Dream interstice
「やはり、お前が来たか、キラ」
狂気を宿した眸で、クルーゼは友であり、同時に己の唯一の王たるキラを見下ろす。
「これ以上被害を大きくはしたくはないからね。それに、君がそうなった原因を作ったのは、僕だ」
人間を誰よりも愛していたクルーゼ。
その彼が、闇の眷属を、人間を、種族を問わずに殺戮し始めたのはいつの頃だったか。
始めは誰も気づかなかった。
被害が少なかったというのもあるが、誰もがその犯人がクルーゼだと想像にすらしていなかったというのが、最大の理由だろう。
日に日に被害が増大し、キラがクルーゼと接触したその瞬間、一連の事件の犯人がクルーゼだと判明した。
誰もが想像にすらしていなかった犯人の正体に驚愕していた隙に、クルーゼは逃げ出した。
当初、誰もがすぐにクルーゼは捕まると考えていた。
キラもまた、その1人だった。
だが、多くの人間と闇の眷属を殺害したクルーゼは、殺害した者たちから奪った血により、本来の魔力が嘘のように巨大化し、特殊能力を彼へと与えていた。
それを知らない追跡者たちは、ことごとくクルーゼの手にかかり、1人も生きて戻ってくる者はいなかった。
ただ1人を除いて。
「ああ、そういえば、そうだったな」
今気づいたと言わんばかりに、クルーゼは驚く。
「私の婚約者を殺したのは人間のハンターだった。だが、ハンターを、協会を設立したのは、他の誰でもない、キラお前だったな」
闇の眷属や協会でさえ、知る者が少ない真実。
生きるために人を狩り、血を食らうのは良い。
だが、己の快楽のために必要のない狩りをする闇の眷属もまた存在した。
そんな彼らの行いに歯止めをかけるため、キラは己に忠誠を誓ったダンピールに協会を設立させた。
不要な殺戮をする闇の眷属を葬ってもらうために。
その為に協会を設立させたが、協会を創立者の1人であるダンピールが亡くなってから、協会の存在意義は変わってしまった。
不要な殺戮をする闇の眷属を葬るためにあった協会は、いつの間にか闇の眷属を葬り去るための存在となった。
それからというもの、それまで闇の眷属に味方していた人間たちを、協会は秘密裏に葬り始めた。
何とかそれを食い止めようとキラが動き始めた矢先、何者かの手によってクルーゼの婚約者が攫われ、数日後、亡骸となってクルーゼの元に帰ってきた。
婚約者が生きる術だったと言っても良いクルーゼは、その瞬間から狂っていったのかもしれない。
「ラウ、そのことについては許してほしいとは言わない。全て僕の責任だから。そして、君が狂気に走ったことも、僕の責任だ。だから――」
一旦言葉を切ったキラは、次の瞬間、クルーゼの胸へと飛び込んだ。
「他の誰でもない、僕が君を殺す」
一瞬の出来事だった。
瞬きする暇もなく目の前に現れたキラによって、クルーゼは胸を貫かれた。
「……流石、吸血王………っ」
感嘆の声を上げながら、クルーゼは口から大量の血を吐き出す。
「ラウ、ごめん」
すでに立っている気力もないのか、もたれかかってきたクルーゼを抱きしめながら、キラは謝罪する。
大切な友だった。
自分が吸血王であることを知りながら、それでも気さくに話しかけてきてくれた数少ない、心許せる友。
その1人を、どんな理由があろうと、その手にかけた。
それは裏切り行為にも等しい。
「…謝るな、キラ……」
喘ぎながら、今にも泣き出しそうな友であり、己の唯一の王たるキラを、力が入らない腕でクルーゼは抱きしめる。
「ラウ……」
「お前がしたことは、正しい…」
「…ラウ……っ」
「闇の眷属を統べる唯一の王たる吸血王・キラ」
今の闇の眷属たちのどれほどが、吸血王の名前を知っているだろうか。
そして、吸血王の悲しいほどの運命を。
できることならば、目の前の優しい吸血王を慰める存在でありたかった。
だが、結局自分は彼を悲しませることしかできなかった。
だからこそ、クルーゼは逝く前に必死に言葉を紡ぐ。
「お前は、王として正しい道を歩め……。私が殺した数多くの者たちのためにも…」
種族を問わずに、目の前にあった命を葬ってきた。
ただ1人、立ちはだかろうとした友の命だけは、奪えなかったとはいえ、手酷い傷を負わせてしまったことが、今でも悔やまれる。
キラにとっても、クルーゼにとっても、数少ない友であるダンピール。
今彼は、どうしているだろうか。
「……キラ、アンドリューは…どうしてる?」
「無事だよ……。今も、生きてる…」
「…そうか……」
その答えだけで、クルーゼには十分だった。
浅くなっていく息遣いに、クルーゼは自分に残されている命の時間を知る。
「…最期に……正気に戻れて、良かった……」
浅くなっていく息遣いに、クルーゼは自分の残されている命の時間が、そう長くないことに気づく。
優しい吸血王に心からの思いを伝えるべく、クルーゼは最後の力を振り絞る。
「ラウ……?」
「キラ、ありが――」
最期の言葉は、最後まで紡がれることは永遠にこなかった。
事切れたクルーゼに、それまで堪えていた涙が、キラの頬をつたう。
「……ラウ、ラウ、ラウ………っ」
それから1ヶ月後、1人の闇の眷属がこの地から姿を消した。
fin.