苦手なもの




「赤司君って苦手なものや嫌いなものはないんですか?」
「何だ、唐突に」
 本日の日直で教室に居残り、日誌を書いていた赤司は顔を上げた。
 ひとり日誌を書いていれば、偶然教室に居残っていた赤司を見つけた黒子は何を思ったのか、赤司の座る席の前に座った。黙って様子を窺っていたかと思えば唐突な質問に、一体何だと赤司は顔をしかめる。
「だって成績も良ければ、僕と対して身長が変わらないのにバスケだってうまいのに、字も綺麗なんてある意味詐欺です」
 むうと唇を尖らせる黒子に、赤司は目を瞬かせる。
「バスケのうまさと身長は関係ないと思うが?」
「赤司君はもう少し身長が欲しいと思わないんですか?」
「それは、まあ」
 試合中周囲を見渡せば、身長の高い相手ばかりで見下されるのは実に腹立たしいと常々感じていた。が、こればかりは努力どうのの問題ではなく、どうしようもならない。諦めるしかないと、日々自身に言い聞かせている問題だった。
「紫原君と緑間君なんて、本当身長が縮めば良いのに。ついでに青峰君と灰崎君も」
「それは……」
 思わず同意したくなったが、それは物理上無理な話だ。
「黒子、何がどうして最初の質問になったんだ?」
 話が少しずつずれ始めていた。ため息混じりに赤司が方向の修正をかければ、そうでしたと黒子は返す。
「昨日青峰君たちと苦手なものについて話をしたんですけど、赤司君もそういったものがあるのかと思って」
 唐突な質問の謎が解けた赤司は、なるほどと頷く。
「僕にだって苦手なものぐらいあるぞ」
「本当ですか!?」
「人間誰しも、生きていれば苦手なものぐらいあるだろう」
 そんなに驚くことでもないだろうと、赤司は呆れる。
「だって赤司君って、本当苦手なものとかありません!っていう雰囲気をしていたから、てっきり」
「僕を何だと思っているんだ」
「うーん、超人?」
「完璧人間とは言わないんだな」
「だってそんな人はいないでしょう。まあ、少々憎たらしいぐらいには色々できて羨ましいとは思いますけど、同じだけの能力を持っていたとしても、僕にはとても赤司君のような真似はできないので、普通に尊敬していますよ」
 幼い頃から何事も完璧に、失敗は許さないと言われてきた赤司にとって、それは当たり前の言葉だった。
 何事も完璧に。それが当たり前だったのに、黒子の言葉に赤司は目を見開く。
「……僕が失敗したらどうする?」
「疲れているのかなって心配しますね」
 まるで当然のように黒子は言った。
「そうか」
「そうです」
 おかしなことでも言いましたと首を傾げる黒子に、何でもないと返しながら、赤司は穏やかに微笑んだ。