自覚 R15       モブ英←子米  2010.02.04up




 パチリと目を覚ましたアメリカは、いつもなら隣に寝ているイギリスの姿がないことにすぐに気がついた。
 滅多にアメリカ本土へと訪れないイギリスは、訪ねてくれても仕事でいつも忙しそうにしている。
 その代わりというように夜は一緒に寝てくれるイギリスは、夜中に目を覚ましてもいつも隣で寝ていた。
 今日に限ってその姿が消えているイギリスにアメリカは不安になる。
 急用で慌ただしくイギリスが本国に帰ってしまうことは過去に幾度かあった。
 もしかして今回もまた急用で寝ている間に帰ってしまったのだろうかという不安に襲われたアメリカは、光が何ひとつない暗闇の中、ベッドから恐る恐る抜け出す。
「……イギリス?」
 ギィッと扉を開き、廊下に向かって呼びかけてみても返事は全く聞こえない。
 それどころか昼間とは違い、物音が何ひとつ聞こえないことに、アメリカは恐怖で躰を震わせる。
 このままベッドに戻って毛布を頭から被って朝が来るまで眠ってしまいたい。
 けれどもしもイギリスが本国に帰ってしまったというのなら、今ならまだ出航に間に合うかもしれない。
 次にいつ来てくれるか分からないイギリスに、せめて最後に一目だけでも会いたいとアメリカは意を決する。
 昼間とは全く違う雰囲気の廊下へと恐る恐る足を一歩踏み出したアメリカは、怯えながらもイギリスがアメリカ本土へと訪ねに来たときに使っている書斎へと足を向けた。
 イギリスがいるときにしか訪ねない書斎には、数日前に訪ねたときと変わらず荷物がそのまま放置されている。
 本国に帰ったわけではないのだと安堵したアメリカは、ではイギリスはどこにいるのだろうかという別の不安に陥った。
「イギリス……っ」
 心細さに震えながらもイギリスを探さなければと、怖いのを我慢してアメリカは階下へと降り立つ。
 昼間からは考えられないほどゆっくりと歩きながらイギリスの姿を探すが、その姿は全くと言うほどに見当たらない。
 一体どこに行ってしまったのだろうとついには泣き出しそうになったとき、小さな物音が奥の部屋から聞こえてきた。
「……ひっ」
 物音に躰を竦ませながらも、勇気を振り絞ったアメリカは物音が聞こえた部屋へと足を忍ばせながら近づく。
 少しだけ開いた扉の隙間から苦しそうな聞こえてきたイギリスの苦しそうなうめき声に、アメリカは青ざめる。
 国と同じ名前を持つアメリカは、まさしく国そのものだ。
 国と運命を共にする国の化身は、国の誕生と共に生まれ、国の滅亡と共に消える。
 強国となれば化身である肉体も強まり、また弱体化すれば弱くもなる。
 いまだ誕生したばかりのアメリカは幼く、その力も弱い。
 国の化身のひとりであるイギリスは、アメリカを始めとする多くの植民地を持ち、その強さは比にはならない。
 そんなイギリスの苦しそうなうめき声に助けなければと思うのに、躰が竦んで動けない。
 イギリスを助けなければと、ただその一心で頑張って足を動かしたアメリカは、状況を確認するべく、そっと扉の隙間から部屋の中を覗き込む。
「……ぁっ」
 パンパンッと連続して何かを叩く音に、びくりと躰を竦ませながらも、目を凝らしてアメリカは中の様子を確認する。
 机の上で何者かにうつぶせに押さえつけられたイギリスの姿に、こぼれそうになった悲鳴をアメリカは慌てて両手で口を押さえた。
(……イギリス?)
 誰かに苛められていると思っていたのに、目の前の光景は想像していたものとは全く違う。
 どういうことだろうかと首を傾げたアメリカは、イギリスを苦しめている相手の顔を確認して目を瞠った。
 イギリスの背後で腰を動かしている男は、アメリカが嫌と言うほどよく知っている男だった。
 アメリカの身の回りの面倒を見る多くの人間のひとり。
 そんな男がどうしてイギリスを苦しめているのかとアメリカは混乱する。
 止めに入るべきなのだろうかと戸惑っていれば、それまで苦しそうなうめき声に別のものが混じり始める。
「あぁ……っ」
 うめき声から喘ぎ声に徐々に変わり始めたことに気づいたアメリカは、ようやくイギリスが苛められているわけではないことに気がついた。
(イ、イギリスっ!?)
