ロイド・アスプルンドの人生において、努力や全力などと言う言葉は無縁なものだった。努力せずとも、身体能力も、頭脳も、他者を圧倒するほどの能力を持ち合わせてロイドはこの世に生を受けた。
 このまま努力とは無縁に生き続けるのだと思っていたロイドに転機が訪れたのは、12歳のときだった。唯一主へと望んだ無垢な紫水晶(アメジスト)のためになら、どんなことでもしてみせるとロイドは誓った。例え土に汚れ、泥水をすすることになろうとも。
 神聖ブリタニア帝国において、軍の士官学校への入学が許されるのは14歳から。ロイドは士官学校への入学までの二年間、日々体を鍛え、勉学により一層は励んだ。
 元々身体能力においても頭脳においても、他者を圧倒する能力を持っていたロイドは、ここにおいても、やはり努力とは無縁な生活を送っていた。
 無事に軍の士官学校へと入学を果たし、四年という歳月を経て無事に卒業したロイドは、軍へと入隊した。軍へと入隊したあとも持ち前の能力を生かして、たった三年で大尉まで上り詰めたロイドは、ここでもやはり努力とは無縁だった。このまま順当に上り詰め、いずれと抱いていたロイドの希望は、ある日突然打ち砕かれた。


 ――マリアンヌ皇妃がテロに暗殺され、その子どもたちは日本へと、留学とは名ばかりの人質として送られた。


 すでに数えるのをやめ、最早何度目か分からない功績を戦場で立てていたロイドの元へとその噂は届いた。早々に真偽を本国へと問い出せば、届けられた報告は噂と違わない内容だった。
 信じられない報告に、持てる権力全てを使い戦場を後にしたロイドは本国へと即座に帰還した。足がもつれ、倒れてもなお即座に起き上がり走り続けたロイドは、必死の思いでアリエスの離宮へと急いだ。


 このとき、ロイド21歳――。


 噂が真実だと知ったロイドは、死の物狂いで少佐へと昇格した。誰にも有無を言わせない権力を手に入れ、無垢な紫水晶(アメジスト)の騎士になるために。けれど少佐へと昇格して間もなく、無垢な紫水晶(アメジスト)の死がロイドの元へと届けられた。ロイドが22歳のときだった。











