■いじわる
小狐丸の膝を枕にして、三日月宗近は縁側で寝そべっていた。
「兄上さま」
春の柔らかな日差しの温かさに目蓋を伏せていた三日月は、耳に心地良い声にゆるゆると目蓋を持ち上げる。
「なんだ、小狐」
「そろそろ私の相手をしてください」
耳をピクリと動かしながら、顔を覗き込む小狐丸に三日月はくすくすと楽しげに笑う。
「おや、拗ねたのか?」
「はい、拗ねてます」
いつもならそんなことはありませんと返す小狐丸は素直に頷いた。思わぬ答えに軽く目を見開いた三日月は、楽しげに目尻を下げる。
「兄上さま、何をお考えになりました?」
「いや、なに。俺の弟は寂しがり屋だなと」
「ええ、兄上さまに相手をしていただけないと、とても寂しいです」
だから起きて、相手をしてくださいと言う小狐丸に、三日月は伸ばした右手で長い髪を梳く。
「小狐、知っているか? 兎は寂しいと死んでしまうそうだ」
「何ですか、突然」
「なに。先日主が教えてくれてな」
くつくつと三日月は喉を鳴らす。
「そなたは狐だというのに、まるで兎だな」
「兄上さま」
「名は体を表すとは言うが、図体が大きいそなたが小狐丸という名の時点で間違いだと思っていたが、どうやら違っていたらしい」
「兄上さま、失礼ですが、兎が寂しいと死んでしまうのなら、野生の兎はどうなるのですか」
「おや、小狐丸は遊び心が足りぬな」
つまらんと拗ねた三日月は、撫でていた手を引き込めると、小狐丸から顔を背けて再び目蓋を閉ざしてしまう。
「兄上さま」
再び小狐丸が声をかけるが、拗ねてしまった三日月は顔を背けたまま、目を開こうともしない。
さて、どうしようかと思案した小狐丸は、唐突に思いついたことを試すことにした。
「兄上さま、好きです」
耳元に顔を寄せ、小狐丸は甘くささやく。
パッと目を見開いた三日月は慌てて体を起こすと、小狐丸から身を離した。ささやかれた耳を片手で押さえながら顔を真っ赤に染めた三日月は、信じられないものを見るかのように小狐丸を見ていた。
「何をっ」
「兄上さまが悪いのですよ。私の呼びかけを無視したりするから」
「それにしてもっ」
「それに、嘘は言ってはおりません」
ぐっと三日月は言葉を詰まらせる。
「……近頃、俺の弟は意地が悪い」
「兄上さまに似たのでしょうね」
散々からかわれて、苛められてきたのだ。これぐらいの意趣返しなど可愛い物だと、小狐丸は楽しげに笑う。
むうと唇を尖らせる三日月は誕生から千年が経つとは思えぬほどに可愛らしい。出会ったときも美しく、可愛らしい人だと思ったが、今もその思いは小狐丸の中で変わることはなかった。
すくっと立ち上がった三日月に、小狐丸はただ視線だけでその動きを追う。スタスタと近寄ってきたかと思えば、両の頬を両手で包み込まれる形で顔を上向かされた。
「兄上さま?」
軽く触れるだけの口づけを唇に落とされ、今度は小狐丸が目を見開いた。
「俺をからかうなど、あと百年は早い」
くすくすと楽しげに笑う三日月に、今回も完敗だと小狐丸は両の手を掲げるしかなかった。