 以前別の世話係から聞いたことがあるセックスだとようやく気づいたアメリカは、慌てて扉の前から離れると、壁際で躰を丸めた。
 どうしてイギリスと世話係の男がセックスしているのか。
 その前にアメリカが聞いたセックスは男女間で愛し合った者同士が行うものだ。
 イギリスも世話係もどちらも男。
 男同士でセックスはできるのだろうかと様々な疑問が頭をよぎる。
(どうして、イギリスっ)
 世話係の男のことがイギリスは好きなのだろうか。
 だからセックスしているというのなら仕方のないことだと分かっていても、裏切られた思いになる。
 自分はこんなにもイギリスのことが好きなのに、選ばれたのは世話係の男だ。
 部屋から漏れ聞こえる喘ぎ声に耐えきれなくなったアメリカは、急ぎながらも足を忍ばせて寝室へと戻った。
 ベッドへと飛び込むように横になったアメリカは、頭からすっぽりと毛布を被る。
「イギリス……っ」
 どうしてと、ひくりとアメリカは涙をこぼす。
 イギリスのことが大好きなのに、どうして相手は自分ではないのだろう。
 世話係の男のことをアメリカは嫌いではなかった。
 むしろ好意すら抱いていたが、今は憎しみしかない。
 大好きなイギリスを奪った憎い男。
 本来ならば祝福しなければいけないのだと分かっていても、イギリスを自分から奪おうとする相手は誰であろうと赦せない。
 イギリスが従わなければならない彼の上司や守らなければならない国民たちでさえ、アメリカにとってはイギリスを奪う憎い相手でしかなかった。
 けれど、国の宿命だからこそアメリカは今まで何とか堪えてきた。
 それなのに――。
 どうすればあの男からイギリスを奪うことができるのだろうか。
 国の化身である自分たちにとってはそれこそいずれ時間が解決してくれるとはいえ、それまで我慢することなどできない。
 少しでも早くイギリスを手に入れたい。
 そのためには今のままでは駄目だ。
 もっと大人にならなければ、イギリスを手に入れることは出来ない。
 今の立場もどうにかしなければいけない。
 今のイギリスとの関係は対等なものではない。
 他の国からの侵略から一方的に守ってもらっているような関係ではなく、対等な立場にならなければ、イギリスを本当の意味で手に入れることはできない。
 イギリスに守ってもらうばかりではなく、自ら他の国と渡り合えるだけの力を手に入れなければ。
 それこそイギリスに何かあったとき、守れるだけの力を。
 強い決心を抱いたアメリカは、知らず知らずのうちに眠りへとついた。










「――リカっ。アメリカ!」
 はっと聞き慣れた大好きな声に目を覚ましたアメリカは、ベッドから飛び起きた。
「イギリス……?」
 パチリと目を瞬かせたアメリカは、目の前にイギリスがいることを確かめるかのように小さく名前を呼んだ。
 それに応えるかのように、くすくすと楽しげに笑いながらイギリスはアメリカの額へと口づける。
「アメリカ、おはよう」
「……おはよう、イギリス」
 昨日目撃したのは、夢だったのだろうか。
 そう思えてしまうほどに普段と変わらないイギリスにアメリカは戸惑う。
 けれど屈んだときに襟から首筋の赤い斑点がちらりと見えたことで、昨夜見たのは夢ではなく現実なのだと気づく。
「今日はいつもと違って寝坊助だったな。朝食の準備は済んでるから着替えてから降りておいで」
 ぽんっと頭へと軽く手をのせたイギリスは、アメリカへと背を向ける。
 いつもなら何事もなく見送って着替えるのに、無意識のうちにイギリスの背へとアメリカは手を伸ばしていた。
 ギュッとイギリスの服の裾を握りしめてようやく正気を取り戻したアメリカは慌てる。
「アメリカ?」
 どうしたと普段とは様子の違うアメリカに、イギリスはその顔を覗き込んで、コツリと額を合わせる。
「熱は無いな」
「イ、イギリス!」
「アメリカ……?」
