■花言葉




 きゃっきゃと楽しげに笑う子ども特有の甲高い声が本丸に響き渡る。
 縁側で目を閉じて寝そべっていた小狐丸は、楽しげな声にちらりと片目を開いた。
「何だ、起きたのか」
 すぐ傍で何やら夕食の下ごしらえという名のサヤエンドウのヘタ取りをしていた岩融は、くすりと笑いながらも顔を上げることなく、気配で目を覚ましたことに気づいた小狐丸へと声を掛ける。
「騒がしいな。今度はどのような遊びを見つけたのだ?」
 のそりと起き上がりながら、小狐丸は問う。
「さあな。また何やら主に聞いていたようだから、現代の遊びでも教わったのではないか?」
 楽しげに笑いながら答える岩融に、小狐丸は目を細めた。
 色々な遊びを主である審神者から教わっては、短刀たちが我先にと遊びに興じるのは最早見慣れた光景だった。たまに岩融も今剣に付き合って混じることもあるが、本日は内番の役目である食事当番ということもあってか誘われることもなく、こうして縁側でひとり夕食の下ごしらえをしていた。ちなみに、同じく本日の食事当番である歌仙兼定と獅子王は食堂で夕食の準備中である。
「……岩融は」
「うん?」
「不安ではないのか?」
「何がだ?」
 サヤエンドウからようやく顔を上げた岩融は、心底不思議そうな顔をしながら小狐丸へと振り返った。
「今剣が他の刀剣たちと楽しげにしている姿に、不安に思うことはないのかと」
「ああ、なるほど」
 納得がいったと、ひとつ頷いた岩融は前を向くと、どこか遠い目をしながら風景を眺める。
「あれはな、傷つきすぎた。来るんで、苦しんで、己をも責め立てた。長い歳月、あれにあったのは苦しみだけだ。だからこそ、楽しげに笑っている姿を見ていると、俺は逆に安心する」
 かつて主と慕った相手が自刃する際に用いられた今剣。他の短刀たちと遊んでいるときの姿からは想像を絶する体験をしたからこそ、ああして笑っている姿を見ていると安心するのだと。切なげに語る岩融に、小狐丸は黙り込む。
「お主は逆に不安なのか。まあ、相手があの三日月ならば仕方があるまい」
 天下五剣のひとつである三日月宗近。誰もが惹きつけられ、目を離さずにはいられない魅力が三日月にはある。小狐丸が不安に思うのは仕方のないことだった。
 なにせ三日月と小狐丸が恋仲だと知っていても、三日月に想いを寄せている刀剣たちは減ることを知らない。日々小狐丸が威嚇していることもあって迂闊に近寄ることはないけれど、隙を突いて接触を図られればどうしようもない。相手が相手名だけに、小狐丸の不安は増すばかりだった。
「だが、それでも三日月が選んだのはお前だ。不安に思うことなく、胸を張っていろ」
 あの三日月に選ばれたのだから、不安に思う必要はどこにもないのだと。告げる岩融に、複雑そうな表情を浮かべた岩融は立ち上がる。
「おっ、どこに行くのだ?」
「三日月を探しに」
 今にも不安に押し潰されそうで、三日月を抱きしめて安心したかった。
「難儀なことだ」
 がはははと大きな声で立てる岩融の笑い声を背に受けながら、小狐丸は三日月の姿を探す。
 三日月が立ち寄りそうな場所をいくつか探し回ってみたが、その姿はどこにもなかった。一体どこに言ってしまったのかと苛立っていれば、タイミング良く短刀たちの笑い声が耳に届いた。まさかと、小狐丸は足早に短刀たちの笑い声が聞こえる中庭へと急いだ。
「何をやっているのです?」
 予想した通り三日月は、短刀たちと一緒にいた。しかも、揃いも揃って庭の地面に這いずっている姿で。
 何をやっているのだと縁側に立ちながら呆れた声で問う小狐丸に、顔を上げた三日月はにこやかに微笑む。
