Love me do.    *Web用に一部改行してます。




「テツ、勝ったぜ!」
「見ていたので知っています」
 勝利に喜ぶ青峰に、黒子は苦笑する。
 敗北し、悔しげな三年がすぐ傍にいるというのに、勝利に沸き立つのはいかがなものかと思いながらも、喜んでいる青峰に水を差すのも気が引けた。
「どうせならテツと一緒にやって勝ちたかったぜ」
 せっかくスタメンになれたのにと。青峰は愚痴る。
 三年と二年のスタメン同士の練習試合。ようやくスタメンになれたこともあって、黒子もてっきり今回の練習試合には参加させてもらえるものだと思っていた。
 蓋を開けてみれば、赤司の見学してろという一言によって、練習試合は見学するしかなかった。白熱した試合を間近で見られたのは良かったが、やはり参加したかった。
 なにせ、貴重とも言うべき三年生との練習試合だ。今回を逃せば、多分この先二度と試合することは叶わないだろう。
 せっかくのチャンスを逃したことを残念に思いながらも、試合は見学できたのだからと、黒子は自分を慰める。
「僕も青峰君と一緒に戦ってみたかったですよ」
「じゃあ、次は公式戦で頑張ろうな、テツ」
「はい」
 こくりと頷けば、青峰は満面の笑顔を浮かべる。
「黒ちん、喉渇いた」
 音もなくいつの間にか背後に立っていた紫原は、ふたりの邪魔立てをするかのように、黒子の背に寄りかかった。
「ちょっ、紫原君!」
 大人と子どもと言っても差し支えないぐらいの身長差がある紫原に、軽くとはいえのしかかれたことによって、ギリギリ黒子は立っていられる状態だった。
「紫原、テツが苦しがってるだろう。どけろ」
「えー」
「何をやっているのだよ」
 押し潰される一歩手前の黒子を助けようと、青峰が懸命に紫原の巨体を動かそうとしていれば、遅れて緑間も合流した。
「うーん、じゃれついてる?」
 首を傾げながら疑問系で答える紫原に、緑間は軽くため息をつく。
「まあ、良い。それより、紫原」
 ほらと、緑間は手に持っていた飲料ボトルを紫原へと差し出す。
「みどちん、ありがとう」
 ようやく黒子から離れた紫原は、自分の名前が書かれた飲料ボトルを緑間から受け取った。そのまま水分補給する紫原に対して、ようやく解放された黒子は床に膝をついていた。
「テツ、大丈夫かっ!?」
「これが、大丈夫に見えますか……」
 息も絶え絶えに答える黒子の背中を青峰は撫でる。
「黒ちん、本当体力ないねえ」
「紫原、お前とテツの体格差を考えろ!」
 のほほんと呟く紫原を、青峰は怒鳴りつける。
「えー、みねちんだって黒ちんにやってるじゃん」
「俺は良いんだよ!」
「それって横暴ー」
 ぎゃいぎゃいと言い合うふたりをとめに入ったのは、虹村と打ち合わせのために遅れて現れた赤司だった。
「そこまでだ、青峰、紫原」
 ピタリと。まさにその表現が相応しく、ふたりは言い合いをやめた。
「一体何をやっているんだ」
 呆れ返る赤司に、青峰はこいつがと紫原を指差す。
「だって黒ちん、良い匂いするんだもん」
「良い匂いですか?」
 自分で自分の体を黒子は嗅いでみるが、紫原が言う良い匂いはしない。強いて言えば汗臭い程度だ。
「確かにテツ、良い匂いするよな」
「そうですか?」
「香水とか付けてるわけじゃないよな」
「そんなもの付けませんよ」
 精々、制汗スプレーぐらいだ。それも、たまに青峰が借りていくこともあって、その匂いと間違えているとは思えない。
「赤司君?」
 ツカツカと寄ってきたかと思えば、鼻を近づけた赤司は黒子の匂いを嗅ぐ。あまりにも突然すぎる赤司の行動に、黒子は目を瞠った。
「ああ、確かに良い匂いがするな」
 突然のことに呆気に取られていれば、青峰に抱えられるように抱き寄せられた。物理的に赤司と距離が取れたことに、黒子はほっと小さく息を吐き出した。
「赤司まで何やってんだよ」
「別に良いだろう。黒子、本当に何も付けていないのか?」
 前半は青峰へと、後半は黒子へと赤司は尋ねる。
「思いつくのは制汗スプレーぐらいしか……」
「その匂いじゃねえな」
 即座に青峰は断言した。
「テツが付けるのは柑橘系だろう。それとは違った、甘ったるい匂いがするんだよ」
 特に好んで付けているわけではなかったが、体臭と混じったとき嫌な匂いがしないのが柑橘系であることから、黒子がいつも買っている制汗スプレーは柑橘系の匂いが主だった。たまに借りていくこともあってか、使っている系統を案の定青峰は覚えていた。
「青峰君、甘いの好きでしたっけ?」
 お子様舌ではあるけれど、特に甘いものが好きだった記憶はなかった。
「特に好きってわけじゃねえけど、テツからはすげえ美味そうな甘い匂いはするな」
「甘い匂い、ですか?」
 それこそ、心当たりはひとつしかなかった。
「バニラシェイクぐらいしか思い浮かびませんね」
 好んで飲んで食べている甘いものといえば、それぐらいだ。強いてあげればいくつか心当たりはあったが、匂いが移るほどではない。
「バニラの匂いでもないんだよな……」
 くんくんと、青峰は腕の中にいる黒子の匂いを嗅ぐ。首を傾げている様子から、やはりバニラの匂いでもないらしい。かといって他に心当たりはなく、青峰の様子から近い匂いも思い浮かんでいないようだ。
「……お前たちは、本当に仲が良いな」
 赤司の呟きに、黒子はきょとりと目を瞬かせる。
 今の黒子は、青峰から背後から抱きしめられている格好だった。端から見れば仲が良いとしか見えない。
 青峰と仲が良いことを黒子は否定しない。まるっきり正反対のように見えて、コート上では誰よりもお互いのことを理解もしていた。
 誰よりも青峰のプレーをよく理解していた。反対に、青峰もまた黒子のプレーをよく理解していた。それは、誰の目からも明らかだ。
 改めて仲が良いことを指摘する赤司に、何をいまさらと黒子は首を傾げる。










