神のみぞ知る世界 Second.    *Web用に一部改行してます。




 総指揮官であったルルーシュが、ナイトオブゼロが黒の騎士団によって攫われた。その存在を知っているのはごく一握りとはいえ、ブリタニア軍が受けたダメージは計り知れない。
 どんな困難な状況であろうとも常に勝利をもぎ取るナイトオブの存在は、彼の者を知っていた兵士にとってある意味心の支えになっていた。その存在を攫われたという事実に、動揺は大きい。
 攻略が難しいこの場所を奪還したのも、ルルーシュをおびき寄せるための餌だったのだと、今さらながらに気づく。彼らの思惑通りに餌に飛びついたルルーシュは、ものの見事に捕らわれ、ブリタニア軍の目の前であっさりと攫われていった。
 いまや世界の三分の一を支配するブリタニア軍にとって、総指揮官を目の前で攫われるなどこれ以上ない失態だ。それも、攫ったのはまず間違いなく黒の騎士団だった。エリア11である日本から遠く離れたこの地に彼らがいたのかなど、考えるまでもない。全てはルルーシュを攫うため。そう考えればなにもかもが納得がいった。





 スザクがランスロットで駆けつけたときには、全てが遅かった。気づいたときには、見慣れない機体がルルーシュが搭乗しているガウェインのすぐ隣に立っていた。まるで瞬間移動したかのように、瞬きの一瞬での出来事だった。
 周囲を護衛していた兵士たちはなにをしていたのかと。どうやって厳重な包囲網を突破したのかと考える暇もなく、見慣れない機体はあっという間にガウェインを捕獲するなりコクピットへとその銃口を向けた。
 ブリタニアでは、人質にはなんの価値もない。どれほど高い身分であろうとも、弱者へと転落した瞬間に見捨てられる。敵の手に落ちたということは、それはすなわち弱者への転落だった。
 一般兵やただの貴族であったならば、コクピットへと銃口を向けられたところで攻撃の手は緩められない。だが――。

