死んでしまった恋心




 告白は青峰君からだった――。


 好きだと真摯に告げた青峰君は、不安に揺れていた。
 ずっと前から青峰君が好きだった僕はその告白に驚いて、でも凄く嬉しくて。何を考えるより先に頷いていた。
 僕も好きですと。そう返して始まったおままごとのような恋人関係。
 手を繋いで、キスをして。その先に進もうとした矢先に、青峰君は壊れてしまった。
 強い相手に試合を挑みながら、バスケをする。勝っても負けても関係ない。ただ、全力を出し切る試合をしたいだけ。
 ただただバスケが好きだった青峰君の願いは、彼の才能がそれを邪魔をした。
 どれだけ頑張っても、否、頑張っただけ、青峰君に敵う相手がいなくなる。そうして公式戦で行われた、まさかの試合放棄。それが、青峰君を壊してしまった。
 それが、ただバスケが好きな純粋だった少年を、才能もないのにバスケをする相手を見下す不誠実な少年へと変えた。
 当時まだ僕と付き合っていながら、青峰君は擦り寄ってくる女性と関係を持つようになった。何度やめてほしいと言っても、青峰君は面倒臭そうに一瞥しながら、はいはいと応じるだけだった。
 少しずつお互いに心が離れていくのが分かった。もう二度とあの頃のように戻れないのかと悩んでいた矢先に、別れる決定打が起こった。
 練習をサボるようになった青峰君を引き戻すためにいつものように校内を探し回っていたとき、それを見つけてしまった。

 人気のない教室で制服をはだけさせた女生徒を膝に乗せた青峰君の姿。

 ああ、もう駄目なのだと、その時ようやく理解した。
 もうずっと前から駄目だった。それを理解したくなくて、必死に足掻いていたが、結局はもう駄目だったのだ。
 目と目があった瞬間、目を反らされた。何かを言うこともできず、来た道を戻りながら静かに泣いたのを今でも覚えている。
 あの時に、淡い恋心は死んだ。





「火神君、どうしましょう」
 世間がバレンタインに浮かれた二月十四日の翌日――。
 真剣な面持ちで相談があると黒子に持ち掛けられた火神は、いつものマシバに黒子と共に来ていた。火神の目の前にはいつも通りバーガー二十個とコーラのLLをひとつ。対して黒子の前にはバニラシェイクSがひとつだけ置かれていた。
「何がだ」
 コーラを飲みながら、相棒である黒子へと火神は尋ねる。
「青峰君に告白されました」
 思わぬ告白に、口に含んでいたコーラを思わず吹き出しそうになった。ほとんどは何とか堪えて呑み込んだは良いが、咽せた火神は思いっきり咳き込んだ。
「火神君、汚いので吹き出さないでくれますか」
 テーブルにこぼれてしまったコーラに黒子は顔をしかめる。
「おまっ、誰のせいだと!?」
「僕のせいですか?」
「他に誰がいる!? って、それより青峰から告白されたってどういうことだよ!?」
 今は黒子の態度に文句を言うよりも、青峰に告白されたという真意が気になった。
 W.C.で勝ってからというもの、それまでギスギスしていた青峰の態度は軟化した。黒子に対する態度もやさしいものに代わり、W.C.開催期間中には青峰と黒子がふたりで話している姿を度々目撃したこともあった。本来ふたりの距離はあんなにも近かったのかと驚くぐらいには、青峰と黒子は相棒にしては親密そうだった。それが。
「また付き合って欲しいと言われたんですけど」
「んっ?」
 ちょっと待てと、火神は黒子に待ったをかける。
「また?」
 どういうことだと、火神は目を瞬かせる。
「あ、はい。前に青峰君とは付き合ったことがあるんです」
「はっ……?」
 許容できない発言に、火神は数秒フリーズした。
「……付き合ってた? 誰と、誰が?」
「僕と青峰君がです」
「マジか!?」
「マジです」
 頷く黒子に、片手を掲げたまま、火神はもう片手で顔を覆う。
「あー、黒子。失礼なことを聞くけど、お前ゲイ?」
 これまで黒子にそう言った傾向は見られなかった。昨日は桃井からチョコレートをもらい、告白される姿を目撃したが、いつものように華麗にスルーしていた。普段と変わらない黒子に誠凛バスケ部全員が安堵していた姿もまた、いつも通りだ。
 少々難ありとはいえ、桃井は美少女といって差し支えない。熱烈なアピールに、好きだと常々告白されているというのに動じない黒子に、火神はこのときようやくあるひとつの疑念が浮かぶ。
「いえ。普通に女の子が好きですよ。青峰君が特別だっただけで。青峰君も僕以外に男性と付き合ったことはありませんし、おっぱい好きなのでノーマルだと思います」
「ああ、うん」
 青峰のおっぱい好きは誠凛でも知られていたことだった。だからこそ余計に黒子に告白したと聞かされて驚いたというのに、実は付き合っていたことがあると知り、何に驚けば良いのか最早分からなかった。
「何で別れたんだよ」
「青峰君の浮気です」
 やっぱりかと、火神はため息をつく。
「それで黒子はどうしたいんだよ。青峰から告白されてやり直したいのか、それとも今さら無理だって断りたいのか」
 そう。青峰から告白されたと悩みを打ち明けられたは良いが、黒子がどうしたいかによって火神が投げかける言葉も変わる。青峰の浮気で別れたというのなら復縁はしない方が良いとも思うが、あの変わりようと、黒子に対するどこか戸惑ったような青峰の態度を見ていると、一概にそうとは言えないのが難しいところだ。
「分からないから困っているんです」
「困るって、青峰のことがもう好きじゃないってことか?」
「好ましいとは思ってますよ。ただ、あの頃のように青峰君のことが好きかと言われれば、そこまでじゃなくて」
 だから困っているのだと。眉を下げる黒子に、火神はなるほどと頷く。
「それって単に浮気されて傷ついているからじゃないのか?」
 青峰が浮気したというのなら、その相手は女性だ。元から女好きとあればそれも仕方がないとはいえ、自分とは違う性を持つ相手などどう頑張っても太刀打ちできない。それが今より幼い黒子の心に傷を付けた可能性は否めなかった。
「それもあるかもしれませんね。またいつ裏切られるかもしれないと、怖いという気持ちもあります」
 一度は裏切られた形で別れたのなら、なおさら再び裏切られるのではなかという恐怖を抱いていてもおかしくはない。
「なら、それを青峰に話してみたらどうだ? 付き合う、付き合わないはともかく」
「言っても良いんでしょうか?」
「言うべきだろうが。他の誰でもない、青峰がお前のことを傷つけたのなら」
 何度か目を瞬かせた黒子は、静かにはいと頷く。
「火神君、ありがとうございます。お陰で決意できました」
「どういたしまして」
 色々と複雑な感情が渦巻くが、肩の荷が下りたのか、ほっと安堵のため息をついた黒子に、とやかく言うつもりはなかった。うずたかく積まれたバーガーをひとつ取り、火神はそれに噛みつくことでこみ上げてきた言葉を呑み込んだ。