 我慢できないと、アメリカはイギリスへと抱きついた。
 頭ひとつ分身長が低いアメリカは、イギリスへと抱きついてもすっぽりと抱きしめられた形になる。
 それが少し悔しくて、でもそれ以上に安心感があった。
「どうしたんだ、アメリカ?」
 普段とは様子が全く違うアメリカに、イギリスは不安をあらわにする。
 落ち着くようにそっと背中を撫でてくれるイギリスにうっとりとアメリカは目を閉じた。
「大好き、イギリス」
「アメリカ?」
「大好きだよ、イギリス」
「――俺も好きだよ、アメリカ」
 何かを感じ取ったのか、背中を撫でながらイギリスは優しく囁くように告げる。
 嘘つきと胸中で呟きながら、アメリカはギュッとイギリスへと抱きつく。
 どうしてイギリスは自分だけのものではないのだろう。
 こんなにもイギリスのことが好きなのに、イギリスが好きなのは世話係の男だ。酷く滑稽な話だと、アメリカは洗い出しそうになるのを堪える。
 いつか必ずイギリスを手に入れる。
 例えイギリスが嫌がっても、それだけは赦してやれない。
 そのためにまずは力を手に入れなければ。
 イギリスが嫌がっても、抗えないだけの力を。
 手始めに世話係の男が邪魔だった。
 国の化身であるアメリカが一言言えば、人ひとり抹消することは簡単だ。
 例えそれがイギリスの恋人であろうと重要人物でなければ、アメリカにとっては容易い話だった。
 けれどイギリスが滞在中に抹消してしまえば、すぐに気づかれてしまう。
 もしも恋人を殺害すれば、流石のイギリスも赦してはくれないだろう。
 最悪、嫌われてしまう。
 イギリスを手に入れて嫌われるならまだしも、恋人を殺害したことで嫌われることには耐えられない。
 イギリスが本国へと戻ったあとにでもその存在を抹消すれば、流石のイギリスでもその死を追求することは難しいはずだ。
 それまでの我慢だと、アメリカは今すぐにでも世話係の男をこの世から抹消してしまいたい衝動を何とか抑え込む。
「本当、イギリス?」
「もちろんだ。俺の可愛いアメリカ」
 前髪をかき上げたイギリスは、アメリカの額へと口づける。
 親愛の情を示すイギリスに不満を抱きつつ、アメリカは今はそれだけで満足しておくことにした。
 時間はまだたくさんあるのだ。
 あの男を排除してから、イギリスを手に入れる策を練ったとしても遅くはないだろう。
 まずはイギリスを抱いた男の排除が先だ。
 イギリスの首筋へと顔を埋めながら、アメリカは憎悪を募らせる。
 イギリスの愛を一心に受ける人間の男へと。
「……イギリス、お腹減った」
「アメリカは本当に仕方がないなぁ」
 ぐうっとお腹を鳴らしながら告げたアメリカにくすくすと笑いながら、イギリスは立ち上がる。
「着替えたら朝食にしようか。俺は先に行っているが、大丈夫か?」
 こくりと頷けば、イギリスはくしゃりとアメリカの頭を撫でる。
 子ども扱いしているイギリスに悔しく思いながらも、心地よさにアメリカは抗うことなく甘受した。
「そうか。着替えたらすぐに降りておいで」
 先に階下へと降り立ったイギリスの背を見送ったアメリカは寝間着から私服へと着替えながら、どうやって世話係でもある男を排除しようか考えていた。
 簡単に殺してしまうのは容易いが、胸に渦巻くどす黒い感情がそれだけでは生ぬるいと告げる。
 イギリスへと手を出したことを後悔させてやりたい。
 けれど長引かせれば、イギリスへと知られたときに言い訳しにくくなる。
 やはりここは感情を押し殺して、事故に見せかけて殺害してしまうのが早いかもしれない。
「イギリス……っ」
 大好きなイギリス。
 こんなにも愛しているのに、どうして自分のものではないのだろう。
 愛しているのに、同時にどうしようもないぐらいに憎らしい。
 初めて抱く凶暴な感情を抑制しながら、着替え終わったアメリカはイギリスが待っている階下へと降り立った。