10年後も、20年後も、また君と 初出2012.09.02up
部活動に精を出す生徒には、長期休みなど関係なくほぼ毎日部活動がある。新設校である誠凛高校バスケ部もまた、容赦なく太陽が照りつける中であっても、毎日のように練習は行われていた。
「火神君、このあと時間ありますか?」
容赦のない練習が終わり、ロッカールームで着替え終わった火神は、さあ帰ろうとしたところを黒子に呼び止められた。
「このあとか? まあ、特に用事もないが」
「では少し付き合ってもらえませんか?」
黒子からの珍しい誘いに珍しいなと思いながらも、特に用事もなかった火神は素直に頷いた。
「用事って、スポーツショップかよ。で、何を買うんだよ?」
どこに行くのかと訊ねてものらりくらりと交わされながら連れてこられた先は、馴染み深いスポーツショップだった。始めからスポーツショップに付き合ってほしいと言えばいいものを、あえて黙っていた黒子に火神は呆れる。
「……バッシュを少々」
「あっ? バッシュって、お前この前買い換えたばっかりだろう」
長期休みである夏休みに入ってすぐに黒子はバッシュを買い換えていた。長くもない付き合いで小遣いをやりくりしていることを知っている火神は、新しいバッシュを買う余裕があるのかと訊ねる。
「……」
「……黒子?」
黙り込んだまま何も答えない黒子に、火神は嫌な予感を覚えた。黒子と知り合ってからこの方、こういった嫌な予感は外れた試しが一度もなく、火神はどこか遠くを見つめる。
あえて黒子が黙って連れてきたスポーツショップ。そしてどうして自分だったのか。何よりバッシュを買うと言った黒子に、導き出される答えはただひとつ――。
「火神君には試し履きをしてほしいんです」
予想通りの答えに、火神は深々とため息をついた。
「青峰へのプレゼントか」
WCで海常高校との試合直前、壊れてしまったバッシュを求めてスポーツショップを黒子と共にはしごした記憶は真新しい。黒子のサイズはすぐに見つかったが、元々足の大きい火神に合うものが中々見つけられず、最終手段として頼ったのが青峰だった。偶然にも足のサイズが一緒だった青峰からバッシュをもらい受けることで、何とか試合に臨むことができた。
かつて今の自分たちと同じような相棒関係だった黒子と青峰。青峰の才能の開花によってギクシャクしてしまったふたりの仲は、その後壊滅的なものとなってしまった。それが去年行われたWCの試合によって多少改善されたのを機に、ふたりの関係は少しずつ修復されていった。どういった経緯を経たのかは知らないが、ふたりが付き合うことにしたと報告されたのは今年の春の終わり頃だった。
青峰と黒子が付き合っていることを知っている数少ないひとりである火神にとって、自分が黒子に何を望まれているのかよく分かった。いわゆる青峰へのプレゼントのバッシュを試し履きするため。
「たくっ、なら素直にそれを言えばいいだろうが。それぐらいのことを断る気はないから、次からは素直に言えよ」
仕方がない奴と、自分よりも幾分か身長が低い黒子の頭を火神はくしゃりと撫でる。
「髪が乱れるからやめてください」
くしゃくしゃと髪を乱してやれば、パシリと手を叩き落とされた。慌てて乱れた髪を直す黒子に、ついつい火神は笑う。
「で、めぼしい奴ぐらいは決めてるのか?」
「いくつか候補は絞ってます。あとは火神君に試し履きしてもらった上で決めようかと」
「ふーん」
出会ったときは滅多に表情が変わらない黒子に、ボーカーフェイスが得意なのだと火神は思っていた。それなりの付き合いを経て、多少の変化の違いもよく分かるように今は、ただ単に表現が下手なのだと気がついた。
ほのかに頬を赤く染めながら、どことなく嬉しそうに笑う黒子は本当に幸せそうだった。本当に幸せなのだという雰囲気を発する黒子に、珍しくも火神は胸焼けを感じた。
「ごちそうさま」
「はい?」
「何でもない。独り言だ。それよりも、さっさと候補のバッシュを持ってこい」
言われてバッシュを探しに行った黒子の背中を、火神は優しく見送った。
「今日は本当にありがとうございます」
買ったばかりのバッシュを大切そうに抱えながら礼を言う黒子を、微笑ましく思いながらも、火神はどこか複雑な心境だった。例えるならば大切に庇護していた妹を突然現れた彼氏に奪われるようなものだろうか。けれど黒子は妹でも弟でもなく、しかも男だ。何より自分よりも、黒子との付き合いは青峰が長い。
