■償い











「またここにいたの、グラン・パ」
 ひとり青の間にいたジョミーは、テレポートで音なく現れたトォニィに閉じていた眸を開けた。
「何の用だ、トォニィ」
 振り返らず、背を向けたまま、ジョミーは冷たく問いかける。ナスカにいた頃からは考えられない冷たい態度にトォニィは一瞬怯む。すぐに気を取り戻したトォニィは、ジョミーへと縋る眼差しを向けた。
「ねえジョミー、ここにいてもブルーは戻ってこない」
 ミュウ殲滅作戦のおり、同胞たるミュウをナスカから逃がし、守るためにその命を散らしたブルー。かつて彼が眠っていた青の間へと、ジョミーは度々訪れていた。暇さえ見つければ青の間へと足を運ぶジョミーに、最初の頃はトォニィも黙っていた。ブルーを亡くしたジョミーの辛さを、悲しみを、憤りを、その冷たい感情の下に隠していることを知っているから。時間が少しずつジョミーの傷を癒してくれると思っていたから。でも、ジョミーの傷は癒えるどころか、深くなっていく。青の間へと足を運ぶ回数も近頃は増えていく一方だった。
 トォニィの言葉に反応すらせず、ジョミーはただ懐かしそうにベッドの上を優しく撫でた。今はもうここにはいないブルーを思うその様子に、トォニィはずきりと胸に痛みを覚える。ショックすら受けたトォニィは、振り返ってもくれないジョミーへと声を荒げる。
「ジョミー!」
「トォニィ、用がないのなら出て行け」
 完全な拒絶――。心すらすでに覗かせてくれないジョミーに、それでもとトォニィは縋る。
「ジョミー、僕は……っ」
「トォニィ、二度は言わない」
 出て行けと拒絶する背中に、涙を滲ませながらトォニィはジョミーの背中を見つめる。縋っても駄目なのだと思い知らされたトォニィは、テレポートでその姿を消した。
 遠くに消えたトォニィの気配に、かつてブルーが寝ていたベッドへとジョミーはゆっくりと上半身を預けた。すでに温もりが消えて久しいベッドには、刻まれたようにブルーの思念が残っている。優しいその思念は、いつだって穏やかな気持ちにさせられた。ここにいれば安心なのだと、そう思えたのはもうずっと昔のことのように思える。今はもう悲しみしか浮かばないその思念に、ジョミーは一筋の涙をこぼした。
「分かっているよ、トォニィ。ブルーはもう、戻らない」
 最後に見たブルーのその表情で、全てを悟った。ブルーはもう帰っては来ないのだと。分かっていても、帰りを待って、待って――。
 その気配が完全に途絶えたとき、泣き崩れなかったことが奇跡だった。彼の意思を、ブルーに代わってソルジャーの使命を負っていなければ、あのとき追いかけて行けた。追いかけることができたら、彼を死なせずに済んだかもしれない。言葉にできない後悔が、ジョミーを今なお苛む。
「あなたと共に、地球へ行きたかった……っ」
 地球に焦がれ続けてきたブルー。焦がれて、焦がれて、たったひとりで逝かせてしまった。痛みに呻きながら、ひとり寂しく逝ったのだろうか。せめてもの願いは、彼の苦しみが一瞬であったことを祈るしかない。
 まだミュウに馴染めなかった頃、泣いて青の間へと訪れたジョミーへとブルーはよく頭を撫でてくれた。ジョミーの感情に反応した青の間へと残ったブルーの思念は、泣いているジョミーの頭をゆっくりと撫でる。触れることのないそれが、余計に悲しみを募らせた。

 ――ジョミー、僕の愛しい子。ミュウの希望よ。

「ぼくの決断が、あなたを寂しく逝かせることになってしまった。ブルー、ぼくは……っ」
 顔を上げたジョミーは、以前と変わらずに優しく微笑むブルーの思念に涙をこぼす。次から次に溢れる涙を拭うように、そっとブルーの指が頬を撫でた。

 ――泣かないで、僕の愛しい子。君は笑顔が似合うのだから。

「ブルー……。もうぼくは、笑い方すらも忘れてしまいました」
 感情が豊かすぎると怒られたのは、一体いつのことだったか。今はもう、笑い方すらも忘れてしまった。あの日、ナスカが崩壊したあの瞬間、多くのものがナスカと共に散った。豊かすぎると言われた感情もまた、そのひとつ。
「だからせめて、あなたが望んだ地球へ……」
 ミュウを導けと。その意思をジョミーは継ぐ。地球へとたどり着き、ミュウを排除しようとする全てを破壊する。それが例え、人を滅ぼすことになろうとも――。
「ぼくらが望んだ束の間の幸せすらも奪ったその罪を、自らで償え、グランドマザー」
 S.D.体制がミュウを拒絶するなら、その全てを破壊する――。ブルーの思念に頬を撫でられながら、ジョミーは冷ややかに呟いた。