甘い肌
CGSから鉄華団と名を変えてから、事務仕事ばかりこなしていたオルガはこの日、久々に短時間だけとはいえトレーニングに勤しんだ。
動かさなければ体は鈍る。民間警備会社とは響きは良いが、いわば傭兵だ。体が資本とも言うべき組織で前社長のマルバのようにでっぷりと太るのだけは絶対に嫌だと。なんとか時間をやりくりして、ようやく空いた時間で三日月と共にトレーニングを行ったオルガは、終わる頃には呼吸が乱れ、大量の汗もかいていた。対して三日月といえば、汗こそかいているものの、呼吸はひとつも乱れることなく平然としていた。
普段からトレーニングを行っている三日月と、こうまであからさまな差が出てしまったことに悔しく思いながらも、たっぷりと汗を吸い込んだシャツを着替えるべく、オルガは男らしく上着を脱ぎ捨てた。替えのシャツへと手を伸ばそうと身を屈めた瞬間、ぬるりとした感触が背中に走る。
パッと背中に手を回しながら身を屈めたオルガは、一体何事かと慌てて振り返れば、きょとりと目を瞬かせた三日月がいつの間にか背後に立っていた。一体いつの間にと驚くと同時に、なにが起こったのかすぐには状況が判断できなかった。
「ミカ」
「なに、オルガ」
いつもと変わらない、淡々とした調子で返してくる三日月にはなんの異変も感じられない。
「お前、今なにした?」
「オルガの背中を舐めただけだけど」
駄目だったと。小首を傾げる三日月に、深々とため息をつきながらオルガはしゃがみ込む。
「ミーカー」
「オルガ、怒ってる?」
「怒ってない」
「けど」
「呆れてるだけだ。どうして俺の背中を舐めたりしたんだ? 汚いだろう」
トレーニングで大量の汗を流したばかりだ。シャワーも浴びずにいる肌など汚れているのに、どうして舐めたりしたのだと呆れながらもオルガが問いただせば、三日月はんーと少しの間思案した。
「甘そうだったから?」
首を傾げながらも答える三日月に、ただただオルガは呆れるしかなかった。
「舐めてみて、甘かったか?」
「しょっぱかった」
「だろうな」
褐色の肌とはいえ、人間の肌が甘いはずがない。そもそも、まだ汗が滴り落ちている背中を舐めたりしたら、汗を舐めるようなものだ。しょっぱくても不思議ではない。
「次はもう舐めるなよ」
甘くないと分かっただろうが、三日月のこと、言わなければまたやり返す恐れがあった。案の定返事のない三日月に、オルガは叱りつけるかのように名を呼ぶ。
「ミカ」
「分かった」
渋々とではあったが頷いた三日月に、ひとまず安心したオルガは着替えるべく、替えのシャツへと手を伸ばすために三日月へと背を向けた。
ぺろりと。まるで獲物を狙うかのように鋭い眼差しでオルガの背を見つめながら、三日月は唇を舌で舐める。そうっと息を殺した三日月が、オルガの背へと伸ばした手が届くまで、あと――……。