ハロウィン




 部活の時間も終わり、普段ならばそのまま解散を告げられるというのに、珍しくも赤司は集合の声を一軍の部員へとかけた。何かあったかと顔を見合わせながらも、部員たちは慌ただしく赤司の元へと集まった。
「明日は10月31日だ」
 今日が10月30日ならば、明日は31日以外の何物でもない。今さら過ぎることに、何事かと部員は顔を見合わせる。
「良いか、お前たち。明日はお菓子の準備は忘れるな」
 至極真面目に言い放った赤司に、ぴしりと部員たちは固まった。唯一レギュラー組だけが、そういうことかと納得する。
「もしも忘れるようなことがあれば。――分かっているな?」
 わざと一息ついた赤司は、にっこりと微笑む。滅多に見られないその笑みに、部員たちは背筋を凍らせた。これは絶対、明日お菓子を忘れるようなことがあってはいけない。部員たちの心はひとつになった。



 翌10月31日――。
 朝練のために朝早くに部室へと足を運んだ紫原は、先に部室で着替えていた黒子を見つけてトテトテと近寄る。大きな形をして、幼い子どものような動作をする紫原に気づいた黒子は、顔を上げると珍しくも微笑む。
「おはようございます、紫原君」
「黒ちん、おはよー。トリック・オア・トリート」
 がおーと両手を顔の横まで上げて吠えた紫原にくすりと笑いながら、黒子はポケットから個別包装されているチョコレートのお菓子を鷲づかみして差し出した。
「これをどうぞ」
「黒ちんありがとー!」
 嬉しいとにこにこと笑顔でお菓子を受け取った紫原は、もらったばかりのお菓子を鞄と一緒に持っていた紙袋へとぼとぼとと落とすように入れた。
「紫原君、その紙袋は?」
「んー? 昨日赤ちんがハロウィンやるなら持ってくるようにって言ってたから、持ってきたー」
 見てみてと紫原が差し出した紙袋の中には、いくつか種類の違うお菓子が入っていた。
「朝でこれですか。凄いですね」
「うん。なんかみんな、お菓子持ってたから集まるの早いよー。帰りまでには紙袋一杯になるかなー?」
「多分その紙袋では足りないと思いますよ」
 バスケ部員全員からお菓子をもらえたとしたら、まず間違いなく紫原が持ってきた紙袋では足りなくなる。片っ端から紫原がお菓子を食べたとしても、おそらくは溢れてしまうだろう。
「えー、じゃあ鞄に入れて帰る?」
「教科書はどうするんですか?」
「いつも起きっぱなしだよ」
「そうですか」
 分かっていたこととは言え、改めて紫原の口から聞かされた黒子は脱力する。青峰に黄瀬、そして紫原はバスケ部レギュラーの中で三馬鹿と称されるほどの馬鹿だ。教科書をわざわざ持ち帰っているとは思っていなかったが、そこは口だけでも持ち帰っていると言ってほしいと思うのは虚しい願いだろうか。
「今年はみんな、お菓子くれるから嬉しいな」
 去年もまた、紫原は多くの人間に今年と同じようにひとりハロウィンをやっていた。仮装とまではいかないが、去年も今年も共通しているのは頭上に飾られている猫耳。どこで手に入れたのか分からないが、その耳は髪と同じ色をした紫色で、紫原にどこか似合っていた。
 去年猫耳をつけた紫原を、どこか満足げに赤司が見ていたのを黒子は思い出す。あまりお菓子をもらえずションボリしていた紫原を誰よりも慰めていたのも赤司だった。
 そうして今年。赤司が部員全員へとお菓子を持ってくるよう通達を出したのは、他ならぬ紫原のためだ。普段から歩いてお菓子を食べるなやら、お菓子の食べすぎたと紫原を叱ることも多い赤司だったが、紫原に誰よりも甘いのもまた赤司だった。
 指摘すればそんなことはないと拗ねてしまうだろうが、やはり赤司は紫原に甘い。甘くなってしまうのも分からなくはないが、やはりここまで徹底するのは甘過ぎだ。けれど、嬉しそうににこにこと笑う紫原に、今日ぐらいは仕方がないかと黒子はひとり結論づけた。
「良かったですね、紫原君」
「うん」
 にこにこと笑い合っていれば、緑間が部室へと入ってきた。
「黒子と紫原か。おはよう」
「おはようございます、緑間君」
「おはよー、みどちん。トリック・オア・トリート」
「お前は全く」
 仕方がない奴だと呟きながらも、緑間のその表情はどこか優しげだった。黒子とは違い鞄から市販されているお菓子のパッケージのまま、緑間は紫原へと差し出す。
「わあ、パンプキン味だ!」
 嬉しいと無邪気に喜ぶ紫原に、緑間の目も和らぐ。ほのぼのとしていれば、続々と部員たちが集まってきた。部室へと足を踏み入れた人間へとトリック・オア・トリートと迫る紫原は、着々とお菓子を手に入れていた。無論青峰や黄瀬のふたりも例外ではなかった。



「赤司君は本当、紫原君に甘いですね」
 赤司からもお菓子をもらっている紫原を、黒子は緑間と共に遠くから見つめていた。普段は厳しいことを言っている赤司の手には、お菓子袋と言ってもいいお菓子が詰まった巨大な袋があった。それに目を輝かせる紫原を、赤司はどこか満足げに見つめている。
「俺には黒子、お前にも甘いようにも思えるが」
「えっ、緑間君、何か言いましたか?」
「何でもない」