「小狐か。どうした?」
「それはこちらの台詞です。地面をはいずり回るなど、何をしているのです」
 何も考えずに地面をはいずり回っていたのか、着物の裾が土で汚れていた。戦闘で傷つき汚れるならばいざ知れず、遊びごときで何をやっているのだと、小狐丸の口調は自然と厳しくなる。
「なに。四つ葉のクローバーとやらを探していたのだ」
「四つ葉のクローバー?」
「主様が四つ葉のクローバーはとても貴重な品で、見つけることができたらとても運が良いことなのだとおっしゃったので、なら僕たちで探してみようということになったんですが、ちょうどそこに三日月様が通りかかられてっ。あのっ」
 五虎退で慌てた様子で、状況を説明する。
「四つ葉のクローバーを見つけると、幸せになれるそうだ。だからな、ついでとばかりに俺も参加したんだ。小狐丸も一緒に探すか?」
 説明を受け継いだ三日月は、参加するに至った経緯を説明する。
 くだらないと一蹴しそうになった言葉を、小狐丸は呑み込んだ。
 短刀たちと楽しげにしている三日月に苛立ちを覚えたなど、表立って見せるのはどうにも子ども染みている。何よりこのまま三日月へと苛立ちをぶつければ、太刀である自分の威圧に短刀たちが怯えてしまうのは目に見えていた。今も五虎退が、機嫌の悪い自分に怯えていた。流石の小狐丸も、三日月とただ楽しそうに遊んでいるだけの短刀たちを怯えさせるのは気が引けた。
「……それで、見つかったのですか?」
「このように」
 見つけた四つ葉のクローバーを、三日月は誇らしげに掲げて見せる。
「三日月様が真っ先に見つけたんですよ! 僕たち、まだ全然見つけられないのに」
「あははは、こればかりは運もあるからな」
 流石三日月様だと、いまだ四つ葉のクローバーを見つけられずにいる短刀たちは褒め称える。
 何とも言い難い状況に黙り込んでいれば、楽しげに笑う三日月が小狐丸へと手招きする。いぶかしげに重いながらも縁側から降りて傍へと近寄れば、手を出せと一言告げられた。不思議に思いながらも片手を何気なく差し出せば、三日月は小狐丸の手のひらへと四つ葉のクローバーをぽとりと落とした。
「三日月?」
「お主にやろう」
「けれど、これは三日月のでは」
「俺は良いのだ。これはお前が持っていろ」
 有無を言わせない三日月に、小狐丸は頷くしかなかった。
 満足そうにひとつ頷いた三日月は、四つ葉のクローバーを探し回っている短刀たちへと再び混じる。放っておかれた形になった小狐丸は、四つ葉のクローバーを見つめながら顔をしかめた。
「四つ葉のクローバーの花言葉って知ってます?」
 他の短刀たちには混じらず、ひとり楽しそうに傍で見ていた乱藤四郎はひょこりと小狐丸の横から顔を覗かせる。
「花言葉?」
 何だ、それはと問う小狐丸に、乱はにこやかに微笑む。
「私のものになって、って言うんですよ」
 良かったですねととそれだけを言い残して、乱はひらりと立ち去った。ぱちりと目を瞬かせた小狐丸は、手のひらの四つ葉のクローバーをしばらくの間じっと見下ろす。
「三日月」
「なんだ?」
 顔を上げた三日月を小狐丸はすくうように抱き上げると、そのまま抱きしめる。周りの短刀たちが歓声を上げるのも気にせずに、小狐丸は三日月から離れることなく、ぎゅっと抱きつく。
「喜んで」
 たったその一言。その一言に、三日月は破顔する。
「愛しているぞ、小狐丸」
「私も三日月を愛しています」
 きゃーと大歓声を上げる短刀たちに、何事だと他の刀剣たちが駆け寄ってきてもなお、ふたりは抱き合っていた。



#小狐三日版深夜の真剣60分一本勝負
花言葉:四つ葉のクローバ「私のものになって」