■紡がれた願い
苦虫を噛み潰したようというのは、まさしく今の自分のことを言うのではないだろうかと、アスランは考える。
視線を彷徨わせ、絶対に目を合わせようとしないキラの背後に、レイを見つけた瞬間、言葉を失った。
――なぜ、レイがここにいる?
それが、最初の疑問だった。
きっと、キラのことだから、レイを拾ってきたのだろうとは簡単に想像が付くが、レイがキラの手を取ったことが、アスランにとっては驚き以外の何ものでもなかった。
冷静沈着で、唯一ギルバート・デュランダルに関してのみ、その感情を動かすレイが。
デュランダルと敵対していたキラの手を取った上に、目を真っ赤にして、キラの背中に隠れているレイなど、部下として接していた頃からは、とてもじゃないが考えられない。
今、この瞬間でさえ、これはレイに似た、赤の他人ではないかと、考えてしまうぐらいに。
「そんなわけで、連れて来ちゃったんだ」
先にエターナルに戻っていたアスランは、帰ってきたフリーダムから降りてきたのが、キラただひとりだけではないことに、周りにいた整備士たちとともに驚いた。
しかも一緒にいたのが、ザフト軍のパイロットスーツを着ており、挙げ句の果てには、アスランにとっては歓迎できるはずもない知り合いで――。
レイを背後に隠すように、アスランに詰め寄られたキラは、メサイアで起こったこと、全てを打ち明けた。
タリアがデュランダルと共に、メサイアで亡くなったことを。
そして、レイがデュランダルを撃ったことを。
「……レイは、良いのか?」
デュランダルをその手にかけてしまったことも。
キラの手を取り、この場にいることも。
全て、それがどんな意味を持つのか分かっているのかと。
「……俺は、俺がしでかしてしまったことを、よく分かっています」
例えそれが、デュランダルの命令だったとはいえ、それを実行に移したのは、レイ自身だ。
レイに、罪がないとは言えない。
「艦長に、苦しくても、生きろと言われました。だから、俺は――」
――生きて、償うつもりです。
レイの言葉に、僅かに目を見開いたアスランは、次の瞬間、どこか困ったように微笑む。
「ああ、そうだな。死ぬことよりも、生きることの方が、ずっと辛い」
「……アスラン?」
「だから、生きろ。お前はまだ、生きているんだから」
死んだらもう、生きることはできないから。
生きている今、生き続けろと。
一度は、死を選ぼうとしたアスランは、知っている。
その辛さを。
生きようと決めた時の、覚悟を。
「……はい」
「アスラン、じゃあ……!」
怒られるのは覚悟の上だったのだろうが、レイを受け入れてもらえるのは思ってもいなかったのだろう。
生きろと、そう告げたアスランに、キラは嬉しげな声を上げる。
「言っておくが、きちんとラクスの許可は取れよ」
エターナルは、ラクスのものだ。
ラクスが受け入れた存在ならば、例え誰であろうとエターナルに乗ることができる。
だから、ラクスが駄目だと言ったならば、例えキラやアスランが、どんなに頼み込んでも、乗せることはできない。
だが――。
「大丈夫だよ。ラクスなら、レイを受け入れてくれるもん」
ラクスがキラに甘いことなど、キラとラクスの関係を知っている者たちなら、誰もが知っている。
そして、キラの願いを、ラクスが聞き入れないということなどあるはずもなく。
キラにとって、害になると判断されない限り、ラクスはレイを受け入れるだろう。
アスランの言葉を聞いた整備士たちは、レイもまた、仲間になるのかと、今からそんなことを考えていた。
「確かに。ふたりが、3人に増えるだけだからな……」
キラばかりを責めてもしかたないと、ポツリと呟いたアスランの言葉に、キラは意味が分からないと首を傾げる。
その意味を、キラとレイが知ったのは、1時間も経たないことのことだった。