくれない。
近づけなくとも、せめてまともな会話を交わせるぐらいにはなりたいと考え込んでいれば、スッと目の前を何かが横切る。
ポンッと目の前に置かれたコーヒーが注がれたカップに、ロックオンは信じられないと目を瞠った。
慌てて顔を上げたときには、すでに刹那は席に座って食事を再開している。
「……えっと?」
「良かったですね、ロックオン」
どういうことだと混乱していれば、かけられたアレルヤの言葉に、ようやくロックオンは事態を飲み込んだ。
無視されたと思っていたあれは、了承の印だったということか。
分かりにくいと乾いた笑い声を立てながら、ロックオンは刹那がわざわざ淹れてくれたコーヒーへと口をつける。
「んっ?」
「どうしました?」
あれっと首を傾げながら、もう一度コーヒーを口に含めば、それは確かに舌に馴染んだ味だ。
どうしてと、ロックオンは目を瞠る。
「ロックオン?」
「これ、俺好みの味だ」
「ミルクを少しのあれ、ですか?」
「ああ」
ブラックも飲めるが、ミルクがあれば、ミルクを少量淹れたコーヒーをロックオンが好んで飲んでいることを、プトレマイオスに乗っているクルーなら誰もが知っている。
そう、一ヶ月前に仲間になったばかりの刹那以外は。
いまだ共に食事をしたり、プライベートな会話を交わしたことのない刹那には、一度もコーヒーを始めとする好みについては教えてはいない。
なのにどうして刹那がそれを知っているのか。
「刹那もたまたま、同じように飲んでいるとか」
「それはあり得ない。刹那がコーヒーを飲んでいたときはミルクの他に、砂糖が入っているやつだった」
遠くからしか眺めることしかできないが、それでも普段からどんなものを食べたり飲んだりしているのかぐらいは容易に観察できる。
ここ一ヶ月のことしか知らないが、刹那は必ずと言って良いほど砂糖とミルクをコーヒーに淹れていた。
ミルクしかない時は、たっぷりとミルクを淹れていたこともあり、同じ嗜好ではないことは確かだ。
「……どうしてそんなことを知っているのかはあえて聞きませんが、刹那はロックオンの好みを知っているってことですか?」
まさか、そんなと。
あり得ないと返すアレルヤに同意したい気持ちはある。
でも、現実に刹那は自分好みのコーヒーを淹れてくれたことは確かで。
「単なる偶然とかじゃなくてですか? 刹那がロックオンのように観察しているとは思えませんし」
アレルヤの言う通り、偶然というのもあり得なくはない。
けれど、食堂に設置されているドリンクサーバーから出てくるコーヒーはブラックのみだ。
砂糖やミルクは、脇に設置されているのを使わなければならず、あの刹那が相手の好みすら知らないのに、わざわざ淹れるだろうか。
ブラックコーヒーと一緒に、ミルクと砂糖を持ってきたなら、気遣いだと判断できるそれも、わざわざ淹れてくれたとなると、違う考えも出てくる。
出会ったときに感じた懐かしさと愛おしさに、もしかしたら以前、刹那とどこかで会ったことがあるのかもしれないと。
記憶を懸命に探ってみるが、それらしき該当者は全く見つからない。
アレルヤの言葉通り、単なる偶然だったのか。
「……そんなに知りたいんでしたら、刹那本人に聞いてみたらどうですか?」
「あの刹那が、答えてくれると思うか?」
ついでにコーヒーを頼んでも、一瞥するだけで返事をしなかった刹那が、わざわざ問いかけに答えてくれるとは思えない。
今度こそ無視される可能性が非常に高い。
「駄目で元々。コーヒーもそれで淹れてもらったんですから、何事も挑戦してみないと」
「人ごとだと思って」
「実際人ごとですから」
肩をすくめるアレルヤへと恨めしげな視線を向けつつ、ロックオンはため息をつく。
ここで悩んでいても、永遠に答えへと辿り着くことはできない。
意を決して立ち上がったロックオンは、ひとりで食事を取っている刹那の元へと赴いた。
「刹那、コーヒー、ありがとうな。それと、ひとつ聞きたいことがあるんだが、良いか?」
すぐ目の前まで近づいても、一瞥するだけで無視を決め込んだ刹那へと声をかけてみるが、全く反応はない。
いつものこととはいえ、零れそうになるため息を堪えながら、ロックオンは断れなかったことを逆手にとって、用件を切り出した。
「どうしてコーヒーに、わざわざミルクを淹れたんだ?」
訊ねれば、刹那はピタリと動きを止めた。
俯いているため顔色までは窺えないが、刹那の反応に何かあることは確かだ。
それが何なのか分からないことが、酷くもどかしい。
のろのろと顔を上げた刹那は、ひたりと真っ直ぐな視線を向けてきた。
「気に入らなかったか?」
「いや、むしろいつもコーヒーにはミルクを淹れていたから、ちょうど良かった。ただ、刹那はいつもミルクの他にも砂糖を淹れていたから、気になってな」
その言葉に目を瞠った刹那は、次の瞬間鋭い眼差しで睨み付けてきた。
なぜそんなことを知っていると問いただすような鋭い眼差しに、思わず苦笑してしまう。
向けられていた視線に気がついていただろうに、あえて気づかないふりを刹那がしていることに、ロックオンは早々に気がついていた。
だからこそ余計に、遠目からわざと刹那の行動を観察していた。
早く気づいたふりをして、文句なり何なり言いに来いと。
少しでも会話の切っ掛けを作ろうと仕掛けたそれは、いまだ刹那が行動を起こす素振りすら見せずにいるため、失敗だったかもしれない。
「……あんたの好みは知らないが、ミルク入りなら余程のことがない限り飲めるだろう」
「まあ、甘党でない限りは基本的に平気だろうが、ブラックを出すのが普通だと思ってたから、つい」
何かあると思ったのは、気のせいだったのかもしれない。
人に無関心である刹那が、自分の好みを知っているはずがなく、今回のは単なる偶然だったのだろうと。
どこか寂しい気持ちで、ロックオンは自分を納得させる。
「用件はそれだけか?」
「ああ。食事中にすまなかったな」
頷けば、食事を再開した刹那をしばらく見つめてから、ロックオンは席へと戻って食事を再開した。
何か言いたげな視線を、アレルヤが刹那へと向けていることに気づかずに。
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