似たもの同士
それは本当に偶然だった――。
ばったりと会った瞬間、お互いに驚き目を瞠ったのは一瞬。嫌そうに顔をしかめた黒子に対し、高尾はにっこりと笑う。
「やあ。なに、黒子ひとりなの?」
「ひとりで悪いですか。そう言う君こそ、緑間君がいないようですが、ひとりなんですか?」
「真ちゃん? 今日は部活もお休みだったから、気分転換も兼ねてひとりでお出かけだよん。そういう黒子は制服姿だけど、部活は?」
完璧私服姿のラフな格好をした高尾に対し、黒子は誠凛高校の制服をきっちりと着込んでいた。部活動帰りなのか、それともこれから部活動なのかと問う高尾に、嫌々ながらにも黒子は答える。
「練習は午前中で終わりました」
「ふーん。じゃあ、このあと暇?」
「この後は欲しかった本を買ってから、自宅でゆっくりと買った本を読む予定です。ですから、暇ではありません」
きっぱりと黒子は言い切る。
待ち望んでいたシリーズの最新刊が今日ようやく発売されたのだ。自宅で砂糖とミルクをたっぷりと淹れたカフェオレを片手に、待ち望んだ最新刊をじっくりと読もうと前から楽しみにしていた黒子は、全くもって暇ではなかった。
「本ならさ、また今度読めば良いじゃん。だからこのあと付き合って」
「お断りします」
「何も即答しなくても良いじゃん」
間髪入れずにきっぱりと再び断った黒子に、高尾はぷくりと頬を膨らませる。
「そもそも僕と君は一緒に遊ぶような仲でも、関係ではないでしょう。誰かと遊びたいんでしたら緑間君とか、他の人を誘って下さい」
互いに顔見知りとはいえ、親しい間柄ではない。ライバル校の生徒であり、黒子にとってはかつてのチームメイトの現相棒、高尾にとっては相棒のかつてのチームメイトという、それだけの関係だ。親しくする理由はなかった。
「真ちゃんから今日は無理だって、とっくに断られてるんだよね。他にも友だちはいるけどさ、どうせならたまには珍しい相手と遊びたいと思わない?」
「思いません。僕はこれから本を読むって言いましたよね、高尾君」
「うん、聞いた、聞いた。でもさ、本なら明日でも良いと思うんだよね」
堂々巡りの言い争いに黒子は高尾を睨み付ける。少しも動じることなく、高尾はにこにこと笑っていた。一方的な睨み合いに根負けしたのは黒子だった。疲れたことを隠すことなく、深々と黒子はため息をついた。
「どうして僕なんですか? 理由によっては付き合って上げます」
ぼんやりとしているせいか、絡まれることは少なくはない。普段は影の薄さを利用して、人陰に隠れて逃げていたが、今回は相手が非常に悪かった。何より、素早さも体力も高尾が上と完全に詰んでいた。仕方なく、黒子は妥協案を提示する。
「理由……?」
「僕でなければならない理由です。それに僕が納得したら付き合いますが、納得させられなければ僕をすぐに解放してください」
永遠と堂々巡りをするよりは良いだろうと条件を提示すれば、肩をすくめた高尾は仕方がないなあと呟く。どちらが仕方がないのだと文句を言いたかったが、これ以上無駄に時間を使いたくなかった黒子は押し黙る。
「そうだな、強いて言えば黒子をもっと知りたいから」
「はっ?」
「俺ね、負けず嫌いなの」
「はあ、そうですか」
「反応が薄いなあ。まあ、良いけど」
良いのならば無視しろと、黒子は内心で苛立つ。それを表に出すことなく、黒子は聞き役に徹した。
「負けず嫌いだって言ったけど、この前の試合で最後の最後で黒子、お前にも試合にも負けた。その日の夜は本当に悔しくて悔しくて仕方なくってさあ。まあ、次の日も悔しかったんだけど」
悔しいと言いながらも、高尾の表情はどこか楽しげだった。