「……猫?」
「あっ!」
 雨で濡れた頭をタオルで拭いながら顔を上げた火神は、目の前の光景に目を丸くする。それに、目の前にいるはずのない猫又――黒子はしまったと顔をしかめた。
 定期検査で体育館の使用が禁止となってしまったため、放課後の部活が休みになった今日、火神は黒子を誘って自宅近くのバスケコートへと足を運んだ。今にも雨が降り出しそうな天候ではあったが、互いに気にすることなく自主練に励んでいたところに、雨に降られた。
 傘を持ってこなかったこともあって、あっという間にふたりはずぶ濡れになってしまった。自宅近くということもあって、雨宿りも兼ねて黒子を伴って帰宅した火神は、タオルを取り出して、雨に濡れた髪を拭っていたところだった。
 猿人であるはずの黒子がどうして猫又になっているのか。目を白黒させていれば、深々と黒子はため息をつく。
「ばれちゃいましたね」
「ばれちゃいましたねって、黒子、お前、一体……」
 どういうことだと、火神はすぐに状況を把握できなかった。
「実は僕、斑類だったんです」
「それは見れば分かるっ! けど、何で今まで猿人になんて」
 つい数日前に見えた猫又の影。てっきり目の錯覚か何かと思っていたが、まさか本当に黒子が猫又だったことに、火神は受け止めきれずにいた。
 猿人の振りをしていたということは、斑類であることそのものを隠していたということだ。どうしてそんなことをと、一度は否定した考えが頭を過ぎる。
「実は僕、先祖返りなんです」
 予想していた通りの答えに、火神は絶句するしかなかった。まさか本当に黒子が先祖返りだったなんてと。
「ずっと騙していてすみません。でも、先祖返りであることは秘密にしろと言われ続けていたので、話すに話せなくて」
 言わば黒子は、これまで斑類である火神たちを騙していた形になる。事情が事情なだけに、騙されたと憤る気にはなれなかった。
 むしろ、それよりも――。
「いつからだ?」
 黒子の様子を見る限り、高校に上がる前から斑類として覚醒したのは間違いない。青峰たちが気づいていないということは中学に上がるより前としか考えられなかった。
 そんなにも前から斑類として覚醒していたのなら、どうして今頃になって先祖返りの噂が広がりはじめたのかと、次々と浮かぶ疑問を火神はぐるぐると考え込む。
「五歳の時に事故に遭って、その時にです」
 先祖返りの多くは、事故や大怪我で魂が揺さぶられることによって斑類として目覚める。黒子もまた、五歳の時に体験した事故によって眠っていた斑類としての魂が目覚めてしまった。
「そのまま斑類として生きていく選択肢もあったんですが、両親が猿人であることは変えようがなかったので、仕方なく変え魂で猿人の振りをしていました。だってどんなに先祖返りだってことを隠していても、両親を見れば一発でばれてしまうでしょう」
 猿人同士の間に、斑類は決して生まれない。唯一その可能性があるとすれば、それはその子どもが先祖返りだと言っているようなものだった。
 先祖返りであることは隠さなければならない。ならば、黒子が生きていく方法はふたつしかあり得なかった。
 斑類であることを周囲にひた隠しにして猿人として暮らしていくか、口の堅い斑類の夫婦の元へと養子に入って斑類として生きていくか。まだ幼かった黒子は、前者を選んだ。
「あの、火神君。ずっと騙していたこと、怒ってます?」
 怖ず怖ずと尋ねる黒子に、火神は深々とため息をつく。
「事情が事情だ。怒ってねーよ。それより、意外と近くに先祖返りがいたことのが驚きだ」
 先祖返りの噂は色々と聞くが、その数が少ないせいでその噂もどこまでが本当か分かっていなかった。
 いわく、常に発情しているような状態で斑類を誘惑しているなど、出会った瞬間に先祖返りだと分かるのだと、噂はどれも眉唾もので火神はどれも信じていなかった。が、黒子を見ていると噂はやはり噂でしかなかったのだと、噂の内容を思い出して呆れ返っていた。
「えっと、火神君」
「何だよ」
「僕、先祖返りなんですが」
「そうみたいだな」
 それはもう聞いたと。眉を寄せる火神に、きょとりと黒子は目を瞬かせる。
「それだけですか?」
「それだけって?」
「先祖返りだってばれた瞬間に、付き合ってほしいとか、子どもを生んで欲しいとか、てっきり言われるものだとばかり」
 思いっきり顔をしかめれば、黒子は首を傾げた。
「あのな、黒子。俺はお前の友人ではあるけど、それ以上の関係になるつもりはない。それに、お前相手だと勃つもんも勃たねえよ」
「火神君、下品ですよ」
 どん引きですと言いながら、黒子は強張っていた体から力を抜いた。




to be continued...