願い
「………………」
何度も目を瞬かせながら、石動は目の前のソファーで眠りこけている人物を見下ろす。
石動が所用で部屋を抜け出していたのは、わずか十分前のことだった。すぐに用事を済ませて部屋へと戻ってみれば、いつの間にか上官でもあるマクギリスはソファーの上で眠りこけていた。
わずか十分の間に一体なにがあったのか。ぐっすりと眠り込んでいるのか、すぐ傍まで近寄っても起きる気配のないマクギリスに、石動はただただ戸惑う。
とくに急ぎの仕事もなく、このままマクギリスが眠っていても支障はない。とはいえ、この場合は寝かせたままが良いのか、それとも起こすべきだろうかと石動は悩む。
せめて出かける前に一言声を掛けてくれれば、ここまで悩まなくても済んだのに。
さてどうしようかと悩んだ石動は、こんなことは滅多にないだろうからと、美貌の持ち主である上官の顔をじっくりと観察することにした。
まるで精巧な人形のように整った顔立ちをしたマクギリスは彫りが深く、眠っていればまるで美しい絵のようだった。意外にもまつげは長く、その肌は染みひとつない。これが本当に同じ人間なのかと時たま疑いたくなる。
「……本当に、綺麗な人だ」
その昔、まだ石動が幼かった頃、母がよく読んでくれた絵本の中に登場していた王子様。その王子様にマクギリスは良く似ていた。
絵本の中の王子様は、お姫様と末永く幸せになりました。めでたし、めでたしと絵本では締めくくられていたが、果たして本当に王子様は、お姫様と幸せに暮らしていたのだろうか。
叶うことならば、マクギリスの夢が叶い、将来アルミリアと結婚したその時、傍らに立っていたい。それが、嘘偽りのない石動の願いでもあった。
自分の隣でなくて良い。ただただマクギリスが穏やかに微笑んでさえいてくれれば、石動にとってそれが、この上ない幸せでもあった。
「ずっとお傍に置いて下さい、准将」
最期の、その時まで。この命に代えても、その身を守るために。