俺の嫁たちがかわいい
「だらしないの」
あちぃと呟きながらフローリングの床の上に上半身裸姿で寝転がっていれば、きっちりと服を着込んだ今吉が呆れた様子を隠すことなく青峰を覗き込んだ。
「翔一さん、あんた暑くねーの?」
「暑いに決まっとるやろ」
夏なのだから当然だろうと、今吉に頭を軽くこづかれた。
「なんや青峰、疲れとるのか」
「あっ、なんで?」
「反応しとるやないか」
唇の端を持ち上げながら、今吉はとある一点を見つめる。服で隠されていてもはっきりと分かるほどに隆起していた。
「やっ、あんたがエロいなあって思って」
夏だというのに、かっちりと一番上のボタンまでしめたワイシャツとネクタイ姿の今吉はどこか扇状的だった。時折唇から覗かせる赤い舌が拍車をかける。
むしゃぶりつきてえと考えていれば、触れるギリギリまで今吉は顔を近づけてきた。
ぼやける視界に何度か瞬きを繰り返してようやく焦点が合う。真っ赤な舌をわざと覗かせながら、にやりと笑っている今吉に青峰は真顔になった。
「エロいか?」
「すげえエロい。その格好で、バックから突きてえ」
じっくりと責め立てて、卑猥な言葉を言わせながら啼かせるのも良いが、力任せに突き立てて嬌声を上げさせながら啼かせるのも良い。どうやってストイックな姿をした今吉を乱して啼かせてやろうかと、青峰の頭の中はすでにこの後の展開について考えていた。
「それは良いな。ワイ、青峰にバックで思いっきり突かれるの好きやで」
犯されてる感じがして良いと、耳元でささやかれる。ついでと言わんばかりに、じっとりと耳朶を舐められた青峰は、理性をかなぐり捨てた。
がしっと今吉の腰を片手でつかむと、力任せに体勢を入れ替えた。今吉を下にして覆い被さると、そのまま唇を重ね、舌を差し込んで、貪るように口腔を嬲る。
「……んっ」
抵抗せず、むしろ誘うように口を開いた今吉に遠慮などしない。ワイシャツの裾をズボンから抜き取り、そこから青峰は片手を差し込もうとした。
「てっえええええええ!?」
ワイシャツの裾から手を差し込もうとしたその瞬間、後頭部に痛みが走った。青峰は思わず両手で頭を抱える。
「そこで何をしているんですか?」
にっこりと微笑みながら仁王立ちしている黒子に、青峰はげっと呻き声をもらす。
「何って、ナニに決まっとるやろ。それとも混ざるか?」
青峰の体の下で上半身を起こしながら、今吉はにやにやと笑いながら答えた。
「混ざりません。するのは結構ですが、ルールはきちんと守って下さい!」
「そないこと言われても、その気になってもうたら仕方ないやんか」
「仕方がなくありません。ルール通り、ご自分の部屋か青峰君の部屋でお願いします」
紆余曲折があったが、黒子も今吉も青峰と付き合うことになった。アルファひとりに、オメガがふたり。他所から見たら少々おかしな関係ではあるが、三人それぞれ納得していた。少々外野がうるさいこともなくはないが、概ね三人の関係は順調だった。
散々傍にいたのに、二十三歳になってようやく青峰と黒子は互いにつがいであることに気づき、つがった。そう、そこまでは良い。その後、今吉もオメガだと知った青峰はなぜか暴走した。
今吉が他のアルファに抱かれ、つがうのは許さないと。怒り狂った青峰に黒子は嫉妬することなく、今吉もまた青峰のことを憎からず思っていたことに気づいていた黒子は、とある提案をした。結果、なぜか三人で付き合うという現状ができあがっていた。
普通ならば、アルファひとりに、つがいはオメガひとりだ。青峰の場合、なぜか黒子ひとりだけではなく、今吉もまたつがいだった。そのせいかどうか分からないが、青峰というひとりの男を取り合っているような形にはなったが、黒子も今吉も互いに嫉妬というものは全く抱いていなかった。むしろ青峰という眩い存在をひとりで支えなくても良いという気楽さがふたりにはあった。
つがいになったからには別々に暮らすのは反対だという青峰の強固な申し出によって、黒子と今吉は三人一緒に暮らしていた。シーズン中はアメリカで、オフシーズン中は日本で暮らすという、少々変わった形で。現在はオフシーズンということもあって、住居は日本にあった。
三人で付き合って暮らすに当たって、いくつかルールが設けられていた。その内のひとつが、性行為は自室限定というものだった。もしも鉢合わせしたら気まずいからと設けられたはずのルールだというのに、居間で始めようとしていた青峰と今吉に、黒子が腹を立てるのは当然のことだった。
「黒子は堅物やの。鉢合わせしたら、混ざろうと思わんの?」
「思いません。大体にして、将来子どもが生まれたとき、どうするんですかっ」
今は良いかもしれないが、将来子どもが生まれたときが大変だ。青峰相手なら、黒子も今吉も子どもが産める。
