撃ちたくなどなかった。
だけど、気づいてしまったから。
俺たちがしようとしていることは、間違っているのだと。
だから、止めなければならない。
誰よりも愛しているギルを。
■見えない明日
「でも、僕たちはそれを知っている。分かっていけることも。変わっていけることも。だから明日が欲しいんだ。どんなに苦しくても、変わらない世界は嫌なんだ!」
ようやく分かった。
愚かなのは、他の誰でもない自分たちなのだと。
長くは生きられない躰だと知って、どれほど絶望したか。
周りの人たちには明日があるのに、俺にはそれがなくて。
どれだけ渇望しても、得ることができないそれを時には憎んで。
だからラウは世界に復讐を誓ったんだ。
だけど、俺は違う。
世界に復讐したいわけじゃない。
世界を愛しているからこそ、変えたかった。
戦いのない世界に。
誰もが幸福に、生きられる世界に。
俺のような人を、もう二度と生み出さないためにも。
だから、不要な存在は消えてしまわなければならないのだと思っていた。
最高のコーディネイターであるキラ・ヤマトも、そしてクローンである俺も。
「傲慢だね。流石は最高のコーディネイターだ」
「傲慢なのはあなただ。僕はただの、ひとりの人間だ。どこもみんなと変わらない。ラクスも。でも、だからあなたを撃たなきゃならないんだ。それを知っているから」
ふと、先ほどの戦闘で告げられた言葉をレイは思い出した。
――命は、なんにだってひとつだ。だからその命は君だ。彼じゃない!
ずっと俺はラウなのだと思っていた。
だけど、俺はラウなんかじゃない。
ただのレイでしかありえない。
最高のコーディネイターであるキラ・ヤマトがひとりの人間であると同時に、俺もまたクローンではなく、ひとりの人間にしか過ぎないのに。
いつの間にかレイという自分の存在を忘れていた。
「だが、君のいう世界と私が示す世界。皆が望むのはどちらだろうね?今ここで私を撃って、再び混迷する世界を君はどうする?」
「覚悟はある」
躊躇いもなく告げられた言葉。
それに慌ててレイは銃を構えると、デュランダルが銃を構え直すのが見えた。
「僕は戦う」
ああ、そうか。
戦わなくてはならないんだ。
他の誰でもない、自分自身と。
――銃声が、辺りに響く。
ゆっくりと、デュランダルの体が傾いていく。
それをレイは眺めることしかできなかった。
驚いたキラは振り返ると、壁に背をついて崩れるようにレイは地面へと座り込む姿があった。
「レイ!」
信じられないと声を声を上げたタリアは、だが、すぐに床に倒れているデュランダルの元へと駆け寄る。
「やあ、タリア。撃ったのは君か?」
閉じられていた瞳を開けたデュランダルは、力無く問いかける。
「いえ。レイよ」
その言葉に、デュランダルは驚く。
どうしてと。
だが、その疑問はすぐに解けた。
「ギル、ごめんな、さい。でも、彼も……明日は!」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
いくども、いくども心の中でレイは謝り続ける。
彼には、明日があって。
それを、俺たちが奪ってはいけないんだ。
「ああ、そうか」
レイの想いに気づいたのか、デュランダルは穏やかに微笑みながら、目蓋を閉じた。
「グラディス艦長」
逃げるように促すためにもキラは、タリアへと声をかければ、銃口を向けられた。
「あなたは行きなさい」
力強く告げられた言葉に、キラは驚く。
「この人の魂は私が連れて行く」
――他の誰でもない、私が。
どんな想いでその言葉を口にしたのかは分からないが、力強い瞳にキラは僅かにたじろぐ。
「ラミアス艦長に、伝えて。子どもがいるの。男の子よ。いつか会ってやってねって」
「……分かりました」
踵を返したキラは、泣きじゃくるレイへと手を差し伸べる。
「君も、早く」
それにレイはかぶりを振る。
俺はここで死ぬべき存在だ。
だから行けないと、レイは行動で示す。
「レイ」
穏やかな声が、自分を呼ぶ。
振り向いた先には、デュランダルを抱くタリアがいた。
「行きなさい。行って、生きなさい」
「……かん、ちょう…?」
「苦しくても、生きなさい。私たちの分も。あなたにも明日はあるのだから」
「…………っ」
ないと、思っていた。
どれほど渇望しても、周りにはあって、俺にはないと。
本当はすぐ目の前にあったのに。
今の今まで、気づかなかった。
キラに促されるままに立ち上がったレイは、デュランダルを抱くタリアを凝視する。
「レイを、お願いね」
優しく微笑んだタリアに頷いたキラは、渋るレイを引きずりながらフリーダムへと急いだ。