 それまで絶え間なく攻撃をしていた護衛の機体はもちろん、周囲で戦闘を繰り広げていた味方機全てが攻撃の手をとめた。

『流石のあなた方も、彼は見捨てられないようですね』
 全チャンネルに合わせて通信機から聞こえてきた声は、まだ年若い男というよりも、子どもの声だった。もしかしたら自分よりも若いのかと思いながらも、くつりと笑うその声にスザクは怒りを剥き出しにした。
「彼を離せっ!」
『その声はナイトオブラウンズの枢木卿ですね。残念ながら、お断りします』
 分かりきっていたとはいえ、拒否の言葉にスザクは苛立つ。
「一体なにが目的だっ!」
『目的ですか? 強いて言えば、この方ですよ』
 愛おしそうに、子どもとも少年ともつかない声の持ち主はうっとりと答える。
『あなた方が僕らが撤退するのをただ黙って見送ってくれるというのなら、僕らはこの方を傷つけるつもりはありません』
「それを、信じろと……?」
 テロリストの言葉を。それも、かつてスザクの主だったユーフェミアを殺した黒の騎士団の言葉を信じろと言うのかと。
 黒の騎士団にとってルルーシュは、他の誰よりも憎むべき敵だ。かつて日本からその名と誇りを奪い去り、エリア11という名のブリタニアの植民地へと突き落とした男。
 このまま連れ去られた先で、その正体を知られたときルルーシュがどんな目に遭うか。ただの捕虜として扱われないことは戦場という過酷な場所を知っているだけに、素直に信じられるはずがなかった。
『できれば僕も穏便にことを運びたかったんですが……』
 残念ですと。その言葉が合図だったのか、どこからともなく多数の悪夢フレームが出現したかと思えば、スザクたちブリタニア軍の周囲を囲い込む。
「!?」
 一体どこに潜んでいたのか。ざっと見た感じ、二十機はありそうだった。スザクひとりで倒せない数ではなかったが、能力が未知数な敵を前に、いかなスザクといえど下手な真似はできない。
『もう一度言います。あなた方が手を出さずに、僕らを黙って見送っていただけるというのなら、この方を絶対に傷つけないと約束します。もしも嫌だと言うのなら、仕方がありません』
 改めてガウェインのコクピットへと向けていた銃を構え治しながら、どうしますかと穏やかな声が尋ねる。
 戦力差は明らかだ。
 黒の騎士団がどれほどの奇策を持っていようと、ゼロがいない今、恐るるに足らず。一瞬で移動してしまうその能力は恐ろしくはあるが、数で圧倒してしまえばどうにかなる。
 この地に展開しているブリタニア軍にはスザクの他に、すぐ近くにラウンズであるジノとアーニャのふたりも控えている。戦闘になれば、どれほど地の利があろうとも、ブリタニアが圧倒的に有利だった。ルルーシュが人質として捕らえられていなければ。
「……ゼロと、話がしたい」
 ルルーシュを見捨てることはできない。けれど、このまま黙って黒の騎士団を見逃すことなどできない。徹底抗戦になろうとも、黒の騎士団を壊滅したい強い思いにスザクは揺れ動く。
 迷った末に希望を告げれば、困りましたねと年若い声が呟いた。
『抵抗されると困るので、捕獲する際に気を失ってもらいました。残念ながらお話はできません』
 一体いつの間にと、スザクは驚く。同時に、ルルーシュから一向に秘匿回線で連絡が入らないことにも納得がいった。気を失っているのなら、秘匿回線があろうとも通信を入れることはできない。
 ぐっと歯を食いしばったスザクは、懸命に考える。
 今ここでルルーシュを失うわけにはいかない。だからといって彼らの逃亡を見逃せるはずもなかった。多大な犠牲を払ってでもルルーシュを奪還し、目の前にいる黒の騎士団を殲滅させるべきだと結論を下そうとしたスザクに、通信機の向こうから駄目ですよと落ち着いた声を掛けられる。
『無理矢理奪還しようとしても無駄ですよ、枢木卿。だってあなたには、見えていなかったでしょう?』
 そう。見慣れない機体は、瞬きした一瞬でスザクたちの目の前に現れた。
 たった一瞬――。その間に一体どうやって護衛の機体をすり抜けて、しかもルルーシュの気を失わせたのか。あっという間の出来事に、スザクでさえ一瞬なにが起こっているのか状況把握ができなかった。
『あなたがどれほど強くても、どんな奇抜な作戦を立てようとも、僕から彼を奪い去ることはできませんよ』
「ぐっ」
『いい加減諦めてくれませんか? 他のラウンズふたりが気づくまで回答を伸ばすおつもりなら、実力行使でここを突破させてもらいます』
 決断をと。迫るその声に、スザクは屈するしかなかった。
「分かった。ただし、約束しろ。絶対に彼を傷つけないと!」
『交渉成立ですね。安心してください、枢木卿。僕のこの命に代えても、この方は守ります』
 敵の――黒の騎士団の手に、ルルーシュが完全に落ちた瞬間だった。
 悔しさに歯を食いしばり、拳を握りしめながら、スザクはただ黙って黒の騎士団がルルーシュと共に撤退していくのを見送るしかなかった。





 ルルーシュが攫われたときのことを思い出したスザクは、拳をぎゅっと握りしめる。
 屈辱にまみれた出来事から数時間。今なおあの時抱いた怒りと悔しさを忘れることなく、否――むしろ時間経過と共にさらに強くなっていく感情に、スザクは我を忘れそうだった。
 目の前でルルーシュを攫われたという事実に、怒りを、悔しさを誰かにぶつけてしまいたいという衝動をスザクはぐっと抑え込む。今は攫われたルルーシュを救出する方法を考えるのが先だと、自分に言い聞かせながら。
 総指揮官の不在――。それも、敵に攫われたなど前代未聞の出来事だ。










