小さくなった小狐丸 *Web用に一部改行してます。
三日月宗近が兄弟刀である小狐丸と恋仲になってから二月(ふたつき)あまり。
互いに千年も生きる付喪神同士であり、現世で得られた肉体は成熟した男性のもの。体を重ねるようになるまで、そう時間はかからなかった。
小狐丸に布団へ押し倒され、うやむやのままに抱かれる役目になったことには少々の不満を抱いてはいるが、丁寧な愛撫と強烈な快楽に、抱かれることについては否はなかった。昨夜は普段よりも激しく小狐丸に抱かれた三日月は、襦袢姿で気怠げに布団から起き上がる。
「小狐丸、朝だ。起きぬか」
小鳥のさえずり声で目覚めた三日月は、いつもなら先に起きて、顔中に口づけを落としながら起こしてくれる小狐丸がまだ寝ていることに、少しの疑問も抱かなかった。昨夜はいつも以上に激しかったことから、流石の小狐丸も疲れたのだろうと勝手に思い込んでいた。
「小狐丸。小狐丸っ。………小狐?」
いくら声を掛けても、起き上がるどころか隣で寝ているはずの小狐丸がぴくりとも動く様子を見せない。流石に不審に思った三日月は、小狐丸が寝ているはずの隣を見下ろす。
その名に似つかず、三日月よりも一回り大きな小狐丸は、朝は布団にくるまるように寝ていた。誰かが寝ていると分かるぐらいに大きく盛り上がっているはずの隣はけれど、なぜか小さな膨らみだった。
思わず三日月は、きょとりと目を瞬かせた。
これは一体何だろうか。人を驚かすのが三度の飯より大好きな鶴丸と小狐丸が共謀でもしただろうかと考えてみたが、どうやらあのふたり、あまり仲がよろしくないらしい。わざわざふたりが共謀する理由も見当たらず、即座にその考えを三日月は捨てる。
ならば昨夜の疲労で眠りこけている間に小狐丸が布団から抜け出し、中々起きてこない三日月を短刀の誰かが起こしに来てそのまま布団に潜り込んでしまったと考える方がまだ状況的に合っていた。半ば無理矢理な考えではあったが、それ以外三日月には思いつかなかった。
誰が寝ているのか分からないが、とにかく起こさないよう恐る恐る布団をめくり上げた三日月は、こぼれ落ちそうなぐらい大きく目を見開いた。
「主、主、主っ!」
ドタバタと足音を立てながら審神者を呼ぶ三日月の声に、食堂ですでに朝食を食べていた刀剣たちは顔を見合わせる。
鶴丸の悪戯で驚かされようが常に楽しげに笑う三日月は、何があっても自分のペースを崩さない。マイペースといえば聞こえは良いが、戦闘時であろうと常におっとりと戦う三日月は、自由気ままな人だった。驚いた姿や慌てた姿など、今日まで誰も見たことすらなかった。
初めてとも言える三日月の慌てように、朝食を食べている手をとめ、一体何事だと刀剣たちは慌てる。歴史修正主義者野郎どもが襲撃でもしてきたかと、身構える刀剣さえいた。
「主はどこだっ!?」
普段のきっちりと着込んだ戦闘用の着物姿ではなく、襦袢姿の三日月が、ひどく慌てた姿で食堂へと飛び込んできた。
慌てて走ってきたのか、あらわになった胸元には赤い痕が散らばり、しどけない襦袢姿の三日月に、食堂に居合わせた刀剣たちは顔を赤くしながら固まる。普段は好々爺然とした三日月とはかけ離れたあられもない姿に、そういった耐性のない刀剣たちには、まさに目に毒だった。
「三日月君、その前にこれを羽織って。ねっ?」
本日の朝食当番だったエプロン姿の燭台切光忠は、山姥切国広から無理矢理奪い取った布を三日月へと被せながら、落ち着いてと声をかけた。縋るように燭台切を見つめながら、三日月はこくりと頷き、大人しく布にくるまれる。
「それで、どうしたの?」
三日月のあられもない姿がようやく隠されたことで、咳き込んだり、何やら怪しい呪文を唱え始める刀剣たちを無視して、燭台切が一体何事だと尋ねる。
「それが、小狐丸が……」
「小狐丸? そういえば彼、どうしたの?」
三日月に遅れること一ヶ月。仲間となった小狐丸は、任務や遠征以外では、常にぴったりと表現するに相応しいぐらいに三日月に貼り付いていた。害のない短刀たちならいざ知れず、少しでも三日月に気のある素振りを見せた太刀や大太刀相手には威嚇する小狐丸が、そういえばどこにもいない。あれほど存在を主張している小狐丸の姿が見えないことに言われるまで気づかないあたり、燭台切も動揺していたらしい。
「このように」
一体どこに隠していたのか、ひょこりと幼い童子を燭台切へと三日月は差し出すかのように抱き上げた。一体どこに隠していたのかと驚くより先に、どこかで見たような記憶を刺激する童子を、燭台切はマジマジと凝視する。
「えっ、あれっ。もしかして、この子って」
明らかに動揺して見せた燭台切は、普段は叱りつける相手に対する指さしをする。
燭台切の動揺っぷりに、ようやく正気を取り戻した刀剣たちは一体何事かと、燭台切の横から童子を覗き込む。そうして、皆一様に目を瞠った。
「小狐丸っ!?」
三日月が抱きかかえていたのは、どこからどう見ても小狐丸だった。しかも大きい小狐丸ではなく、小さな小狐丸。
「えっ、なにっ!? ついに三日月さん、小狐丸さんの赤ちゃん産んだのっ!?」
騒ぎには混じらず、ちょうど熱々の味噌汁を飲んでいた和泉守兼定は、口に含んでいた味噌汁を思いっきり吹き出した。
「ちょっ兼定、汚いんだけどっ!」
食事中席を立つのは行儀が悪いと、和泉守の正面で朝食を食べていた加州清光は慌てて汚れた机を拭く。それに謝りながらも、和泉守は諸悪の根源へと向けて文句を言うべく、立ち上がった。
「てめえ、アホなこと抜かしてんじゃねえぞっ、国広っ!」
咳き込みながらも、味噌汁を吹き出した原因を作った堀川国宏を和泉守は怒鳴りつける。慌てて和泉守に謝る堀川に呆れた眼差しを向けながら、燭台切たちは三日月たちへと視線を戻した。
「それで、どうしたの、その子」
まさか本当に小狐丸の子を産んだとか、そういうのじゃないよねと、燭台切は恐る恐る尋ねる。
ふたりが恋仲であることは、この本丸で知らぬ者はいない。常に兄上、兄上と三日月を慕い、任務や遠征など仕事がない限りは決して傍を離れない小狐丸に、ふたりの関係に気づかないはずがなかった。肉体関係まで結んだことは、何となく雰囲気から大人たちは読み取っていたが、わざわざ口にすることではないと誰もが口を閉ざしていた。
「朝起きたら、隣に寝ていたのだ」
大太刀、太刀、薙刀、槍といった刀剣たちには、それぞれ個室が与えられていた。無論、小狐丸と三日月も、それぞれ自分たちの部屋を構えている。が、小狐丸と三日月が夜一緒の布団で寝ていることは、普段の会話から誰もが知っていた。
一緒の布団で寝ていたことを匂わす三日月に頬を引きつらせながらも、不審顔で周囲を睨み付けている小狐丸らしき子どもに、燭台切は恐る恐る名前を尋ねた。
to be continued...