「その時は、その時ちゅーことで」
「駄目です!」
「ええやんか。三人一緒にするのは、何も初めてやないんやから」
かっと黒子の顔は真っ赤に染まった。
以前まではまるっきり発情期の周期が違っていたのに、三人一緒に暮らすようになってからというもの、少しずつ周期が近くなっていった。ほぼ同時期に発情期が来るようになった今、抑制剤をあえて飲まずに、黒子と今吉は青峰にふたり一緒に抱かれていた。
理性をなくし、思考がぐちゃぐちゃの状態でふたり一緒に抱かれるのと、理性があるときでは全く状況が違う。羞恥心ゆえに、発情期以外は絶対にふたり一緒に抱かれたくないと嫌がる黒子に対し、気持ちよければどっちでも良いという今吉に、これまでは発情期以外はふたり一緒に抱かれることはなかった。
「それとこれとは、話が違うでしょう!」
怒る黒子に、今吉はひとりにやにやと笑い続ける。
「今日ぐらいええやんか。青峰へのサービスやと思えば」
「今日なんかあったっけ?」
サービスされる覚えはないと、青峰は首を傾げる。
「何や、自分の誕生日ぐらい覚えておき」
しょうのない奴やと、うすく笑いながら今吉は軽く触れるだけのキスを青峰にする。
「誕生日?」
「今日は八月三十一日や」
ああと青峰は大声を上げる。特にカレンダーを気にせず過ごしているせいか、今日が何日なのかさえ青峰は覚えていなかった。今吉から改めて教えられて、自分が誕生日を迎えていたことに気づく。
「なんや、本気で自分の誕生日忘れとったのか。せっかく今日ばかりは仕事を早く終わらせて帰ってきたのに」
青峰と一緒にアメリカと日本を行き来している生活を送っているが、務めていた出版社を今吉は辞めることなく、臨時の編集者として雇われ直された。日本に戻れば、出版社に出社する毎日ではあるが、どことなく生き生きとしているのだから不思議である。
「そーいえば、今日は帰ってくるの早いなって思った」
普段はどれだけ早く帰ってきても、日が沈んだ頃だ。遅い日など、日付が変わっていることも珍しくない。今日のように、まだ日が高い時間帯に帰ってくるなど初めてかもしれない。
「黒子と一緒に色々と考えたんやで。夜には前に青峰が食ってみたいって言っとった店に連れって行ってやるからの」
「もしかしてテレビでやってた肉の店?」
「そうや」
それは楽しみだと、青峰は舌なめずりする。
テレビを見て美味そうだなと思ったが、どうやら予約必須の店らしい。しかも当分先まで予約が埋まっているとあって、青峰の興味は早々に薄れた。その時点では今日の予約を取れないはずなのに、どうやって予約を取ったのか大いに不思議だったが、そんなことをいつまでも気にしていられなかった。
「ですから、今から始めないで下さい」
外出する予定があるのに、始められては困ると。黒子がそう言えば、なぜか今吉もそうやのと同意した。
「今吉さん?」
最初に仕掛けたのは今吉だ。なのにその当人が黒子に同意したことで、黒子はもちろん、青峰も顔をしかめる。
「今から体力消耗しとったら、後の楽しみがなくなるやろ」
何を指して今吉がそう言っているのか分かった黒子は、さらに顔を赤くする。対する青峰は、獰猛な肉食獣のようににやりと笑う。
「確かにそうだな」
「黒子、そういうわけやから、今日ぐらいはええやろ」
すでに雄の匂いを発し、誘惑してくる青峰に、黒子もその気になっていた。ここで否というには、オメガとしての本能が理性を制した。
こくりと静かに頷いた黒子に、青峰の笑みがますます深くなる。どろどろに溶けきった状態の黒子と今吉のふたりを抱くのも楽しいか、理性の瀬戸際にいるふたりを同時に抱くのもまた一興だった。
「青峰」
どうやってふたりを啼かせてやろうかと考えるのに集中していた青峰は、今吉から名前を呼ばれても空返事をした。
「誕生日おめでとさん」
いつもの腹黒い笑みではなく、綺麗な笑みで微笑まれ、青峰は思わず魅入る。
いつの間にかすぐ傍にいた黒子もまた、ぐいっと青峰の顔を自分に向かせると、微笑んだ。
「誕生日おめでとうございます、青峰君」
ぱちりと目を瞬かせた青峰は、ぐったりとした様子で黒子の肩に顔を埋めた。
「青峰君?」
「青峰?」
あーと不明瞭な声をあげる青峰に、どうしましたかと。どないしてんと。ふたりは同時に尋ねる。
「俺の嫁たちがかわいくてつれえ」
「なんや、それ」
呆れる今吉も抱き寄せて、青峰は黒子と共にふたりを抱きしめた。
「夜、楽しみにしてる」
本当は今すぐに食って啼かせてやりたかったが、自分の誕生日にと色々考えてくれているふたりに、青峰は懸命にその衝動を押しとどめる。
再び真っ赤になる黒子も、それはそれは妖艶に笑う今吉も、青峰にとってはどちらもかわいいつがいだった。