「侵入者です!」
「どこだ!?」
「それがっ」
 警備兵が皆まで言う暇もなく、完全武装した男たちがスザクたちの前に現れた。咄嗟の判断で柱の影に身を潜めたスザクたちは無事だったが、警備兵の男はいきなり乱射された銃弾によって大量の血を流しながら床へと倒れた。
「ちっ、いつの間に」
 常になく厳重な警備が敷かれていたというのに、一体どこから湧いて出てきたのか。それぞれ銃を携帯しているとはいえ、相手の手には見える範囲でも、自動小銃や機関銃が握られている。迂闊に飛び出せば銃弾の的になりかねない。相手の正体とこの状況から抜け出すべく、様子を窺っていたスザクたちは、その正体に気づいて目を瞠った。
「黒の、騎士団……っ!」
 ヘルメットを被っているとはいえ、全身黒ずくめの衣装にスザクは見覚えがあった。黒の騎士団が制服として着ている衣装を身につけた男たちが、どうしてこんなところに。否――厳重な警備が敷かれているはずの王宮の中心部に、黒の騎士団がどうやって侵入できたというのか。
 それよりも、情報部やシュナイゼルが散々探し回っても見つからなかった黒の騎士団がすぐ目の前に、手を伸ばせば届く距離にいることに、スザクとジノは歓喜する。
 帝国最強の12騎士ナイトオブラウンズ。近頃ではナイトメアフレームでの戦闘の強さだけでその称号を与えられていると誤解されがちだが、ただひとりを除いてラウンズは白兵戦でも戦える。いざというときに戦えないのであれば、騎士ではない。
 全ての銃弾を撃ち終わったのか、早く装填しろと慌てる声が聞こえてきた。その一瞬をスザクとジノが見逃すはずもなく、物影から飛び出したふたりは、ものの一瞬で完全武装した黒の騎士団の五人を戦闘不能へと追い込んだ。ゆっくりとした足取りで後から姿を見せたアーニャは、大量の血を流して倒れている警備兵の脈を取った後、ふたりへ向けて首を横に振った。
「お前たち、一体どこから王宮に侵入した!?」
 床にうずくまりながら呻いている五人の中から、適当にひとり見繕ったジノは、その首に手を掛けながら問いただす。
「し、しらなっ」
「知らないわけがないだろう!」
「ゼロに言われて、俺たちはっ」
「ゼロ……?」
 まさかと。ルルーシュを拷問でもして、王宮への侵入経路でも吐かせたのかと、ジノの視界は怒りで真っ赤に染まる。
「貴様、まさかゼロをっ!」
「ひいっ」
 ジノの怒声に本気で怯えた男は、ガクガクと体を震わせる。
 多少の訓練は受けたのだろうが、黒の騎士団の構成員の多くは元はただの一般人だ。軍で揉まれて鍛え上げられた人間ではない。脅せば簡単に屈する人間は少なくなく、ジノが脅した男もまたそのひとりだった。
 これではまともな情報を持っているはずがないとすぐに判断したジノは、最早興味はないといわんばかりに男を放り投げるように打ち捨てた。
「ゼロ様は、復活した。これで、お前たちブリキ野郎も終わりだっ!」
 ジノが打ち捨てた男とは違う男が痛みを堪えながら顔を上げるなり、壊れた玩具のように笑いながら声高に叫ぶ。
「ゼロが、復活した……?」
 ゆるゆると目を見開いたスザクは、ぽつりと零した。
 てっきりルルーシュのことだと勘違いしていたが、男たちの言うゼロが処刑されたはずのゼロだというのなら、話は全く変わってくる。
「貴様、今言ったことは本当か……?」
 ゆっくりとした足取りでゼロの復活を宣言した男の前に立ったスザクは、淡々とした口調で尋ねた。
「貴様に話すことはなにもない!」
 この裏切り者と罵倒する男を冷ややかに見下ろしたスザクはなんのためらいもなく、渾身の力で男の背を踏みつけた。
「もう一度聞く。ゼロの復活は本当なのか?」
 肺を圧迫され、まともに呼吸できなくなった男は、死への恐怖に懸命に顔を縦に振った。それに満足したスザクは、足で踏みつけることすら汚らわしいというように、すぐに男から足をどかした。
