オメガバースパロ




 ヒトは、6つの性別によって分類されている。男女という性の他に、アルファ、ベータ、オメガと分かれていた。
 その中でアルファと呼ばれる人々は、総じて生まれながらのエリートである。知能や身体能力、容姿に至るまで、他の種に比べて高い能力を有していた。
 絶対的支配者――。
 まさにその言葉相応しいアルファは、唯一番であるオメガには敵わない。
 本能ゆえか、唯一である番のオメガに対して、絶対的支配者であるはずのアルファは膝を屈する。
 そんなアルファを番を持たないアルファは見下すが、番を得たアルファは総じてそれまでよりも高い能力を発揮する。唯一の番を得たゆえだと言われているが、真相はいまだ解明されていなかった。
 人口の大半がベータが占める中、アルファは一割にも満たない。そんなアルファよりさらに少ないオメガから番を見つけ出すことは難しく、アルファが番であるオメガに出会うのは稀だと言われていた。





 招待されたパーティー会場から少し離れた場所で、黒子はひとり窓際に寄りかかりながら夜風に当たっていた。
「テツヤ」
 気配もなく声を掛けられた黒子は、軽く目を瞠りながら振り返る。相手が誰なのかを認めた黒子は、悪戯っぽく笑う。
「赤司君。良いんですか、こんなところに来て」
「いい加減周囲の相手も疲れてきたところだからな。ちょうど良い」
 パーティーに招待された多くはアルファだった。中にはベータもいるが、その数は多くはない。
 本日の主催者ではないはずなのに、、パーティーが始まる前から赤司の周囲には多くの人が集まっていた。少しでも赤司の気を惹きたいと思うアルファが溢れ、黒子はもとより、一緒にパーティ会場に来ていた青峰、黄瀬、緑間、紫原とキセキすらも傍に近寄れない状態だった。
 支配者であるアルファの中にも階級がある。黒子もまたアルファではあるが、中流階級だ。キセキの4人は上級階級だった。対して赤司は、絶対的王者と言うべき支配者。
 上流階級のアルファすら、赤司には逆らうことはできない。楯突くということは、アルファといえど身の破滅が待っている。
 だからこそ絶対的王者である赤司の機嫌を損ねぬよう、けれど、その権力の恩恵を少しでも受けたいと、アルファといえど赤司の周囲には常に多くの人たちがはべる。
「大輝たちはどうした?」
「会場で飲んでるんじゃないんですか? 僕はあの騒がしさに疲れて、この通り退避中です」
「俺も奴らの隙を突いて会場を出たからな。探しているような時間はなかった」
「なるほど」
 王様も大変だと、黒子は笑う。
「こうしてふたりっきりになるのは本当に久しぶりだな」
「そうですね。最後にこうしてふたりで会ったのは、もう何年前でしたっけ?」
 学生の頃はふたりっきりになるのも珍しいことではなかった。社会に出て数年、赤司とふたりっきりになる機会はめっきりと減り、プライベートで会うのは年に数回あれば良い方だった。
 こういったパーティー会場ですれ違うことも多く、学生の頃から連絡はこまめに取り合っている事もあってか、久しぶりという感覚はなかった。
「5年だ。大学を卒業すると同時に、僕が会いたいと言っても、他に誰かがいないとテツヤは絶対に僕と会ってくれなくなったからね」
 ドキリと、黒子の胸が鳴る。
「気のせいですよ。仕事が忙しかったりと、たまたま」
「たまたまでふたりっきりで会おうと言う度に、5年も断られ続けるのか」
 黙り込んでしまった黒子に、赤司は寂しげに微笑む。
「テツヤは僕のことが好きなのに、何がそんなに嫌なんだい?」
 昔、高校二年の冬に黒子は赤司から告白されていた。
 好きだと、付き合って欲しいと赤司からの告白を、黒子は断っていた。そして互いに大学を卒業したその日にも――。
 二度の告白を断り続けているのに、赤司の黒子に対する執着は消えない。否、むしろ年々その執着は強まっていた。
「僕も君もアルファですよ。僕が女性だったり、オメガだったなら子どもも産めますが、アルファ同士の同性なんて、子どもが産めないじゃないですか」
 番であろうとなかろうと、オメガはアルファが相手であれば性別関係なく子が産める。言い換えれば、男女という組み合わせでなければでなければ子を産めない中、唯一オメガの男性は子を産むことができた。
「子どもはいらないと言ってもか?」
「それは、君の周囲が許さないでしょう」
 絶対的な王者であり、アルファの支配者たる赤司の子を周囲は切望している。それこそアルファの女性からの見合い話は絶えず、番を持たないオメガからも日々誘惑されるほどに。
 新たな次代をと。望む声が大きい中、中流階級のアルファが、しかも子を望めない同性などがパートナーに収まるなど、許されない。
「テツヤ……」
「君のことは好きです。でも、君の隣に立てば、僕はいずれ壊れてしまう」
 遠くない未来、周囲からの無言の圧力に耐えきれずに壊れる。誰よりも自分自身を知っているからこそ、赤司のことが好きであっても、黒子は赤司の告白に頷くことはできなかった。
「僕が何が何でも守ると誓っても?」
「君のことだけしか見ない世界は、多分真綿に包まれて、やさしい世界でしょうね。でも、そんな世界はいずれ破綻します」
 ふたりっきりの世界。多分それは束の間であれば、幸福だろう。だが、そんな幸福は長くは続かない。続くはずもない。
「好きだけじゃ、駄目なんですよ」
「僕が、王でなければ違ったのか?」
「それはもう、君ではないでしょう」
 絶対的な王者であり、アルファの支配者ゆえに黒子を手に入れることができない。なら、その立場でなければ違ったかと尋ねる赤司に、黒子は微笑みながらかぶりを振る。
「テツヤ……」
「戻りましょう。きっと今頃、君のことを探していますよ」
 どこかに行ってしまった王様に気づいて、きっと今頃パーティー会場は騒がしくなっているはずだ。このまま捜索の手が伸びる前に戻ろうと提案する黒子に、赤司は頷くしかなかった。