「で、青峰って誕生日いつなんだ?」
「8月31日です」
「あー、青峰ぽい誕生日だな」
夏が似合う男だと思ったが、夏に生まれたのならば納得だ。
「何ですか、それ」
「いや、だってよ、セミ・ザリガニ取りが大好きで、ガングロと言えば、夏のイメージだろう」
「まあ、確かに」
「それで夏生まれだと言われたら、納得だなと」
「でも火神君、8月31日はすでに処暑を過ぎているんですよ」
「しょしょ?」
「暑さが落ち着いて、そろそろ秋の到来を待つ時期ですかね」
「へえ、そんな言葉もあるんだな」
アメリカ生活が長い火神にとって、耳に馴染まない言葉だったけれど、思わず感心してしまう。幼少の頃は日本で暮らしていたとは言え、やはりアメリカ生活が長い火神にとって日本語はまだまだ分からないことがたくさんあった。
「でもよ、去年は9月過ぎても暑かった記憶があるんだが」
「昔の暦上での話ですからね。でも、近頃は本当に9月を過ぎてもまだまだ暑いですね」
8月の中頃である今は、16時を過ぎてもまだまだ日差しが弱まる気配を見せない。照り付く太陽に汗を滲ませながら、黒子はまだまだ続きそうな暑さにうんざりとした顔つきだった。
「青峰、喜んでくれると良いな」
「……はい」
ギュッとバッシュが入った袋を抱きしめながらこくりと頷く黒子の頭を撫でれば、パシリと叩き落とされた。
部活終わり、毎日のように通っているバスケの練習場へと青峰は今日もまた足を運ぶ。練習場をぐるりと見渡してみるが、目的の人物である黒子の姿は見えなかった。まだ来ていないのかと、青峰はボールを抱えながらゴール下まで歩く。抱えていたボールをするりと手のひらに落とすと、そのまま軽く投げれば、ボールはゴールへと吸い込まれていくようにスッと入っていった。
「嫌味ですか」
スッと気配もなく背後から聞こえてきた声に、青峰は慌てて振り返る。
「うわっ……って、テツかよ。びっくりさせるな」
心臓に悪いなと言いながら、手を伸ばした青峰はくしゃりと黒子の頭を撫でる。それを容赦なく叩き落とした黒子は、憮然とした表情を浮かべていた。
「どうして君たちはそう、僕の頭を撫でたがるんですか」
「君たち?」
「火神君とかですよ。全く、身長が高いからって、いい気にならないで下さい」
「そりゃー、テツの頭がちょうど良いところにあるからだろう」
そこに山があるからと、山に登る登山家のようにさらりと告げながら、青峰はもう一度手を伸ばす。
「僕の身長は平均です。君たちの身長が高すぎるんですよ、失礼ですね」
頭に手が触れる前に、黒子は青峰の手をパシリと叩き落とす。痛くはなかったが、何となく二度も叩かれた手をさすっていれば、ふと黒子が手に持っている物が目に付いた。
「なあテツ、それなんだ?」
いつもは手ぶらなテツが物を持っていると言うことに、青峰は不思議そうに目を瞬く。
「ああ、これですか。はい」
差し出されたそれを素直に受け取った青峰は、じろじろと受け取った物を見下ろす。
「何だ、これ?」
「誕生日おめでとうございます」
「はっ?」
「今日誕生日でしょう? ですから、誕生日プレゼントです」
言われてみれば、確かに今日は自分の誕生日だったことを青峰はようやく思い出す。特に気にしていたわけでもなく、今日は毎年のように祝ってくれていた桃井が何も言ってこなかったからすっかりと忘れていた。
「開けて、良いか?」
恐る恐るといった様子で訊ねれば、微笑んだ黒子はどうぞと告げる。そっと開けた中には、真新しいバッシュが入っていた。
「これって……」
「君、ほしがっていたでしょう」
いつだったが月バスに載っていたのを見つけて欲しがっていたバッシュだった。覚えていたのかとも驚いたが、まさか誕生日プレゼントにバッシュを買ってくれるとは思ってもいなかった青峰は酷く驚く。
「でも、これって」
高くて中々手が出せないなと思っていた代物だ。学生の身で、しかもバイトもしていない黒子が易々と手に入れられるとは思えない。相当無理したのではないかと、喜びよりも不安が湧き上がる。
「嬉しくありませんでしたか?」
「いや、嬉しいけど。でも、高かっただろう、これ」