騎士











「私が、生きていたから」


 まさか、と。信じられないと思いながらも、それでも希望を抱きながら、ロイドは恐る恐る振り返る。校舎の影が重なって顔立ちはよく分からなかったが、ロイドが知っているアッシュフォード学園の制服を少年は身に纏っていた。校舎の壁へと寄りかかりながら、少年はロイドを見つめる。
「ロイド・アスプルンドだな?」
 似ていた。威圧感を漂わせながら問いかけるその姿が。誰にと考えることなく浮かぶのは、プラチナブロンドの髪がひどく似合う悪友――。
「はい」
 まさかという思いで頷きながら様々な疑問が解けていった。
 近頃様子のおかしかったセシル。あの日――アッシュフォード学園高等部へとスザクを迎えに行った日に、セシルは目撃したのだろう。すぐに報告しなかったのは、ミレイが口止めしたと考えると納得がいく。周囲の目がありながらセシルに口止めできる人間は限られる。特にスザクの目があるのならなおさらだった。
 様子がおかしくなったセシルに、それとなくスザクへと尋ねてみたが、なにもなかったと言っていた。普段と変わらない状況を利用したミレイに、スザクが気づくはずがない。
 爵位を剥奪されたとはいえ、流石アッシュフォード家の令嬢と、ロイドは心の中でミレイへと賛辞を送る。
「昔とあまり変わっていなかったから、すぐに分かった。最後に会ったのは、確か九年前か……?」
「ええ、そうです。九年前、アリエスの離宮でお会いしたのが最後でした」
「そうだった……。お前が中尉へと昇格した祝いに、しばらく休暇をもらったときだったな。あのとき、花の王冠が上手く作れなくて泣いているところを、お前に見られた」
 目を瞠ったロイドは、よろめくように後ずさる。
 九年前、中尉へと昇格してすぐに与えられた長期休暇中に、ロイドはシュナイゼルと共に何度かアリエスの離宮へと足を運んだ。その最後の訪問で、ルルーシュは上手く作れずにいた花の王冠にひとりで泣いていた。
 それを知っているのはシュナイゼルとロイド、そしてルルーシュの三人だけ。ルルーシュが泣いていることを誰にも知られたくないと、シュナイゼルとロイドのふたりに誰にも言わないでほしいと頼んだからだ。
 あのときのことは誰にも言ったことはない。三人だけの秘密であり、なにより、ルルーシュが誰にも言わないでと頼んだから。
 異母兄弟の中で特に可愛がっていたルルーシュの、他愛のない頼み事をシュナイゼルが叶えないはずがない。ルルーシュに至っては、恥ずかしい己の過去を誰かに話すなどあり得なかった。わずかに残っていた疑惑が、確信へと変わる。
「……ルルーシュ、殿下…っ」
 死んだと、そう思っていた。ブリタニアが日本と開戦したという一報を聞いたとき、ロイドは別の戦線にいた。即座に駆けつけることもできず、ただ願うことしかできなかった。そうして届けられたマリアンヌ皇妃の幼い兄妹が亡くなったという一報に全てを諦めた。
 元々ふたりは人質として日本に送られた。ブリタニアの一方的とも言える開戦に日本が激怒しないはずがない。人質であるふたりが生き延びることは難しく、もしも生き延びることができたとしても、まだ幼い兄妹が簡単に生き残れる環境ではない。それも戦争中の敵国の地で、足と目が不自由な妹を守りながら生き残れるほど、戦場は甘くはなかった。
「どうして……っ」
 あの過酷な地で生き残るなど、それこそ奇跡に等しい。ロイドですらも、一片の希望すら抱けないほどに絶望的な状況をどうやって生き残ることができたのか。
「簡単なことだ。アッシュフォード家が私たち兄妹を匿った。死を偽装した上で」
「……っ」
 それは教えられればとても簡単で、けれどあまりにも危険な方法だった。当時すでに爵位を奪われたアッシュフォード家がそれだけ必死だったと言うことだ。
「――それで、ロイド・アスプルンド」
 寄りかかっていた校舎の壁から背を離したルルーシュはゆっくりとロイドに近づく。距離が詰まるのと比例して、顔立ちがあらわになっていく。
 最初に見えたのは、マリアンヌ譲りの漆黒の髪。九年前の面影を残した精悍な顔立ちに息を呑んでいれば、十七年前に見惚れた紫水晶(アメジスト)があらわになる。
「お前は、これからどうする?」
 真実をブリタニアへと報告するか。それとも――。
「ルルーシュ殿下」
「すでに皇位継承権は、剥奪されて久しい身だ。殿下は必要ない」
「では、ルルーシュ様」
「何だ?」
「私を、ルルーシュ様の騎士にしてください」
 ふたりの視線が交差する。互いに視線をそらすことなく、静寂が辺りを包み込む。先に口を開いたのは、ルルーシュだった。
「――それが一体どういう意味か分かって言っているのか?」
「もちろんです。十七年前、マリアンヌ皇妃の腕に抱かれていた、生まれたばかりのルルーシュ様を拝見させていただいたときから、私の進むべき道は決まっていました。ルルーシュ様のお傍でお仕えできるのでしたら、このロイド・アスプルンド、国を欺き、裏切って見せましょう」
 ためらいなく、ロイドは断言した。
「では、滅ぼすことはできるか?」
 ルルーシュのその問いに、ロイドとミレイは鋭く息を呑む。国を滅ぼすほどに、ルルーシュのブリタニアに対する憎しみが深いのだと、ロイドはようやく気づく。それも当然かと、ロイドは納得もした。
 母であるマリアンヌを目の前で失い、暗殺を指示した犯人は今も分からず、捕らえられていない。その上マリアンヌが亡くなったことにより最大の後ろ盾を失ったまだ幼い兄妹を、ブリタニアは捨て駒のように扱った。憎むなという方が難しい。
「……まさか、ゼロはっ」
 ブリタニアに対する深い憎しみを抱く人物に、ロイドはもうひとりだけ心当たりがあった。彼もまたイレブン――日本人ではない。おそらくはブリタニア人だろうと、軍内部では見当が付けられていたが、まさかとロイドは驚愕する。
「私を国へと突き出せば、伯爵から侯爵、もしかしたら公爵になるのも夢ではなくなるぞ」
 それでもお前は私の騎士になることを望むかと。ルルーシュは冷徹な笑みを浮かべながら、ロイドへと問いかける。
「ルルーシュ様」
 十七年前、生まれたばかりの無垢な紫水晶(アメジスト)に一目で心奪われた。最後に見た紫水晶(アメジスト)は、出会ったときと変わらない無垢なままだった。あれから九年――。
「国を欺き、裏切り、滅ぼすことになろうとも、ロイド・アスプルンドは、ルルーシュ様に永遠の忠誠を誓います」
 服が汚れることもいとわずに、片膝をついたロイドは、騎士が主へと忠誠を誓う体勢をとる。それは騎士として、国ではなく主――ルルーシュへと忠誠を誓う儀式。
「――ミレイ」
「はい」
「お前も馬鹿だったが、それ以上の馬鹿がいた」
「……はい」
 それまで硬かった声は和らぎ、向けられていた視線もまた、ほんの少し和らいだ。それでもロイドは、緊張に胸を高鳴らせる。


「――ロイド・アスプルンド」


「汝、ここに騎士の制約をたて、我が騎士として戦うことを願うか」
「イエス・ユアハイネス」
「汝、我欲にして、大いなる正義のために、剣となり、盾となることを望むか」
「イエス・ユアハイネス」
 声が震えそうになるのを、ロイドは懸命に堪える。
 長かった。自分はこの方の騎士になるのだと。何の確証もなく、そう思った日から十七年。

「私、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、汝、ロイド・アスプルンドを騎士として認めよう」

 ユーフェミアがスザクを騎士として任命した叙任式とは違い、この場には騎士へと与える剣はない。代わりに手を差し伸べたルルーシュに、差し伸べられた手の甲へと、ロイドは口づけた。

 出会ってから十七年後――。
 神聖にして、永遠の忠誠を、出会ったときは産まれて間もない赤子だったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアへと、ロイド・アスプルンドは誓った。






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