■水面に映る月
突き刺さる視線に、刹那も最初は我慢していたのだろう。
けれど一向にそらされることのない視線に焦れた刹那は、何の用だとロックオン・ストラトス――ライル・ディランディを睨み付けた。
「さっきからなんだ?」
「んっ、あんただけだなって思ってな」
「何がだ?」
「あんたは絶対に、俺を兄さんとして見ない。他の奴らは、理解していても、付いていけないって感じだけど」
ガンダムマイスターのリーダーとして、皆をまとめていたロックオン・ストラトス。
彼は、4年前の戦いで亡くなった。
今ソレスタルビーイングにいるロックオン・ストラトスは、生前の彼と変わらない姿形をしているが、彼ではない。
彼の――ニール・ディランディの双子の弟ライル・ディランディ。
双子だけあり、見間違えるほどに生前のロックオンと瓜二つとはいえ、やはりその性格は違う。
ただ、ふとした仕草は、双子だからかとてもよく似ていた。
誰もが自分たちが知っているロックオンではないと分かってはいても、錯覚してしまうほどに。
けれど、ただひとり、刹那だけは違った。
「なあ、何でだ?」
決して自分を兄であったロックオン・ストラトスと混同しない刹那が、ライルはとても不思議だった。
現在独房に収監されている沙慈・クロスロードは別として、ソレスタルビーイングが本格的に活動するより前から共にいたことは、すでに聞かされていた。
それだけに、性格は別として、姿形や仕草が似ているのに、決して自分たち双子 を混同しない刹那が本当に不思議で。
少しぐらいなら間違っても良いようなものなのに。
決して、刹那は兄 ( と混同しない。)
「お前は、あいつとは違う」
ニール・ディランディとライル・ディランディは違う存在だと。
断言する刹那に、ライルは目を瞠る。
テロで亡くなってしまった両親でさえ、滅多なことでは自分たち双子を見分けることなどできなかった。
ふたりでひとりだと。
そう育ってきただけに、離れて暮らすことになった時、最初はとても大変だった。
今ではもう、懐かしい思い出のひとつ。
「……兄さんのこと、好きだったのか?」
それは、何気ない質問だった。
他の連中も、兄のことは好きだったのだろう。
けれど刹那はどこか、他の連中と違うような、そんな気がした。
「…………愛して、いた」
「――っ!?」
ひゅうっと、ライルは息を呑む。
「いや、ロックオン・ストラトスを、ニール・ディランディを、今でも愛している」
今でも愛しているのだと。
切なげに告げる刹那に、どうしてか裏切られたような、そんな気がした。
裏切られたわけではないのに。
「……兄さんと、恋人だったのか?」
「ああ」
否定するどころか頷いた刹那に、怒りが込み上げる。
刹那に対してではない。
兄であるニールに対して。
「……兄さんは、死んだんだろう?」
「ああ」
「なら、どうして……っ」
死んだ人間を、例え恋人だったとはいえ、いまだ愛していられるのか。
亡くなってからすでに4年以上の歳月が経つというのに、なぜ。
「どうして、今でも愛していられるんだっ」
「ロックオン?」
不思議そうに首を傾げる刹那に、ライルは気づく。
両親ですら見分けられなかった自分たちを、決して混同しない刹那を。
自分は、いつの間にか愛してしまったのだと。
兄と自分を決して混同しないのは、刹那が兄の恋人だったから。
例え瓜二つな双子とはいえ、愛する恋人を間違うはずがない。
だからこそ、両親でさえ見分けられなかった自分たち双子 ( を、刹那は見分けることができるのだと。)
分かっていても、想いに気がついてしまった今では、もう遅い。
「どうしたんだ、ロックオン?」
具合でも悪いのかと。
心配して差し出された刹那の手を、ライルは思わず払いのけた。
「……っ!」
「わ、悪い」
「ロックオン……?」
本当にどうしたのだと。
心配してくれる刹那に、嬉しさと苛立ちがこみ上げる。
こんなにも愛しているのに。
なのに刹那は、亡くなった兄のもので。
なぜ、自分のものではないのかと。
「…………邪魔をした!」
このまま刹那の側にいれば、何を言ってしまうか分からないと。
ライルは不審に思われることを覚悟の上で、駆け出した。
「……くそっ」
頭に浮かぶのは、どこか危なげな雰囲気を纏う刹那。
4年前の当時、まだ16歳だったという刹那を、果たして兄は抱いたのだろうか。
(兄さんに嫉妬するなんてっ)
なぜ兄なのかと。
兄でさえなければ。
(……ああ)
不思議と戸惑いもなく、すんなりと想いを受け入れた自分に驚きながらも、ライルは決意する。
兄から、刹那を奪う。
(恨むなら、自分を恨んでくれ、兄さん)
刹那の傍らにいないあんたが悪いと。
刹那を置いて、ひとり先に逝ってしまったのはあんただろうと。