とある一日の朝
爽やかな朝には不釣り合いな焦げ臭い匂いに、ルルーシュは顔をしかめる。
気持ちよく寝ていたというのに、寝室まで漂う異様な匂いに起こされ、ルルーシュの機嫌は最悪だった。
ベッドから降り立ったルルーシュは、悪臭を漂わせている発生源を探すべく、匂いを辿る。
苛々としながら一歩、また一歩と足を進めながら、少しずつ強くなっていく匂いの先に、ルルーシュは嫌な予感を抱いた。
悪臭がキッチンに続く扉の先からしていることに痛む頭に額を押さえながら、ルルーシュは頬を引きつらせる。
想像にはしたくはないが、何となく状況が見えてきたルルーシュの機嫌は芳しくない。
覚悟を決めたのか、深々とため息をついたルルーシュは、扉の取っ手へと手を伸ばす。
ゆっくりと息を吸い込んでから、ルルーシュは勢いよく扉を開け放った。
「あっ、ルルーシュ、おはよう」
キッチンの前でフライパンを握りしめながら、頬が引きつった笑顔でスザクはルルーシュへと挨拶をした。
予想していた通りの光景に、何かを言い募ろうとするスザクを黙らせるため片手を上げたルルーシュは、もう片方の手で米神を押さえる。
まるで死刑執行を待つかのように顔を青ざめさせながら、スザクはそれでも大人しくルルーシュを待った。
「スザク、まずはひとつ聞こう。何をしようとしていた?」
「朝食を作ろうと思って」
「なぜ?」
「この頃ルルーシュは忙しそうにしていたから、せめて休日の今日ぐらいはゆっくりさせたいなあって思って」
しょんぼりと落ち込みながら言うスザクは、もしも耳と尻尾があれば、確実に垂れているぐらい落ち込んでいた。
スザクの心遣いは、近頃忙しかったルルーシュにはありがたかった。
だが、目の前に広がる光景を目にすれば、感謝の気持ちは一瞬で霧散し、苛立ちさえ募る。
怒り狂おうにも、理由が理由だけに、スザクをすぐさま怒鳴りつけることもできなかった。
どこにも向けようのない怒りを何とか収めたルルーシュは、深々とため息をつくと脱力した。
「良いか、スザク。お前は今後二度とキッチンには立つな。良いな、絶対にだ!」
「はい!」
勢いに呑まれるように、直立不動となったスザクは頷く。
もちろんその手にはしっかりとフライパンを握りしめて。
「……えっと、あの、ルルーシュ?」
「なんだ?」
「怒らないの?」
いつもなら即座に怒鳴られる状況なだけに、恐る恐るスザクは尋ねる。
びくびくと怯えるその様子に、ルルーシュは少しだけ心が晴れていくような気がした。
「お前が俺のためにしようと努力しようとしたことまでは怒らない。但し、二度目はないぞ」
同じことを繰り返す奴は嫌いだとはっきりと言えば、こくこくと勢いよくスザクは頷いた。
「以後、絶対にキッチンには立ちません!」
「よろしい」
優秀な犬だなと思いながら、うんざりとしながらルルーシュはキッチンを眺める。どこもかしこも酷く汚れており、その掃除で今日一日の休みが全て終わりそうだった。
あまりの惨状に朝食を作る気にもならず、さてどうしようかとルルーシュは思案する。
「……ルルーシュ?」
キッチンを眺めながら急に黙り込んだルルーシュに、びくびくとスザクは怯える。
「スザク」
「はい!」
「外で朝食を取るぞ。もちろん、お前の奢りだ」
反論は許さないと、剣呑な瞳でルルーシュはスザクを睨み付ける。
それぐらいなら安いものだと、スザクはこくこくと素直に頷いた。
「それと、清掃業者を明日までに手配しておけ。これを元の状態に戻したら、俺の一日が潰れる」
「分かりました!」
自業自得とはいえ、すでに財布が悲鳴を上げそうだった。
大学の授業料は親が出してくれているとはいえ、生活費はバイト代で賄っているスザクには少々きついものがあった。
今月と来月は少しバイトを増やすかと、悲鳴を上げている財布と相談する。
「良い返事だ」
ふっとルルーシュは、滅多に見せない満面の笑みを浮かべる。
それだけでスザクは、キッチンに立ったことを後悔していたのを忘れた。
ルルーシュが滅多に見せない笑顔を見られたのはラッキーだったと浮かれながら、スザクは慌てて財布を取りに自室へと向かった。
「馬鹿犬め」
あまりの単純さにほくそ笑みながら、ルルーシュは異様な匂いを放つキッチンを後にした。
End.