■気づいた嘘
「なんでだー!!!」
本日何度目か分からないわめき声に、こちらも本日何度目か分からない溜息をつく。
「いい加減にしなさいよね、シン」
「ルナマリアは、悔しくないのかよ!」
「大切なお友だちを奪われて悔しいのは分かるけど、レイのあの笑顔を見ちゃったら、何も言えないわ」
告げて、ルナマリアが視線を向けた先には、満面な笑みを浮かべたレイがいた。
しかも、その笑顔を向けているのは、敵として戦っていたフリーダムのパイロットであるキラ。
シンが悔しがる理由も分からないわけではないが、レイの幸せを考えるのなら、ここは大人しくしておくのが、互いのためだ。
下手に邪魔だてして、レイを悲しませるのはルナマリアにとって不本意なことでもある。
レイを悲しませるイコール、シンが傷つくことに繋がるからこそ、尚更に。
「そうだ、それだ。レイは騙されているんだ!」
「レイが、フリーダムのパイロットに?」
「だってレイは、あんなにもフリーダムのパイロットを憎んでいたんだぞ? なのに、どうしてあんな綺麗な笑顔を向けるんだ? 騙されているからに、決まっている!」
自己完結で終わってしまったシンの考えに、ルナマリアは呆れる。
あのレイが、憎んでいた相手に騙されるとは考えられない。
どちらかというと、フリーダムのパイロットよりも、レイの方が騙すのが得意だと考えてしまうのは、長年の付き合いで、レイの性格を嫌と言うほど知っているせいか。
レイの本性に気がついていないシンが、忠犬よろしく、ご主人様を奪われたのが相当悔しいのか、正常な思考さえ失っていることに気がついていながら、あえてルナマリアは何も言わない。
ここまで正常な思考が失われているのなら、ガツンとレイに言われなければ、正気に戻るのは難しいだろう。
下手に第三者から何かを言われ、更に暴走されては、たまったものではない。
シンが傷つく姿は見たくないが、ここは一回傷ついて、正気に戻って貰おう。
そうしなければ、進む話も、進まなくなる。
停戦中とはいえ、敵陣の真っ直中にいることを忘れているシンには、良い薬にもなるだろう。
「じゃあ、フリーダムのパイロットに文句を言いに行けば?」
ルナマリアの背中に、悪魔の羽が生えていることに気づかず、名案だとシンは笑顔を浮かべる。
どこまで素直なのか呆れてしまうが、それがシンの良いところでもあるのだから、怒るに怒れもしない。
「ありがとう、ルナ! 俺は、早速行ってくる!!」
「って、待ちなさい!!」
本当に今すぐキラの所に行こうとするシンの馬鹿正直さに、ルナマリアは慌ててシンの腕をつかんで、引き止める。
せっかく立てた計画を、ここで無意味にされてしまっては堪ったものではない。
「レイが騙されているなら、ここは真っ正面に行っちゃ駄目でしょう!」
「そう、なのか?」
「そうなの! こういう場合、レイがいない場所で文句を言うこと!! 分かった?」
首を傾げるシンに、ルナマリアは怒鳴る。
どこまで馬鹿なのかは分からないが、良くこれで、エースパイロットになれたものだ。
もしかしたら、馬鹿だからこそ、エースパイロットになれたのかもしれない。
猿もおだてりゃ木に登るということわざ通り、ある意味シンも、レイに煽てられてエースパイロットになれたと言っても過言ではないことを思い出したルナマリアは、レイの偉大さを改めて思い知る。
「でも……」
「でもじゃない! もしその場にレイがいてみなさい。騙されていることに気がついていないレイが、フリーダムのパイロットをシンから庇うのは目に見えているわ。そうなれば、レイはもう、シンの言葉を聞かなくなるわよ。良いの?」
「分かった。フリーダムのパイロットがひとりっきりになった時を狙えば良いんだな?」
レイを悪魔の手から救うのが目的なのに、レイから嫌われてしまうのは、元も子もない。
それをようやく理解したシンは、真剣に頷く。
本当の悪魔が、目の前にいることに気がつかずに。
「私がレイを引きつけておくから、その後シンは行きなさい」
素直に頷くシンに、お尻に生えている尻尾を揺らしながら、ルナマリアは不敵に笑った。
コーヒーが入った紙コップを片手でもちながら、椅子に座りながらレイは苦笑する。
「すまなかったな、ルナマリア」
「そう思うなら、あともう少ししたら、シンの所に行って、思いっきり叱ってよね」
ルナマリアがレイを呼んだ後、ひとりっきりになったキラの元へ向かったシンは、今頃見当違いなことをキラに言っている頃だろう。
頃合いを見計らって、叱れと告げるルナマリアに、レイは困惑する。
「ルナマリアは、シンが好きなんだろう?」
「ええ、そうよ。誰かさんは、それを知っていて、良く邪魔してくれていたけれど」
「悪かった。あの頃は、焦っていたんだ」
「焦る? レイが?」
信じられないと、ルナマリアはレイを凝視する。
いつも冷静沈着で、初めて敵と戦った時でさえ、冷静だったレイが焦る姿など、ルナマリアには想像すらできない。
「あとで事情を説明するよ」
「そうしてよね。ああ、好きだからって、何をしても許してあげられる訳じゃないのよ」
「ルナマリア?」
「私以外の人が好きなのに、私が好きって言う馬鹿には、きついお灸が必要だと思わない?」
「……ルナマリア…」
大きく目を見開いて驚くレイに、ルナマリアは笑う。
それは、見ている側が痛々しく思うほどに、優しい笑みで。
「レイもシンのことが好きなのに、どういうわけかくっついてないし、あの馬鹿は、いまだ勘違いしているし。理由によっては、騙されてやっても良いわ」
「すまない、ルナマリア」
「謝らないで。自分が、惨めになるじゃない」
明るく笑うその姿に、レイは目を細めた。
「……ルナマリアは、強いな」
「女はね、意外と打たれ強いのよ! だからといって、何をしてもいい訳じゃないわよ」
「分かってる」
「そう。ところで、もうそろそろ行った方が良いんじゃない?」
目の前にある時計へ視線を向ければ、レイは大人しく頷いた。
「そうだな」
シンとキラを追おうと立ち上がったレイは、何かを思い出したのか、隣に座っていたルナマリアを見下ろす。
「ルナマリア」
「なに?」
「ありがとう」
ただ、ありがとうと。
感謝の気持ちを込めて告げれば、ルナマリアは今にも泣き出しそうな笑みを浮かべた。
「どういたしまして」