「スザク」
「本物か偽物かは分からないが、ゼロが復活したというのならこの状況にも納得がいく」
 ブリタニアを潰す。それがゼロの意思だ。
 どんな手段を使って、誰にも気づかれずに王宮内部に侵入したのかは分からないが、黒の騎士団とブリタニアの戦力差を考えれば、本国を叩くという手段は案外と悪くない。
「あの男が考えそうな手だ。僕は今すぐ陛下のところへ行く。ジノとアーニャはどうする?」
 いまや超大国となったブリタニアは、いわば植民地となった各国の寄せ集めだ。その大部分はシャルルのカリスマ性と軍事力で成り立っている。そのどちらかが欠ければ、混乱は必須。そしてそれを、あのゼロが狙わないはずがないとスザクは即座に判断した。
「もちろん、一緒に行くに決まっているだろう」
なにを馬鹿なことをと言いながら、三人はシャルルがいるであろう玉座へと急ぐ。途中、見つけた黒の騎士団のメンバーを倒しながら急いでいたスザクたちは、その足を慌ててとめた。
「ゼロ……?」
 何度も、何度も。夢にまで見た、処刑されたはずのゼロが、以前と変わらぬ姿ですぐ目の前に立っていた。その姿を認めた瞬間、怒りで我を忘れたスザクは、ジノとアーニャの制止の声を振り切って距離を詰めた。
 あと一歩。あと一歩というところで手が届きそうな距離まで詰め寄ったスザクは、向けられた殺気の強さにすぐに後方へと飛び退いた。と、ほぼ同時に、銃弾が床へとめり込んだ。あと少しでも後方へ飛び退くのが遅れれば、あの銃弾を浴びているところだった。
 スザクの目にはゼロしか映っていなかったが、敵陣の真っ直中で護衛も付けずに出歩いているはずがない。ましてや一度はブリタニアの手に落ちて、処刑された身だ。万全の体制を整えていると見て良い。
 体はゼロへと向けたまま、自分に銃弾を撃ち込もうとした相手を視線だけで見つけたスザクは、その目がこぼれ落ちそうなまでに見開いた。
「ジェレミア卿…………?」
 どうしてここにと。それよりも、どうして敵であるはずのゼロを守っているのかと。ぐるぐると頭に渦巻く言葉を、スザクはうまく吐き出せなかった。
 ただただ呆然と立ちつくしているスザクたち三人の前に、ジェレミアはゼロを守るように立ちはだかる。
「なんで……。どうして、ジェレミア卿! あなたはゼロの、ルルーシュ様の騎士だろう! それなのにどうして、その男を守っているっ!?」
 正気かと問いただすジノに、ジェレミアは不思議そうに首を傾げた。
「ヴァインベルグ卿はおかしなことをおっしゃる。今も昔も、私の忠誠はただおひとかたのものですよ」
 ならば、なぜと。
 同じゼロの名を持つとはいえ、その男はルルーシュではないと。そう言おうとしたジノの言葉をゼロが遮る。
「――ジェレミア」
 ただ一言。
 スザクたちとゼロの間に立ちふさがっていたジェレミアは、数歩横にずれた。なにも言わず、これまで正体を隠すために被り続けていた仮面に手を伸ばしたゼロに、スザクたちはただ黙ってその動きを目で追っていた。
 これまで頑なにその正体を隠し続けていたというのに、ついには両の手で被っていた仮面をゼロは脱ぎ捨てた。ふわりと舞い上がった艶やかな黒髪に、誰かが息を呑み込む。次いで見えた紫水晶(アメジスト)に、スザクたちは息をすることすら忘れた。
「流石と言うべきか。俺の目的に勘づいて、先回りして追いついたのはお前たちが最初だよ、ジノ、アーニャ、スザク」
「ゼ、ロ……?」
「なんだ?」
 いつものように穏やかに笑いながら小首を傾げるルルーシュに、三人は一瞬、現状を忘れそうになった。それぐらい、ルルーシュの笑顔はこの場には不釣り合いだった。
「ゼロ、なんで君が……」
 どういうことなのかと言葉にならないスザクの問いかけに、ルルーシュは艶やかに微笑む。




to be continued...