「まあ確かに高かったですけど、これまで何ひとつとしてプレゼントを贈れなかったことを考えれば、高くはなかったですよ」
「えっ?」
「中一のときに君から誕生日プレゼントをもらいましたが、次の年に結局君に何ひとつとして返せませんでしたから、今年は2回分のプレゼントとして受け取って下さい。来年からはそんなに高い物は贈れませんから、今年並みのプレゼントは期待しないで下さいね」
中二の暑い夏の日。隣にあって、けれど互いに一番遠かった。
思い返してみれば、確かに青峰は一度も黒子に誕生日を祝ってもらった記憶がなかった。それもこれも、練習に参加しろとしつこく迫る黒子から姿をくらましていたからだ。今日が初めて黒子から誕生日を祝ってもらったと言っても過言ではない。付き合いは長いと思っていたのに、すれ違っていた日々は何と長かったのだろうか。全ては自分が馬鹿だったからだ。
「……ありがとう、テツ」
嬉しいと笑えば、黒子もまた満面の笑みを浮かべる。それが見たかったのだと嬉しげな黒子に、青峰は華奢な躰を力ずくで抱き寄せると、肩に顔を埋めて抱きしめた。
「青峰君?」
「好きだ、テツ」
ずっと好きだった。多分出会って間もなく、自分は黒子に恋をしていた。あれが恋だと自覚しないまま自分の馬鹿が原因ですれ違っていた日々は、今思えばなんて愚かだったのだろうか。
渾身の試合で打ち負かされて、ようやく自覚した想い。叶うとは思っていなかった。散々馬鹿なことをしてきた自分に呆れられたと思っていたのに、どうして自分よりも小さなこの存在はしっかりと自分の足で立って、真っ直ぐに見つめてくれるのか。見捨てずに、またこうして隣に立ってくれているのか。
もう二度と手放さない。もう二度と、あんな馬鹿な真似はしない。三度目のキセキなんて、きっとありはしないだろうから。
「僕も好きですよ、青峰君。だから――」
「テツ?」
変なところで区切って、中々続きを言わない黒子に青峰は顔を上げる。その瞬間を狙っていたかのように口づけてきた黒子に虚を衝かれた青峰は目を丸くした。
「来年も、再来年も、10年後も、20年後も、君とこうして誕生日を祝いたいです」
微笑みながらとんでもないことをさらりと告げた黒子に、カッと青峰は顔を赤くする。どちらかといえば感情が乏しいと言われる黒子だが、実はかなりの情熱家だ。そうでなければ、ボロボロに負けた相手にまた戦いを挑もうとは思わない。こうして、情熱的な告白もしてこない。
「たくっ、お前は……っ!」
「青峰君?」
「普通そう言う告白は俺からするものだろうがっ!」
付き合う切っ掛けになった告白もまた、黒子からだった。本当にどうしようもないぐらい自分が情けなく思いながらも、黒子が好きだと思ってしまうのだからどうしようもない。
「そういうものですか?」
「ああ、もう。テツってそう言う奴だったよな」
テツはやっぱりテツだったと、がっくりと青峰は肩を落とす。
「青峰君……」
ごくりと息を呑み込んだ青峰は、意を決する。
「付き合って10年後に、今度は俺から告白する。その時はあれだ、指輪も用意しておく」
ドキドキと心臓の高鳴りを感じながら、青峰はただ黒子の返事を黙って待つ。ほんの数秒だったはずなのに、黒子からの返事を聞くまでの間、数時間にも似た長い時間に思えた。
目を瞬いた黒子は、ふわりと嬉しげに微笑む。
「はい、待ってます」
本当に嬉しいのだと笑う黒子が愛おしくて、青峰はその躰に抱きつくとその顔を近づける。顔を上げた黒子がそっと目を閉じたのを確認してから、口づけた。すぐに唇は離れ、見つめ合ったふたりは互いに笑い合う。
「誕生日おめでとうございます、青峰君」
「ありがとう、テツ」
こんな幸福な日々がずっと続くことを、ふたりはどちらともなく祈った。
「サイズ、ぴったりだなー、流石テツ!」
「ああ、それですが火神君に試し履きしてもらいました」
「はっ?」
「ですから、火神君に――」
「テツ、バ火神とデートしたのか!?」
「はあ?」
「だって火神に試し履きしてもらったってことは、ふたりっきりで出かけたってことだろうが!」
「君は馬鹿ですか」
「なっ!」
「まあ、そんな馬鹿なところも好きですが」
「て、テツっ!」
「昔から言うでしょう、馬鹿な子ほど可愛いって」
「テツ……」