「その日からずっと黒子のことを考えなかった日はなかったんだよね。これってさ、つまり恋じゃない?」
「高尾君って秀徳高校の生徒なのに、馬鹿だったんですね」
憐れみの目を黒子は高尾へと向ける。
文武両道を掲げる秀徳高校は優秀なことで知られている。それこそ都内上位の成績を誇る。だというのに、高尾の頭の中身は非常に残念すぎた。
「何気に黒子って失礼だよね。流石に真ちゃんみたいとは言えないけど、これでも成績上位組だよ」
「緑間君は相変わらずですか」
「学年一位だよ。流石俺のエース様だよね」
「緑間君が念願の一位を獲得しているのは元チームメイトとして非常に喜ばしいことですが、高尾君、君は緑間君のことが好きだったのでは?」
常に愛しているだの大好きだの様々な愛の言葉を緑間に告げているというのに、他の人間に恋をしているなどいかがなものか。現に俺のエース様と言っている時点で、色々と残念仕様だった。
「真ちゃんのことは確かに好きだし、大切だし、美人な相棒だと思っているけど、恋愛感情はないなあ。むしろ黒子のことを考えると夜も眠れないぐらいで」
「美人な相棒ですか」
「なになに、嫉妬?」
「馬鹿なことを言わないでください。緑間君が美人なことは確かに認めますが、それでなんで僕なんですか。すぐ近くに鑑賞に堪えられる造形美の持ち主がいるというのに、そこらにいる平凡顔の僕というのが納得がいきません」
性格に難はあるが、緑間が大層な美人であることに間違いはない。モデルとしても活躍している黄瀬と比べて謙遜はなく、緑間がもしもモデルになっても十分に通用するだろう。そんな相手が常に隣にいるというのに、何をどう間違えると自分に恋をするのか。
「真ちゃんも努力型ではあるけどさ、やっぱり天性の才能の持ち主じゃん。黒子もある意味天性の才能の持ち主だけど、真ちゃんたちとはやっぱり違うよね。どっちかっていうと、俺タイプ? だから余計に気になるし、何より俺って超お得だと思うんだよね」
「色々と意味が分かりません。あと一体高尾君のどこがお得なんですか?」
「だって俺なら、絶対に黒子のことを見失ったりしないよ。黒子が迷子になっても、すぐに見つけて上げる」
お得でしょうと首を傾げてみせる高尾に、なぜか顔が熱くなる。しかもどういうわけか、ひどく心臓が痛かった。
「黒子……?」
どうしたと、急に黙り込んだ黒子の顔を高尾は覗き込む。慌てて後ずさった黒子に、きょとんと高尾は目を瞬かせる。
昔から無表情だとよく言われてきた。自分では感情を表しているつもりだが、それが中々表情に表れにくいらしい。普段は困ることも多かったそれが、今日ほど役に立った日はなかっただろう。
「分かりました。今日一日だけですからね」
「やったー! 今日は本当、色々と楽しもうな、黒子」
屈託なく笑う高尾に、早まったかもしれないと黒子は後悔する。けれど本当に嬉しそうに笑っている高尾に、たまには良いかもしれない。
「黒子は普段、どんなところに行ったりしてるんだ? バスケ関係以外で」
そうだと訊ねる高尾に、黒子は考え込む。
「僕ですか? 本屋さんや図書館、あとは静かなカフェとマシバぐらいですかね……?」
影が薄いせいもあって、気づかれずにぶつかられることも多く、人混みは苦手だった。避けようにも人が多ければ、それができないこともある。騒がしいのは好きではないという理由もあって、人が多い場所には、自然と足は遠のいていった。
「騒がしいのって苦手?」
「好きではありませんが、嫌いではないですし、苦手でもないです」
「じゃあ、とっておきのところに連れて行ってあげるな」
片目を瞑ってウインクを寄こした高尾に、思わず黒子は顔をしかめた。