■鶴丸国永のとある一日の一コマ
冬から春へと季節が移り変わり、度々灰色の雲に覆われていた空は久しぶりに雲ひとつない晴天となったある日――。
本日は出陣も遠征もなく、丸一日休みを与えられた鶴丸国永は、窓から差し込むやわらかな日の光を浴びながら、ひとり日向ぼっこをしていた。
ひとたび刀剣たちが集まれば騒々しいぐらいに普段は賑やかだというのに、出陣や遠征に多くの刀剣たちが出かけているせいか、本丸は普段の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。最初は静かで良いとさえ思っていた鶴丸は、誰の声も聞こえない本丸に妙な居心地の悪さを覚える。
多くの刀剣たちが出陣や遠征で本丸を空けているとはいえ、全員が留守にしているわけではない。鶴丸のように丸一日休みを与えられた刀剣や、内番で居残っている刀剣も少なくはない。そんな彼らの声も、なぜか全く聞こえてこない。
妙な不安に駆られた鶴丸は、起き上がるなり自室から飛び出した。
足早に本丸を見回ってみるが、誰ひとりとしてすれ違わない。これはいよいよおかしいと、主である審神者がいるはずの部屋へと飛び込んでみれば、そこはもぬけの殻だった。
何やら仕事を途中で放り投げた様子の机の惨状に呆れながらも、審神者も居残っているはずの刀剣も一体どこに行ってしまったというのか。まだ見回っていない場所はと思案していれば、賑やかな声が玄関前から聞こえてきた。何かを考えるより早く、鶴丸は声が聞こえる場所へと急ぐ。
「あっ」
何やら楽しげに玄関の扉をくぐる一期一振を見つけるとほぼ同時に、鶴丸はその後ろにいた五虎退と目が合った。あっと鶴丸が反応するより早く、驚きの声を上げるとほぼ同時に、五虎退は一期一振の後ろに隠れてしまった。
「五虎退、どうかしましたか?」
落ち着いた声で、急に背中に隠れてしまった五虎退へと一期一振は尋ねる。
「鶴丸さんが……」
「鶴丸さん?」
顔を上げた一期一振は、ぐるりと周囲を見渡す。すぐに見つけた鶴丸に、一期一振は納得したというように微笑む。
「起きたんですね」
「ああ。それより、どこに行っていたんだ?」
「主が万屋に行くとおっしゃって、私たちもついでにどうだと誘われたので、皆と万屋に」
「主は?」
「まだ万屋にいらっしゃいますよ。主に何か用事でも?」
「いや。本丸に誰もいないようだったので、どこに行ったのかと」
頭の後ろを掻きながら、鶴丸は視線をさまよわせる。
「すみません。寝ているようなので声をかけるのをはばかったのですが、声をかけておくべきでしたね」
よくよく見れば、一期一振の手には団子の包み紙が握られていた。どうやら茶の準備のために、本丸にいち早く戻ってきたようだった。
「いや。それより、その団子は?」
「主から俺たちにです。もちろん、鶴丸さんの分もありますよ」
「そうか」
ひとり本丸に置いていかれた寂しさは、きちんと自分の分の団子を買ってくれた主に消し飛ぶ。
口元に小さく笑みを浮かべれば、一期一振はくすくすと楽しげに笑う。
「なんだ?」
「いえ、鶴丸さんも団子はお好きなんだなあと」
「嫌いな奴は珍しいだろう」
「そうですね」
くすくすと楽しげに笑いながら頷く一期一振に、鶴丸は顔をしかめる。
「いつまで笑っているつもりだ、一期」
「すみません」
「まあ、良い。代わりにとびっきりうまい茶を淹れてくれよな」
「もちろんです」
頷いた一期一振は、五虎退の頭をくしゃりと撫でると鶴丸と共に台所へと向かった。