Agalmatophilia    *Web用に一部改行してます。




 パシリと。閉じていた目を見開いたマクギリスは、すぐ傍まで近づいていた腕を咄嗟につかんだ。
「――准将?」
 お目覚めですかと、耳に心地良い低い声が頭上から降ってくる。何度か目を瞬かせてようやく、無意識の間につかんだ腕の持ち主が副官として傍に置いている石動だと気づいたマクギリスは、つかんでいた腕から手を離した。
 常に一定の距離を保っている副官が音もなく近づいてきたことに警戒していたマクギリスだったが、その腕に毛布を抱えていることに気づくなり、警戒を解いた。一体いつの間に寝入っていたのか。先ほどまで部屋にいなかった石動が部屋に入ってきたことにも気づかないぐらいに深く寝入っていたことに恥じると同時に、マクギリスは驚いてさえもいた。
 幼い頃から整った顔立ちをしていたマクギリスは、常に大人の醜い欲望にさらされ続けていた。成長した今もそれは変わらず、士官学校時代でさえも先輩や教官、ギャラルホルンに入隊してからも上官から部屋へと誘われる機会は後を絶たない。
 ファリド家の当主となった今でさえ、周囲から舐めるような視線は変わらず向けられていた。隙を見せれば、ファリド家当主であろうともあっという間に食われてしまう世界だ。普段ならば寝入っていたとしても、誰かが部屋に入ってきたと同時に目を覚ますというのに、近づかれるまで目覚めなかった。常に気を張っていることもあって疲れていたのか、それとも――。
「起こしてしまい、申し訳ありません」
「いや、良い。こちらこそ驚かせてしまってすまない。今は何時だ?」
「あともう少しで十五時になります」
「そう、か……」
 最後に時計を見たのは、十三時を少し回っていた。昼食を取ったあとということもあってか、ひどい眠気に軽く休むつもりでソファーへと横たわっていたというのに、気づけば一時間以上も寝入っていた。
 休憩を取る前に感じていたひどい眠気は、十二分に眠ったお陰で去っていた。代わりに、寝起きとあってか思考が靄がかかったかのように働かない。
 ソファーへと横たわったまま片手で顔を覆い、一向に起き上がろうとしないマクギリスに、そっと石動は声を掛けた。
「次の会談まで、まだお時間があります。もう少しお休みになりますか?」
「いや、良い。代わりになにか淹れてくれないか?」
「紅茶でよろしかったですか?」
「ああ」
 頷けば、小さく頭を下げた石動は毛布を抱えたまま、一度部屋から出て行った。その背を見送ってから、マクギリスは気怠げにソファーから起き上がった。
 副官として石動を傍に置くようになってから半年ほど。最初の頃はコーヒーばかり淹れていた石動だったが、なにか飲み物をと頼めば紅茶が出てくるようになったのはつい最近のことだ。
 美味しく淹れられていれば良いのですかと、控えめな言葉と共に差し出された紅茶に虚を突かれた時のことは、今思い返しても笑える。
 コーヒーよりも紅茶が好きだということは、早い段階から石動にばれていた。その後も変わらずコーヒーを淹れ続けていた石動に別段気にしてはいなかったが、ただ単に紅茶を美味しく淹れられる技術を持ち合わせていなかったということをその時に知った。
 最初の頃は言及点にはほど遠かったが、今は素直に美味しいと口に出せるぐらいに美味しく淹れられるようになった。別にコーヒーであろうと文句はないのだが、どうせ飲むのなら好きなものを美味しく飲んで欲しいという石動の気持ちが妙にくすぐったかった。
 ああ、だからかもしれないと。マクギリスはどこか遠くを見つめる。




to be continued...