一番の……




「お前は俺に冷たい!」
 マクギリスの自室で、椅子の背もたれを正面して据わっていたガエリオは、ひとり大人しくベッドへと座りながら本を読んでいたマクギリスへと訴え出た。
「なんだ、藪から棒に?」
 読んでいた本から顔を上げたマクギリスは、顔をしかめる。
 休みを利用してガエリオと共にボードウィン家へと遊びに行ったのは昼間のことだった。寄宿舎へと戻る車の中からなぜか不機嫌だったガエリオに、マクギリスは理由を問うことなく放っておいた。
 話したいことがあれば自分から話すだろうと放置したマクギリスに、へそを曲げてしまったガエリオは寄宿舎へと戻ってからずっと無言でマクギリスに付きまとっていた。ついには自分を無視して本を読み始めてしまったマクギリスに、先にガエリオが根負けした。
「親友の機嫌が悪くなったのなら、どうしたんだって普通は聞くだろう!?」
「どうしたんだ、ガエリオ?」
 これで良いかと、明らかに投げやりな態度のマクギリスにガエリオは腹を立てる。
「違う!」
「まったく。なにが気に入らないんだ?」
 言ってみろと。聞くだけ聞いてやると、読んでいた本を閉じたマクギリスは、ベッドへと放り投げた。
「お前はアルミリアに甘すぎる」
「…………そうか?」
 ガエリオの妹であるアルミリアは、今年産まれたばかりの赤ん坊だ。随分と年の離れた兄妹ではあるが、ガエリオは年の離れた妹であるアルミリアをことのほか可愛がっていた。
 アルミリアを猫可愛がりしているガエリオに言われたくない台詞ではあるが、へそを曲げてしまったガエリオはことのほか面倒臭い。馬鹿かと一蹴してしまっても良かったが、そうすればさらに面倒なことになることが目に見えていたマクギリスは、仕方なく付き合ってやることにした。
「そうだ! 大体、アルミリアもアルミリアだ! 他人である男の腕でぐっすり眠ってしまうなんて!!」
 要点はそれかと、マクギリスは内心でため息をつく。
 人見知りするようになったアルミリアは、男性の腕に抱かれると大泣きするようになった。兄であるガエリオはもちろん、父親であるガルス・ボードウィンに抱かれた途端に大泣きしてしまうアルミリアだったが、なぜかマクギリス相手だと泣かなかった。
 近頃は夜泣きもひどく、中々寝付かないという話だったのに、なぜかマクギリスが抱き上げたところ泣き喚くこともなく、むしろあっさりと寝付いてしまった。
 驚いたのは周囲だ。あれほど周囲を手こずらせていたアルミリアがあっさりと眠ってしまったのだ。
 そのままベビーベッドへと寝かせようとしたが、マクギリスの腕から離すと途端に起きてしまう。仕方なくマクギリスは、ボードウィン家に滞在中のほとんどをアルミリアを抱っこしていた。
「それで。お前はなにに対して怒っているんだ? 俺がアルミリアを独り占めしていたことか? それとも、俺がお前を無視して、アルミリアにかかりっきりになっていたことか?」
 どちらだと呆れながらも尋ねれば、仏教面のままガエリオは黙り込んだ。
「ガエリオ」
「…………どちらもだ。アルミリアは俺の妹だ。だけど、お前をアルミリアに取られるのは腹が立つ」
 目を反らしながらむすっと答えた友人に、マクギリスはため息をつく。それにびくつくガエリオに、仕方がない奴だと笑ったマクギリスは笑った。
「なあ、ガエリオ」
 完全に拗ねてしまった友人の頭を撫でながら、内緒話をするかのようにマクギリスはガエリオの耳元に口を近づけた。
「お前は俺の一番の友だよ。それは、これからなにがあろうと変わらない」
 ゆっくりとだが、ようやく顔を上げたガエリオにマクギリスは微笑む。
「……俺が、一番?」
「なんだ、自覚なしか?」
 くつくつと喉を鳴らして笑うマクギリスに、ガエリオは顔を真っ赤に染める。
「だって、お前なあ!」
「いつだって俺の隣を許しているのは、お前だけだ。お前にしか許さない」
 まるで愛の告白のようだと思っていれば、顔を真っ赤にさせたガエリオは慌てて立ち上がると、マクギリスへと指を突き刺した。
「……その言葉、違えるなよ!」
「もちろんだ」
 あっさりと頷けば、ガエリオはくそっと片手で頭をかきむしりながら吐き出した。
「ああ。でもアルミリアの将来が心配だな」
「なんだ、急に」
「アルミリアの趣味は、ガエリオにそっくりだと言っているんだ。変な男に捕まらないと良いが」
「なんでアルミリアの趣味が、俺とそっくりだと言えるんだ。それよりも、俺の趣味が悪いと言っているのか?」
「だってガエリオ、この顔が好きだろう?」
 自分の顔を指差しながら尋ねれば、ガエリオは絶句していた。
「なんだ、嫌いか?」
 小首を傾げるマクギリスに、今度は両手でガエリオは頭を掻き毟った。
「ああ、好きだよ。こんちきしょう!」
 思った通りの反応に、マクギリスは声を立てて笑う。それに、ガエリオは悔しげに顔を歪めた。