■別れの時まで
シャングリラの中庭でひとり昼寝をしていたジョミーは、ぱちりと目を開く。何度か目を瞬いたジョミーはくすりと笑うと、仕方がないなあとどこか楽しげに呟いた。
スッと息をするかのように中庭からテレポートしたジョミーは、ブルーが眠る青の間へと音を立てずに訪れた。静かな寝息を立てながら穏やかにベッドへと眠るブルーへとジョミーは近づく。
ブルーの目覚めは、徐々に感覚が狭まってきている。それと同時に、目覚めていられる時間もまた、少しずつ減ってきていた。
三百年という人から見れば長い長い時を、ブルーは生きてきた。その間人間との戦いで酷使し続けてきた肉体はすでに悲鳴を上げ、限界に達しようとしている。今もこうして生きていられるのは、永い眠りについて体力の温存しているからに過ぎない。
肉体が生きていけるだけの必要最低限の力だけを使い、それ以外は眠りと共に停止してようやく、今もなお命を紡いでいられる。もしもブルーが戦いに赴くようなことがあれば、そのときは確実に命を落とすことになる。それほどまでにブルーの肉体は限界に来ていた。
自分はブルーの、そしてミュウの希望。そしてもう戦うことができなくなってしまったブルーに代わって、ソルジャーとしてミュウを導き、守る者。
共に生きられないことは最初から分かっていた。それでもせめて一日だけでも長く生きてほしいと、ジョミーは願わずにはいられない。触れ合えなくても、会話を交わすことができなくても、こうやって側にいてくれるなら、それでジョミーは満足だった。
それ以外は望まない。だから、せめて一日でも長くと。眠るブルーの頬へと手を伸ばしたジョミーは、そっと耳元へと唇を寄せる。
「起きて下さい、ブルー。呼んだ張本人が眠っていてどうするんですか?」
眠っているはずのブルーからテレパシーで呼びかけられたから訪れたというのに、呼んだ張本人はいまだ眠りに就いたまま、起きる気配を見せない。むうっと頬を膨らませたジョミーは、昼寝の最中に起こされたこともあり、そっとブルーの隣へと躰を潜らせる。くすくすとどこか恥ずかしげに笑いながら、ジョミーはすぐ隣にあるブルーの顔をしばらく眺めた。
「大好きです、ブルー」
言葉は惜しまない。いつ訪れるか分からない別れのときは、刻一刻と迫ってきている。別れのときに後悔はしたくない。できれば笑って見送りたい。泣けば、ブルーはきっと心配するから。死んでまでもブルーを心配させないようせめて――。ブルーの温もりを隣に感じながら、ジョミーは目蓋を伏せた。
覚醒する。久方ぶりの目覚めは思考が鈍っているのか、どこかぼんやりとする。夢現でジョミーへと語りかけたような気がするが、気のせいだったのかと目を瞬きながら周囲を見渡したブルーは固まった。
「……ジョミー……?」
隣に眠る愛し子に、どうしてここにとブルーは首を傾げる。今まで一度だってジョミーが隣で寝ていたことはなかった。一体どうしたのだと疑問を抱いたブルーだったが、即座にその理由に見当が付いた。
「夢じゃなかったんだね……」
夢現でジョミーへと語りかけていたなんてと。無意識の行動に、自分がどれほどジョミーに飢えているのか思い知らされたようで、恥ずかしくなる。
「わざわざ来てくれたんだね」
応えてくれたジョミーに、胸がくすぐったくなる。本当にジョミーは、いつだって夢中にさせてくれる。これ以上ジョミーに夢中になっても仕方がないほど、すでに夢中なのに。愛おしさを隠すことなく、ブルーはジョミーの額にかかっている髪をそっと指先で払う。
穏やかな寝息を立てて眠っているジョミーから疲労の色は見えず、ブルーはほっと安堵する。人間との戦いは年々熾烈になっていく。ブルーもまた人間との戦いに幾度となく赴き、同胞を守ってきた。人間との戦いがどれほど過酷で辛いものなのか、それまで戦ってきたブルーだからこそ知っていることがある。疲労の色がまだジョミーには見えないことから、今はまだ大丈夫なのだと知れる。
自分たちは人間を脅かすつもりはない。だから人間もまた自分たちを放っておいてくれれば良いものを、彼らは執拗に追いかけてくる。せめて手助けできるだけの力が残っていれば良いのにと、思わずにはいられない。
すでに同胞はおろか、自分自身すら守れないほどに、躰が弱まってきている。完全に命の灯火が消えるまで、おそらくあとわずか。もう長くはない時を思いながら、ブルーはジョミーを起こさないように、そっと額へと口づける。
「愛しているよ、僕の愛し子。せめて今だけは――」
年々熾烈になっていく戦い。せめて今だけは安らかに眠っていてほしかった。
「お休み、ジョミー。良い夢を」
優しい夢を、どうか一日でも長く――。